第52話 『石のなかにいる』
52 石のなかにいる
いつの間にか、長い髪に、ドレスを纏った女王が玉座についている。
背が……高い。
高いというより、玉座自体が巨大だ。ベールに覆われているのはわかるが、見上げても顔すら見ることができない。修学旅行で見た奈良の大仏ほどの巨大さだ。顔は見えないけど。
光を放つ杖を右手に持っている。
「娘よ、何故戻った。して、お前は何番目の娘か」
「7番目です」
適当な親だな……!
「そちらの子供たちは」
「私の友達よ。お母様、お願いがあるの」
「働かない娘の頼みなど聞かぬぞ」
まあまあ母上、とローズルがリリーと僕を前に出した。
「困りごとがあるから、遠くから子供たちが参ったのです。話だけでも聞いてくださいませ」
手短にねと、ローズルはリリーの背中をつついた。うやうやしくリリーは一礼し、僕も頭を下げた。
「私はリリー・ロック。私の国の王子が、シャルルロアに攫われました。シャルルロアはダイアモンドナイトが治める国、ダイアモンドナイトもあなたの娘でしょう」
「いかにも」
「子が悪さをしたら、叱るのが親の役目ではないかしら」
「なるほど。数百年会っていない娘、すでに手を離れた娘の世話を、私がせねばならぬかの。人間たちの国のこと、お前たちが考えるべきことではないか」
まあそうなんですけどね。
「王子が一人消えたとてなんだ。別のものを王にすればよい」
「私の恋人なのよ。返してもらわないと困ります」
「例えば、飢えた子がりんごを望んだとしよう。与えてやるのは、親の役目。しかし、実ったりんごの、ひとつひとつの行方まで、私が見ていなければならないか? それは人の子の自由であるべき」
子供の喧嘩に親がしゃしゃり出ていく必要はない。確かにその通りなのだが、現に問題が解決しないからこうして出向いている。
「女神の……母上様。お尋ねします」
「何か。申してみよ」
「僕は、アキラといいます。ラウネルの王子クラウスが、今どこにいるか、探してもらうことはできませんか」
女王の表情は見えないがきっと苦笑しているだろう。
「私は人の世に干渉しないと言ったつもりだったが、伝わらなんだか」
「おかしいではありませんか。あなたは娘を人の世に干渉するために地上に降ろしたのでしょう。今現在、僕たちは困っているのです。あなたの娘が原因で。
無責任とそしるつもりはありません。ただ、少しだけ力を貸していただきたいのです」
「リリー様は私の主人。彼女はあなたの娘の友です。ラウネルの王子はあなたの娘の国の子。
生きているかだけでも教えていただきたいのです。この通りです」
床に手をついて頭を下げる。困ったときは土下座に限る。
「なぜそこまでする」
しれたこと、クラウスが死んだと判れば、別れてもらうことができる。
死んでいれば、リリーに諦めてもらうことができる。
「王子が生きていると信じているから」
僕は神の前で嘘をついた。
自分に嘘をつくより、ましだろう。
僕の声が届いたのか、
「クラウスは生きておる」
光が満ちたと思ったら、映像が目の前に現れた。大きなプロジェクターのように、近すぎてぼんやりとしている。
岩石だろうか、柔らかい銀色の石の中、少年が眠っているように見える。
「石のなかにいる」
彼が、クラウス。
銀色の髪に透き通るような白い肌。
僕は、ガーネットに変身した時の僕をリリーが可愛がってくれる理由を悟った。
彼の姿はガーネットに似ていた。まるで双子だ。
「……生きているのね……」
ご協力ありがとう、リリーは一礼して王の間を駆け出して行った。
立ち尽くす僕に一瞥もくれずに。




