第38話 ~回想~ 美少年拾いました。
道に美少年が落ちてたら拾ってもいい。(祖母の教え)
ここから2年前の回想になります。
「私はあんまり魔法が得意じゃなくってね。手に職をつけようと思って、服を縫って街で売ってたの。その日も市場で店を出して、帰ろうとしたのね」
仕事終わりに、「ダリィー……」と呟きながら歩いてたら、ラウネル城へ続く石橋に差し掛かった。
秋が終わりに近づいて、街路樹の葉も舞い散るような冷たい風を川を渡っていた。
もうすぐ雪が降り始めるだろう。
冷え込んだ、夕日も見えない曇った空の灰色を、まだ覚えている。
その時。
「馬車から美少年が!!」
「んなわけあるか!!」
「本っ当なのよ!」
落ちてきた男の子は、仕立てのいい銀の糸の刺繍が入ったマントに包まれていた。
少年は立ち上がると、目が合った瞬間に「私を連れて逃げろ!」と叫んだ。
クラウス様!! と馬車から王子が消えたことに気づいた兵士たちが追ってきて、彼は走り出した。
初対面の少年に手を取られて、チャンスがやっと回ってきたんだと悟った。
「私の順番が来たのよアキラ」
追われているわけではなさそうだったが、「どこに逃げるの」と聞いたら「どこでもいい、今はまだ城に行きたくない」と彼は一層強く手を握ってきた。
乗りなさいと箒に乗せて、陽が陰る空へ飛び立った。
「心臓が破裂しそうだった、夢が叶うと確信したわ。決めたの」
森の向こうに日が落ちて、足元には黒い森が広がっている。
今この時に世界を眺めていた。二人きりの。
「後ろから抱きしめられてわかったの。彼も私にひかれてるって」
「……へ、へえ……」
「銀色の髪に、アメジストの瞳をしていてね。私の初恋の人にそっくりで。気のキツそうな生意気を絵にかいたような……。それでいて、月の光が人の形をとったような子なの」
退屈だった毎日に、煌めくナイフが落ちてきた。その輝きで何も見えなくなるくらいに。
「奪われるなんてモンじゃない、心を刺されたの。全身の血が沸騰したみたいだった」
両手を広げて、指を広げて、そして拳を握る。
「世界が変わってしまったのよ」
「道に美少年が落ちてて、私を連れて逃げろとか言われたら、「喜んでー!」ってなるでしょ!」
「な、なるなるー!」
「お婆ちゃんの教えだからね。美少年は拾ってもいい」
「教育正しかったー!」
「でもまあ、話聞いてみたら、父親が死にかけてて、そりゃ親の死に目にはあわないとねって、家まで送るからどこって聞いたらまさかの城で」
「城かあー!!」
「で、城っていっても広いから、どこ住みって聞いたら王位継承者は東棟で、それ以外の王族は西棟なんだって」
「王族あるある?!」
一般人には縁のないあるある。
出会って初めて見るリリーの姿に、これはちょっと勝てそうもないなあと僕は適当に相槌を打ちながら聞いていた。
ここまで語られるといっそ潔い。
彼女は世界が一変するような恋を、すでに知っている。僕がリリーに感じたような夜を。
「まー、親が死ぬってことは新しい王様になるのかって聞いたら、兄がいるっていうから。じゃあ、王妃になるような婚約者もいないだろうし……。まあいても関係ないけど……」
「……リリー様」
「言ったのよ、私が勝手に会いに行くから、城の端の部屋にいといてって。そしたらね、良い妻になるだろうなって」
名残惜しかったが、ラウネル城まで送っていって改めて、クラウスが初恋の人に似ていることに気づいた。
結ばれることのなかった、年上のひと。
「とっても似てたのよ。私の初恋のひとに」
「……それで?」
「初めて会った日に、良い妻になるだろうとか言われてさ。これが運命でなかったら、なんだっていうの」
「……」
運命かも知れないけど。
それが変えられないとは誰も言ってない。
「でっ、続きなんだけどね」
後日、事情を話したトレニアと一緒に、自慢のドレスを着て舞踏会に侵入した。
彼がクラウス様と教えると、
「……年下じゃん……」
「年下の何が悪いのよ。顔がッ、最高に好み。顔が天才」
やっぱり美形だ……。ああノア様に再会したみたい。私のものにはならなかった初恋の人。慣れない雰囲気に緊張して、壁際に移動する。
もぐもくとハムを食べていると、「探したぞ」と声をかけられた。
ちょうどハム食ってた。
「ブサイクがまじってたから、すぐわかった。こないだの」
「……」
「踊ってもらえますか?」
音楽と光に溢れた大広間での素敵な再会をイメージしていたのに、よりによってハムを食っているところを見られるとは。
「思わず逃げたわよ。めっちゃハム食ってた」
「……そりゃ……。ハムはいかんでしょう」
「とりあえず逃げたね。でね、次の日に、ケーキを焼いて持っていったんだけど、どこの部屋かわかんなくて」
端の部屋にいろと伝えておいたが、何部屋もある。
箒で飛びながら片っ端から窓からのぞいていく。
ベランダから侵入したつもりが、足が柵に引っかかり、そのまま下の部屋のベランダに落下した。
「おい、くせ者。大丈夫か?」
ベランダでひっくり返っていると、ひょいとクラウスが顔を覗き込んできた。
「ああ!? いたし!」
「私の部屋だ。いるさ。よく来たな、こないだのハム娘」
「ハム娘って!!」
「フツー、王子が出てきたら、いつダンスに誘われてもいいように、身構えるもんだ。ところが、壁にひっついて、ハム食う女がどこにいる」
クスクスと笑うクラウスは、月の下で見た寂し気な表情は消え、城暮らしを楽しんでいるように見えた。
綺麗に整えられた銀髪の間から、イヤリングがきらきらと光って見えた。
「ケーキ作ってきたの」
「その潰れてる箱か」
「……ああっ!」
ケーキの包みは、自分の体重で見事にぺっちゃんこになっていた。
「お前……本格的にバカだな」
ようやく立ち上がって、無残なケーキを払い落とした。
「名前を聞いてやる」
「リリー・ロック」
「城下町の娘じゃないな。どこからきた」
「ラウネル村から」
「……ど田舎だな」
まあいい。
ぐっと首を引き寄せられて、自分よりも小さい王子にキスをされた。
「また来い」
「……」
「窓を開けておいてやる」
夢見心地でふらふらと飛びながら帰宅した。
「もう結婚しよって思ったよね」
「……思っちゃいました?」
「いやー……。そう思ったんだけどさあ……」
リリーとクラウスの出会うシーンです。リリーの興奮をそのままお届けします。




