第47話 報酬は〇〇の半分
ゲームで見たことあるやつ。
見た目が子供のせいか、どうしても王と話している気分にならない。
あなたのことは、なんとお呼びしたらいいかしらと今更尋ねる。
「カインでいい。気にするな」
「じゃあ……、カイン、クラウスを取り戻したいのだけど、白いゴーレムが連れ去ってしまって。すごく強かったの」
「そうだろうな。シャルルロアは、ダイアモンドナイトという女神が守っている。それが作り出した化け物であれば、人間の手には負えぬだろう」
ノアは弟に会えと言ったのだから、彼になんとか、クラウスの救出を助けてもらわなくてはならない。
じゃあどうしたらいいと尋ねると、カインの回答は実にあっさりしたものだった。まばたきひとつせずに
「持ち主を殺せ」
と笑う。
「……女王を」
わかりきっていたが、それしかないか。
しかし、一騎でも圧倒的な破壊力を持っている、ゴーレムに、家族や友人が攻撃されているのを見ている。
正直、勝てる気がしない。
無数のゴーレムを抱えた敵軍に一人で挑むのは無謀だ。
「シャルルロア軍に勝てる気がしないわ」
「暗殺しかないだろうな。自分よりも強い相手に真正面からぶつかる必要はない。連れ去られたというなら、まだ生きていると見ていい。殺すつもりならその場で殺すだろうからな」
何故、クラウスが連れ去れたのか理由はわからない。取り戻すだけのことだ。
「暗殺者がラウネルの人間だとバレれば、戦になる。その時は、戦うしかあるかい。心配するな」
「いや、心配するなっていわれても……」
「ラウネルとシャルルロアは、国が成立する以前から争いを繰り返してきた。シャルルロアの、ダイアモンドナイト、強欲の女神は、我らのほんのわずかな土地すら手に入れたいらしいからな」
ラウネルは森に囲まれた小さな国で、隣国は数十倍の国土を誇っている。
穀物が豊富に取れる、宝石も産出する豊かなシャルルロアから比べれば、ラウネルは食料もあまり取れない、取るに足らない国だろうに。
なぜ見逃してくれないのだろう。
「女神の考えてることなんて知ったこっちゃない。我々は我々に与えられた恵みで生きるしかない」
カインの深緑の瞳は、見つめあうととても柔らかい瞬きを返してくる。
長い間、王として国を治めていただけあって、下々の者に威圧感を与えないように、意図的にそうしているのだろう。
「女王を殺しても、問題ない。代わりが用意されるだけだ。シャルルロアの国民は困りはしない」
「……どういうこと」
「シャルルロアには、王家が存在しない。女神が、時々に気に入った人間を王に選ぶ。気にするな、他国のことだ」
「……」
「女神が宿る石本体を見つけることができれば、対処のしようもあるだろうが……。女王を消し、その混乱に紛れて、クラウスを取り戻す。次の王が決まるまでは時が稼げるだろう」
次の王が、またラウネルを攻めるなら、何度でも撃退すればいい。
国の霊的な守りとして残された、カインは結局仕事をするつもりのようだった。
「……兄が、お前の祖母と出会わなければ、こんなことには」
「過ぎたことを嘆いても始まらないわ。あなたが謝る必要はない」
祖母ローズと、ノアが出会ってしまったことは、変えようがない。誰にも止められなかった。
それがこの国の運命だったと受け入れるしかない。
隣国に攻め滅ぼされるよりはマシなはずだ。
そうだ、とカインが手を叩いた。
「シャルルロアを滅ぼせ。それが成った暁には、この世界の半分をお前にくれてやる」
「まるで、魔王のような申し出ね。シャルルロアを滅亡させたら、あなたは自由になれるの」
「……ああ」
「どこかの魔王のようなことを言うのね。まあ、魔王とか会ったことないけど」
「この小さな国が私の世界だからな。半分と言ってもたかがしれているが……。クラウスとの結婚は許してやる」
悪くない。
国王の許しが出た。
「王妃の座は確約してくれるってことね」
「もちろんだ。なんの恩賞もなく働かせるわけにはいくまい」
無理難題を押し付けている自覚はあるのだろう。
恩賞が、王妃の座なら、文字通り、国の半分は私のものになる。
村娘からは破格の出世じゃないかしら。
「引き受けるわ」
「本当か」
「あなたも苦労しているのね。クラウスを取り戻したら、解放してあげる」
「……なんだと……?」
「黒百合の女神とノア様に話してみるわ。もう充分生きたのだから、自由になるべきよ」
鳩のように真ん丸になった両目が見返してくる。
「お前……、私を解放してくれるというのか」
「ええ。会いたい友達がいるのでしょう?」
彼にも彼の物語があるはずだ。
もっとも、死んだところで、望む人物に巡り合えるものだろうか。
まあ、そんなことはカインに任せよう。
「お前のように優しくしてくれた者は、初めてだ」
「みな、あなたが近寄りがたい王だと思っていただけよ。幼いころに王様になって、ずっと立派に国を守っていたのでしょ? 自分より立派だと思っている相手に、優しくするのは難しいわ。恐れ多くて」
ぽた、涙がこぼれてきた。
触れることのできない涙に、顔を上げる。冷静沈着に見えたカインが、顔をくしゃくしゃにして涙を拭いている。
ずっと、水晶の上に座っていたカインが、ぴょんと飛び降りた。
「リリー。私はお前の優しさに報いよう。困ったらいつでも来い」
「……ありがとうカイン」
「兄が、お前に惚れた理由が、わかった気がする」
射抜くような瞳が、ふっと和らいだ。
見つめあっても、決して視線を逸らさない。あの人と同じだった。
目の色が違っても、髪の色が違っても、ノアとカインは、兄弟なんだ。
「……前言撤回。あなたは、ノア様によく似ているわ」
私を揺さぶって、とらえて離さない。
「必ず。必ず取り戻してみせる」
この世界の半分をやろうって言われてみたいですよね。




