第5話 千客万来
まあ一人しか来てないですけど。
リリーがドアを開け、客を出迎えた。
くるくるとした巻き毛の金髪の少女が入ってきた。大きな日傘を持っている。
「おはよう、いらっしゃい、アルベルタ」
「おはようっていう時間じゃないけどね」
どうぞと店の中に招き入れる。
その女性は、僕を頭のてっぺんから足先までまじまじと見て「リリー! 見つかったの?」と大きな声で訊いた。
「違うわ。その子は新しい店員よ」と、ドアを閉めて、リリーは首を振った。
「……そう。大きな声出してごめんなさいね。私はアルベルタ。あなたは?」
「アキラといいます。昨日からこちらで働くことになりました」
「そうなの。よろしくね。……リリー、小さすぎない」
「14歳だから働ける年よ。まあ私は半分引きこもってたけどね」
えっ、引きこもりだったのか?
それにしても、見つかったのかということは誰かを探しているのかな。
僕を見て、アルベルタは驚いた。ということは、リリーには弟でもいるのだろうか。
「どれどれ、じゃあ、測りますねー」
リリーが巻き尺を手に、アルベルタのウエストを図り始めた。
ぐっと腹に力を入れているのが表情で伝わる。
「はい失格。もうちょっと痩せてきて」
「リリーは厳しいわね……」
「いいのよー、別に。太ったままで、ドレスを売っても。でもそれで、自信を持って殿方の前に立てるかって話だから」
男はそんなガリガリでなくても気にしない。
実際、アルベルタは、全然太ってはいない。顔も小さいし、金色の巻き毛を、リボンを巻き込んで編んでいて、可愛らしいと思う。
「お金さえ払えば、サイズ直しはしてあげるけど、どうする」
くっ、と俯いて、
「……もう少し痩せるわ。綺麗になりたいの」
とアルベルタは絞り出すように言った。
どこもスタイルは悪くないと思うが。
それならダンスのレッスンを増やすか、食事制限になるけどどうする? と二人は相談を始めた。
少し時間がかかるから、買い物をしてきてもいいし、上で寝ててもいいとリリーに言われ、一度外へ出た。
■
シャルルロアの街は、石畳と街路樹が美しい、きちんと整備された街のようだ。
町のどこからでも見えるかなり大きな城がある。不思議なことに、白っぽく光っているように見える。
石畳の両側に商店が並んでいた。文具店で紙とペンと鉛筆を買う。これでリリーの手伝いができるだろう。
シャーロットから渡されたコインで、日用品はいくらでも買うことができた。
市場や商店の店員たちはみな親切で丁寧に対応してくれる。
散策していると、道場の看板を見つけた。剣術の道場なんてものもあるんだな。
僕も、剣術ぐらい使えたほうがいいのだろうか。
歩いていると、焼き栗の屋台がいた。袋いっぱいに焼き栗を買い、ついでに女の子が好きそうなお菓子を売っている店を教えてもらう。母さんとの暮らしは、ケーキを食べるような余裕はなかった。元気だろうか。
クッキーを買って帰宅した。
「おかえり」
ちょうどよかった、とリリーは僕を座らせた。新しいドレスを仕立てるから、注文を手伝うことになった。
クッキーと紅茶をだし、アルベルタの希望を聞き取り、デザインや色を絵にしていく。
このへんはもう少しフリルで、胸元はこんな形でと、あーでもないこーでもないと言いながら、絵を描いていく。
出来上がったデザインに、二人は驚いて「……上手いね」と褒めてくれた。
「どこかで習っていたの」
「近所に絵画教室があって、そこに通ってました」
向こうの世界では、絵を発表することはできる。
良い評価だと、「いいね」と星がつく。
「僕より上手な人は、それこそ星の数ほどいます」
悪口を言われたりしたけど、SNSで絵を発表するのは楽しかった。
フォロワーのみんなは、きっと夏休みを堪能しているんだろう。
「いいじゃない別に、他人と比べなくても。私は、アキラの絵が好きよ」
「リリー様」
「きっともっと上手くなるわ。楽しみね」
ネットだと、直球に褒めてくれる人は少ない。
言われるのは悪口ばかりで、絵を止めたいと思うことも、何度もあった。
どうしてだろう。
この人は、僕が欲しいものを全部くれる。
「良かったね、リリー、いい店員が入ってくれて」
「そうねアルベルタ。ドレスは明日仕上げるから、また明日ね」
「ああ、今夜はパーティーあるじゃない」
「……そうだった」
すっかり忘れていたらしいリリーは「めんどくさいなあ」と髪をかき上げた。
「その子も連れてきたら?」
「へっ?」
現地集合ね、とアルベルタは帰っていった。
■
めんどくさいなと言いながら、リリーは、残っていたクッキーをつまんだ。
僕は気になっていたことを口にした。
「リリー様、アルベルタさん、全然太ってないですよ。なのに食事制限とレッスンを増やすなんて」
「そうよ、あの子は全然太ってないし、あのままで十分可愛いのよ。男が10人いたら、6人は彼女にしたいって思うでしょうね。アキラの感性はまったく正しいよ」
「じゃあなんで」
残っていた紅茶を飲み干して、彼女は吐き捨てるように答えた。
「彼女の妹が、どちゃくそ可愛い」
「どちゃくそ」
何語だろう?
「もう圧倒的に可愛い。アルベルタよりさらに小さくてね、150あるかないかぐらいで……。顔も小さくて、目が大きいの。それでいて、くだけた雰囲気でしゃべるのに、物腰やわらかで、なんか、一緒にいて、楽しくなるような子なの」
「妹と比べたって意味ないでしょう」
「そうよ。意味ない。でも、周りから比べられるのが女なの。アルベルタが気の毒よ」
「姉妹でもですか」
「ええ。私にあんな可愛い妹がいたら、家出するか自殺する」
そこまで可愛いというなら、お目にかかりたい。
「女にとって、自分より可愛い子は、みんな敵よ。家族や友達であっても」
女の人は、みんな、そんな風に思っているんだろうか。
「リリー様は、可愛いです」
「ありがとう。君は優しいのね」
「そういうつもりじゃ」
「少しでも私を可愛いと思ってくれるのなら、私は間違ってないのね。まっ、私の美しさは偽物だけど」
間違ってないと言いながら、彼女は乱暴はカップをおいた。
綺麗に整えた眉を下げて、俯く。
「……アルベルタは、好きな人がいるから頑張れるのよ。私はお金をもらっている以上は協力するわ」
夜に出かけるから、少し昼寝しておきなさいと言い、ふっと彼女は出かけてしまった。
タイトルを優良顧客にしようと思ってたけど直しました(笑)
2025/06/15誤字修正しました。