第45話 王弟カイン
ノアの弟のカインといいます。
黒髪・緑眼のショタです。
「その後どうしたんですか」
「ノア様の弟に会いに行ったの」
ノアに「弟に会え」と言われ、ラウネル城へ向かう。
彼の弟というなら、もうとっくの昔にジジイのはずだ。そしてそれはすでに世を去った国王カインにほかならない。
黒い森を飛び越え、たどり着いた城下町は、ダイアモンドナイトの襲撃を受け、あちこちで炎が上がっていた。
それ以上燃え広がらないように建物は破壊され、煤と土埃で昼間だというのに薄暗い。
家々が壊れた街に溢れる、布で覆われた死体。
隣国から攻撃を受け、この小さな国は悲しみの底に沈んでいるように見えた。
水路に瓦礫が流れ込み、溢れた泥水が石畳を汚している。
黙々と遺体を運び、石畳を荒い流す女たちが、「私たちが何をした」と嘆いている。
城門には救済を求める町民が列を作っていた。これでは城に入るまで何時間かかるかわからない。
「黒百合、お願い」
「はいよ」
列に突然現れた黒衣の女の姿に、町民たちがどよめいた。
「悪いわね。これでも食べてて」
黒百合の女神が手のひらを地面に向けると、突然そこに見たこともないほどの苺の群生が現れる。
その苺に群がるように町民たちが、道を開けた。
門番の兵士に声をかける。
「カイン様に用があると伝えて。黒百合の女神の遣いで来たといえばわかるわ」
待たされること15分、城門に恰幅のいい白髪頭が現れた。片膝をつき、
「大変お待たせした。私はコンラード」
と名乗る。
ラウネルの宰相のはずだ。
「どこからいらした。黒百合の女神の遣いというのは本当か」
「ラウネルの村から。祖母はローズ、この国の最初の王妃になるはずだった人よ。宰相であれば、わかるわよね。黒百合の女神の友よ」
「……うむ。疑って申し訳ございません。女神の使者よ、こちらへ」
ラウネル城もあちこちが破壊されていて、こっそり通っていたクラウスの部屋がある塔も崩れ落ちていた。
玉座の後ろの、ステンドグラスだけが、変わらない色彩で王の間を彩っている。
窓を開け放ち、噴水のある庭を通り過ぎる。
破壊を免れた塔に案内される。
長い長い階段をどんどん昇る。
てっぺんの部屋の鉄の扉を、コンラードが開けた。
ベッドと本棚と机と鏡が、埃もなく清潔に保たれている。
部屋の真ん中に、人の身長ほどもある、巨大な水晶玉があった。
黒い……、いや、深い焦げ茶色の結晶が透明な石の中に入っている。
しかし、窓を締め切った闇の中で、巨大な水晶は夜をそのまま閉じ込めたように見えた。
「カイン様、お目覚めください。黒百合の女神の継承者が参りました」
石に手を置き、話しかける。
すると、水晶玉の中に、ゆらりと人影が浮かび上がった。
卵を光に透かすと中の黄身が見えるが、それと同じようにはっきりと形がわかる。
石の中にいる。
「王よ、おでましください」
二度目の呼びかけに、水晶の中に光が満ちる。おもわず目を閉じる。
目を開くと、ふわりと、王と呼ばれた少年が舞い降りてきた。
湖に映りこんだ森のように、鮮やかな新緑の瞳に射抜かれる。
「私はカイン。最初の王の弟にしてこの地を護る者」
何年も前から書きたかったシーンをやっとかけました。
へなちょこリリーの惚れ薬を書いたのが9年前ですからね。




