第48話 魔法の指輪ひとつで無理難題を押し付けられるそんな午後
女一人に大仕事をさせるのは気が引けるのか、カインは指からアメジストのリングを引き抜いた。
「このアメジストは、黒百合の女神から与えられた物だ。契約者が持つべきものだから、お前に渡しておこう。彼女の力を借りられる。山を崩し川をせき止め、泉を湧きおこし、風で町を吹き飛ばすほどの力を、使えるようになる」
「……そんな凄い力が?」
「黒百合の女神が本気を出したら、大陸を滅ぼせる。まあ、彼女はめんどくさがりだから、そんなことはしないだろうが」
めんどくさがりというのは把握しているらしい。
彼は黒百合の女神とは契約していないのだろう。
「カイン」
「なんだ」
「あなたは、この城に残るように、ノア様に言われたのでしょう。それなのに、力を操る指輪を私に渡していいの?」
「私の分は他にもある」
「えっ、あるの」
「もともと大きな石だった。最初に女神に与えられた際、兄と二人で分けた。ようは、彼女につながるためのものだからな。……割れてしまったので、加工したのだ」
目の前の、前の王は、さらさらの髪をかきあげた。
翡翠のペンダントが小さく音を立てる。
「兄が戦を始めた時、私はまだ子供だった。気づけば、女神の力を手にした兄は国を統一し、そして人柱として死んだ。私は流されるままに、王になっていた。一地方の領主の子に過ぎな
かったのに。そして死んだあとまで、兄に縛られている……。お前は、私を解放してくれるんだろう?」
「ええ。約束するわ」
「生きている者の力で国を治めるのが本来の姿だ。いつまでも我ら兄弟が居座っているのがおかしい。我ら兄弟は神ではない」
ノアもカインも人間で、小さな領地で暮らしていた。
両親が殺されて、仕方なく、戦いに身を投じたのだとカインは話してくれた。
誰かが国をまとめなくては、戦いはいつまでもいつまでも続いていただろう。ノアと、リリーの祖母・ローズが相争っていた国内の貴族たちを、打ち破り、国を一つにまとめ上げた。
そうしてラウネルが成立した。
「隣国に王子をさらわれて、何もできないとはなさけない。村人に国を救えというのも不甲斐ない話だが……。女神と戦える者は女神の力を扱える者しかいない。引き受けてくれるな」
「ええ。自分のものを取り戻すだけの話よ」
王子を取り戻す。
途方もない話のようだが、私には女神がついている。
「人の目ばかり気にするのは、もう止めにしましょう?」
「……そうだな。この通り、私は村娘に頭を下げるとしよう」
じゃあよろしく頼むと、カインは頭を下げてみせた。そして、私の手のひらに指輪を載せた。
「私が嵌めるわけにはいくまい。結ばれるその日まで取っておけ」
「確かに。クラウスとの結婚指輪は、これにさせてもらうわ」
カインが顔を上げニッと笑った。
「死んでからやっと、兄に逆らえる」
国王でさえ、何かに縛られて生きている。もう死んでるけど。
「生きるのって大変ね」
「……ふっ……、あはははははは!」
「なによ」
「全くだ! 死んでから、こんなに笑ったのは初めてだ! お前、おもしろいな」
面白いと言われるのは心外だ。同情してやってんのに。
でもまあいいか。
可哀想な国王様が、笑ってくれたなら、なによりだ。
まあイベントアイテムは、王様からもらうか、ダンジョンをクリアするのが定石ですが、この国、国王不在じゃんっていう。




