第51話 神父ですが女神に会いたいと願っていたら目の前に現れたので誘拐されてみた
ドンドンパフパフ、新キャラだよ!
黒百合の女神の旦那だよ
「悪いの?」
「聞いてないっ」
「あんたたち聞かなかったじゃない」
リリーはため息をつき、「あー、そうよね」と俯いた。
白いシャツにガウンを羽織った、神父……いや、牧師……? そもそも、この世界の神はイエス・キリストではない。
とりあえず、女神の夫という彼は、僕らが想像する神父のように見えた。
「私は、ローズル」
女神に仕える神官、といえばいいのだろうか。
「人間……ですか」
「ええ、元は。肉体はすでに滅びていますから。今は彼女が与えてくれた身」
立ち話もなんですからと教会の中に通される。
壮麗なステンドグラスで描かれているのは、黒百合の女神だ。
紫色のガラスで描かれた百合の花が、石造りの教会の内部を染め上げている。
「私は旧ラウネル王国で、女神を祀っていた神殿で神官をしていました」
「旧……?」
「ラウネルは一度滅びているんです。ざっと500年ほど前になりますが」
ノアがラウネルを建国するずっと前の話らしい。
「まあ、滅ぼしたのは私なんだけど」
「どういうことなの」とリリー。
簡単に説明しますねと、ローズルは僕とリリーに座るように言った。
「もともと、私は神に祈りを捧げる日々を送っていました」
民の暮らし、神の助けを求める祈り、その繰り返し。
女神からの神託を受けられるのは、教会でもっとも位の高い者だけだった。
神像や絵画に表現される黒百合の女神。許されるなら、姿を見てみたい、声を聴きたい。
愛する女神に一目会いたい。
いつしか、女神自体を求めるようになった。
「子供の頃から思い描いていた神に、触れられたらと、私は民からの依頼や日々の修行に、すっかり身が入らなくなっていました。
そんな時です、姿を見せてくれと祈りが届いたのは」
夕日がステンドグラスを輝かせて、床が、教会が、光に満ちた。
「今でも覚えています。彼女が光の中から現れた瞬間を」
目の前に現れた彼女は、思い描いていた通りの姿をしていた。
「私を呼んだのはあなたね」
人間とは異なる瞳の輝きに、世界が変わってしまったことを知った。
出会ってしまった本物の女神に。
「あなたの祈りは毎日届いていたわ」
星空の色の瞳を前に、思考回路は用をなさなかった。
「願いがあるのでしょう。言ってご覧」
「あなたです」
チャンスの女神の前髪は一瞬で通り過ぎてしまう。逃してはならないと、心の奥から声が聞こえた。
「私だけの神になってください」
「構わないわよ」
退屈は嫌いなのと、白く長い両腕が、体を包み込んだ。
「私の故郷へ来る?」
迷わずに 湖の洞窟の中で、死を選んだ。
肉体を捨て、ローズルはランズエンドに同行した。
治めるべき国を捨て、ランズエンドに戻った娘を、当然、母親は叱責した。
しばらくは夫婦として暮らし、黒百合の女神は、再びを地上を治めるため、地に降ろされた。
「久しぶりに地上に戻ったら、もうラウネルは滅びていて、小さな土地を領主が各々勝手に治めている、そんな状態だったわ。ローズとノアに出会ったのはその頃ね」
ローズルはランズエンドを追われることもなく、女神に祈りを捧げる日々を送っている。
「……神に仕える神官を、さらってきたっていうこと」
「ええ」
「あ、否定しないんだ」
二人のなれそめを話終わり、ローズルは手を叩いた。
「さて、せっかく戻ったんだ、母に挨拶に行こう」
「えー。めんどくさい」
「娘なんだから、顔を見せてあげなさい」
さあさあとローズルは僕たちを外へ出した。
たんぽぽが咲き乱れる丘をのぼっていくと、小城の影が石畳みの道を覆っている。
城の向こうには、空を突き上げる独立峰がある。
りんごの森にそびえたつ、雪を湛えた美しい輪郭の山の姿は、母の故郷を思い出させた。
城に兵がいるわけでもなく静まり返っている。
誰もいない玉座に向かいローズルは跪いた。
「母なる神、お出ましください。客人がいらしております」
「お母さま、今戻ったわ。友達を連れてきた」
すっと風が吹き込みんだ。
そして、「面を上げよ」と玉座から声が響いた。




