第39話 襲撃
村が襲撃されました。
「クラウスは三兄弟の一番下なんだけど、隣国へ婿に出されるって噂があってね。まあ街の噂なんてあてにならないとは思いつつ、手を打たないとねって思って」
婿に出されては困るのよと、リリーは今でも怒っているように膝を叩いた。
「で、惚れ薬作った」
「小細工に走ったわけですね」
「私の惚れ薬は効くのよ。小細工には違いないけどね」
自覚はあったのか。
惚れ薬ってそんな誰でも作れるものなのか?
「まあ、効果を確かにするために、複数回飲ませたよね」
「確信犯じゃないですか」
「実際、誰にもバレずにお付き合いは続いたのよ」
ある日、舞踏会に隣国の姫が招かれているのを聞いたとリリーは続けた。
「まあ怒ったよね」
「怒ったんだ? 隣国の姫って、リリー・スワンですよね」
「ええ。おかしいじゃない、スワンは、お姫様じゃなくて女王だし。なんで、隣の小国の王子に手を出す必要があるのかって話で。
で、問い詰めたら、結婚は断ったっていうじゃない。向こうにも、実は想い人がいて、最初から結婚する気はなかったと、クラウスはいうわけ」
私の妻は君だけだと、首に腕を絡めて囁かれたら、誰だって許したくなる。
信じなかったわけではない。
ただ、腹が立ってその日はパーティーの御馳走を食べる気にもならず村へ帰った。
「後悔しているの、あの夜、ハムを食べに残っていれば……」
「えっ、そこ……?」
「間違えた、彼の部屋に泊まっていれば」
意地を張らずに、二人でご飯でも食べていれば。
リリーは歯を食いしばって、苛立ちを吐き出した。
「その夜、王城と私の村が襲撃されたの」
村に帰って、トレニアの家でお喋りをした帰り道だった。
いつもの何も変わらない、虫の声が響く田舎道を歩いていると、輝く白い石像が、空を飛んでいるのが見えた。
そしてラウネル城の方角の空が赤く染まっていた。
「慌てて城に向かったけど、遅かった。城下町は、大混乱で、兵士たちの叫び声が聞こえていたわ」
「……クラウス王子は」
「それから行方不明よ。攫われたということはわかったけど、その輝く白い石像……、ダイアモンドナイトは、私たちの村を襲った」
「どうして」
「シャルルロアへの帰り道だったから、森を焼いたんでしょうね」
空を飛んで村へ戻ると、数体のダイアモンドナイトが暴れていた。
「私の祖母と、トレニアが応戦していたけど、戦えない村人を逃がすのが精一杯で……」
トレニアは植物を魔法で操り、ダイアモンドナイトの動きを封じていた。
三人で戦っても、強力な魔力で動くダイアモンドナイトはなかなか倒せなかった。
「トレニアは私を庇って死んでしまった」
「……死んだ? 寝てるって」
「続きがあるのよ」
一度休憩にしましょうと、たどり着いた湖のほとりで、僕たちは荷物を降ろした。
湖の周囲は広く開けていて、ぽっかりと空が丸く見えた。
薄暗い森を抜けたあとだけに、吹き付ける風が心地よい。
湖畔で焚き火をして、リリーは釣り竿を用意して、糸を垂れ始めた。
鳥の声と落葉のざわめきだけが聞こえる。もうすぐ寒くなるわねと、スリットから太腿まるだしのリリーが肩にマフラーを巻いてくれた。
「ダイアモンドナイトは蹴散らしたんだけど、ゴーレムの攻撃から、私をかばってくれてね。その時の衝撃で、一回はトレニアは死んだと思った。その時、飛び去って行くダイアモンドナイトのうちの一匹に、女の子が乗っていたの。片手にクラウスを持ってね」
「女の子……」
「彼女がダイアモンドナイトを操っていたんだろうけど、5、6歳くらいにしか見えなかったから驚いたわ。それに、クラウスを連れ去られてしまった」
「……」
「トレニアは死にかけてるし、追うわけにはいかなかったら。トレニアを彼女の自宅まで運んだのよ。その時には、もう息をしてなくて、駄目だと思った」
その時、魚がかかったので、竿を引き上げた。
食事には十分な大きさだ。
リリーは手早く、魚の腹を裂き、内臓を洗って、拾ってきた木の枝に刺して焼き始めた。
トレニアは魚釣りも上手だったとリリーは笑った。
「先に釣るのはいつも彼女。彼氏ができたのも、彼女の方が早かった。比べたって仕方ないのに、いつも比べて落ち込んでいたのは私」
「……リリー様」
「昔の私は、他の人ができることができなくって、自信がなくて、いつも退屈だったわ。トレニアだけが、そんな私と仲良くしてくれた」
親友がいるだけいいじゃないか。
そんな存在がいるだけ、リリーは僕より幸せなんだろう。
誰もが振り返る美貌と、女神の力が使える魔法使い。
王子を取り戻せば、次は王妃様になる。
過去の彼女と、僕は似ていたかもしれない。
でも今は、似ていない。
腸の血に誘われて、すぐに2匹目がかかった。
引き上げて、リリーの白い指が糸を引き寄せた。
「アキラ、内臓とってごらん」
言われるまま、ナイフを腹に差し込むが、よくわからない。
刃先をまず刺して、こうゆっくり、と説明してくれるが、そもそもどこに刺すのがわからない。
結局リリーが、刃先でゆっくりと内臓をかき出し、指でそっと引き抜いた。
湖の水で軽く洗い流して、同じように木の刺して焼きはじめる。
「こんなに小さくても生きてるのよね」
と先に焼いた魚を僕に渡しながら、村の友達が人間じゃなかったって知ったらどう思うと聞いた。
「……なんだったんですか?」
「トレニア、実は人間じゃなかったんだよね」と呟いた。
……ほほう。
「実は、僕もこの世界の人間じゃないんですよね。僕の国は、人間以外の……神とか妖怪とか鬼なんかもたくさん住んでますので、そんなに驚きませんよ」
「マジか」
「最近は刀の付喪神が人気があります」
焼き魚にかぶりつきながら、僕たちは焚き火に木をくべた。
「で、お友達は……。トレニアさんは、何者なんですか」
「なんか、花の妖精だった」
「まさかのフラワー」
「トレニアのお母さん……、アゼナさんっていうんだけど。トレニアを運び込んだら、娘は花の妖精の命をわけてもらってるとか言い出してね」
「妖精さん」
「そう。村が大変なことになったから、どうかしちゃったのかなと思ったんだけど、裏から小さい鉢植えを持ってきたの」




