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第46話 黒水晶の君と最低最悪の兄


46


 ノア様に似ていない……。


 直毛で艶やかな黒髪からのぞく、大きい瞳。鋭い眼光がまっすぐに貫いてくる。

 11か12歳くらいだろうか。

 肩を青いマントがふんわりと包み込んでいる。耳を飾る水晶のイヤリングがきらめく。

 胸のペンダントは翡翠のようだ。


「……似てないのね」

「……ふん、兄の顔を知っているのか。黒百合の女神の遣いというのは本当のようだな」


 カインは、この国の最初の王。

 ほんの100年ほど前、ノアが国内の領主をまとめ、ラウネルをひとつの国とした。ノアが死ぬと、代わりに王位についたのが、

弟のカインだったはずだ。

 その時はまだ子供だったはず。ノアが17歳で死亡しているのだから。

 すると、今、目の前にいる彼は、王位についたころの姿なのだろう。


 そして、とっくに死んでいるはずだ。



「ノア様と同じなのね……。この世の者ではない」


 カインは水晶玉の上に腰かけ、見下ろしている。


「その通り。私の肉体は滅び、私はこの水晶玉に閉じ込められている」


 翡翠色の瞳は、笑っていない。

 唇は微笑みの形にしているが、、嘘のつけない性格のようだ。


「私を呼ぶということは、手に負えぬ問題がおきたのであろう?」

「クラウス王子が、シャルルロアに攫われた。あなたの、孫でしょ」

「攫われただと? この国に敵意を持っているものは、そもそも侵入できないないはず。兄が結界を張ったからな」

「ノア様の城が壊されていた。覚えている? 南の城よ」

「ふん……」


 冷たい笑みを浮かべ、それでも、カインは、思い直したように目を閉じ、頭を垂れた。


「だから言ったのだ。人柱なんてあてにするなと。愚かな兄を許せ」

「……」


 あれ……。

 ひょっとして、兄弟仲は悪かったのだろうか。


「あの、仲悪い兄弟でした?」

「兄は私を愛していたようだが、な」


 ノアを銀色の月とすれば、弟は、月のない夜のような落ち着いた雰囲気をしている。

 白い肌は同じだが、深い森の緑のような、大きな両目は何かを訴えかけるようだ。

 

「……まあ、こんなこともあるだろうと、私が残されたんだがな」

「残された……ですって」

「私は90を過ぎた冬の日に死んだ」



 その日は、空から雪がはらはらと舞い落ちて、長い冬の到来を告げていた。

 そして、次の春を迎えることはできないだろうことを予感させた。

 光の中から誰かが呼んでいた。

 懐かしい人影。


 もうすぐ、友に会えるのだと思えば、死は怖くなかった。

 手を伸ばして、光の中に呼びかける。

 手を取ったのは、会いたかった人手はなく、懐かしい兄だった。


「ずいぶん待ったよ。カイン。会いたかった」

「……」


 勝手に戦を始めて、国を統一するところまでは良かったが、王なんて面倒な仕事を押し付けて勝手に逝った。


 最低最悪の兄上。


 今際の際に、この世で一番会いたくない兄が現れるとは。




「あなたじゃない、会いたいのはあなたじゃない……。帰れ、兄上」

「カイン、頼みがあるんだ」

「断るッ!」


 手を振りほどいたつもりだったが、そのまま、体を引っ張られると、するりと抜け出る感触があった。

 ベッドに自分が横たわっている。


「ほら、カイン、若返ったよ」

「なっ……!」


 少年のころの姿に戻っている。なぜだ、もう90を過ぎている。


「カイン、頼みがあるって言ったよね。もう少しだけ、兄の頼みを聞いてくれないか」


 それは懇願ではなく、逆らえない絶対的な命令。

 突然、部屋の中に巨大な水晶が現れた。



「結界を二重にする。お前は城に残ってくれるかい」

「……兄上、死ぬことすら許されないのか。私は、友のそばに逝きたい。もう充分だ」

「どうして? 国を護るのが王の仕事。国民を見捨てるの?」

「……生ある者の政は、生きている者たちがすればよいこと。なぜ自然の摂理に逆らう。もう十分に働いた」


 何言ってるの、と兄は取り合わず、また笑った。


「愛する人を守りたい。この命を遣ってでも」

「それは兄上の事情だ、私は生きて仕事をした、跡継ぎもいる、もう私の役目は終わりだろう」

「カイン。王の仕事を、投げ出すの」

「勝手に決めるな、兄上はいつだってそうだ」


 ぐっと首を捕まれ、水晶玉に押し付けられる。その中に吸い込まれてしまうと、出ることはできなかった。



「これからは、王の魂がラウネルを護る。助けを求められたら答えてあげるんだよ」



 人形のような笑顔、偽りの微笑みが透明な水晶越しに見つめている。

「ふっざけるな!!」

「ねえカイン。良い子だから、頼んだよ」


 強引に永遠の眠りを中断させられたうえ、魂を水晶に閉じ込められた。

 なんの権限があって。

 たかが兄、少し早く生まれただけで、弟になにをしてもいいというのか。

 恨みに近い感情に囚われ、どれほど声を上げてもこの水晶から出ることはできなかった。


---


 その時の様子を語り終えると、カインは盛大なため息をついた。


「そんなわけで、ろくでもない兄だったが、私はこの城に残ることになった。墓に入っているのは体だけだ」

「90まで生きて、死ぬこともできないなんて」

「ノアの弟として生まれてしまったのだから仕方ない」


 見目麗しい王の、眉間の皺がなによりも彼の苦悩を物語っている。


「聖人君子ではなかった。私の兄は。勝手に戦をはじめて、自分が死に、死んだ私まで城の守りとして縛り付けている。私はいつまでここにいればいい」

「……カイン様、あなた、ノア様を恨んでいるの」



 リリーの中の、初恋のノアと、弟のカインが語るノアの姿が一致しない。

 ノアは。

 できそこないのへなちょこ魔女を、本物の魔法使いにしてくれた。


 私にとっては、そして祖母にとっては、月の光のような初恋の人。

 そして、言いたいことを言って去っていく、冷たい人。


「……」


 思い返してみれば、自分の認識と、カインの認識にさほど違いがないような思えた。


「自由に、なりたい」

「……自由?」

「もう兄を恨みたくない、友のそばにいきたい」

 私の望みはそれだけだ。

 ノアに言われて、城まで彼に会いに来た。しかし、魔王のような口ぶりの、カインの瞳からは耐えがたい孤独が伝わってくる。


 この人も、ひとりぼっちだ。私と同じ。


 兄の理不尽な仕打ちに耐え、それでも恨むまいとしている、健気な王の姿にうなづいた。

 彼を救ってあげたい。

 そして、クラウスも。可哀想な私の国の王子様たち。 


 私にならできるはずよ。



「教えて。私はあなたのために何ができる?」


カインはずっと書きたかったキャラなので、これからもちょいちょい出てきます。

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