第4話 擲果満車
『てきかまんしゃ』と読みます。大変な美少年のたとえ。
まあ座って、と焼き菓子と紅茶を出される。
「突然知らない街に来て、さぞ驚いたでしょう。本当にごめんなさいね」
「……はい。それで、僕に何を手伝えと」
カップを置いて、彼女はドレスを指さした。
「見ての通り、私は仕立屋をしているわ。最終的には、シャルルロアの王宮の女たちにドレスを売りたいと思っているの」
そりゃ町民より、貴族や王族に売った方がいいだろうから、当然だろう。
「縫うのはいいんだけど、顧客の要望をすり合わせるまでが苦手で。絵が描けないから。顧客の家に出向く時だけ、一緒についてきて、デザインを手伝ってもらえないかしら」
「そんなことでよければ」
王宮に出入りできるようになったら、命を助ける条件はクリアなんだろうか。
なんとか、なりそうだ。
僕はいつまで、この家にいたらいいんだろうか。
「わかりました。お手伝いします」
「良かった」
ほっとした様子で、彼女はもぐもぐとパイを食べ始めた。
よく見ると、胸はあるけど、首や手足は細くて長い。
偏食なのかな。
「リリーさん、店の主人ということであれば、上下関係をはっきりさせないと」
「そうね。お給金の話かしら?」
「そうではなくて、主人ならそれなりの態度で接してもらわなくては困ります」
「どうして?」
「どうしてって」
「友達になってって言ったじゃない?」
首をかしげる彼女を見ていると、とても年上とは思えない。
綺麗にメイクをしているが、動きがおっとりしていて、子供っぽく見える瞬間がある。
友達と言われても、毎日、あの乳とベッドに一緒では、僕の身が持たない。
「この店では、僕は新人で、下っ端です」
「そうね」
「一緒に寝るなんてダメですよ。僕も男です。あと14歳です」
「……なんですって!?」
予想通りの反応だ。
「何歳だと思ってたんですか」
「11~12歳くらいかと。だから自分で絵が得意って言えるってすごいなって」
ものすごく優しくされてるなとは思っていたけど、小学生扱いされていたとは。毎日あの胸にうずもれて寝れるなら、幸せは幸せだけど。言わなきゃよかったかな。
「私と3つしか違わないのね。本当に?」
「本当です、ウソついてなんになります」
「下着見えてた?」
「バッチリでした」
「……それなら、一緒に寝るのはよくないわね。部屋は増築してあげるわ」
「ぞ、増築!?」
ちょっと待ってて、と彼女は部屋を出た。
ドンと鈍い音が何度かして「こっちへいらっしゃい」と呼ばれた。
2階は、彼女の部屋とシャーロットの部屋だけだったはずだが、間にドアが増えている。
「増やした!」
なんですが、そのドヤ顔は。
「どうやって!?」
「細かいことは気にしないでいいわ。ベッドも作った」
ドアを開けると、確かに、ベッドが置いてある。
ついさっきまで、この部屋はシャーロットの部屋だったはずだ。
眠たくなったらベッドなんて、昔の曲の歌詞のよう。
「他になにか欲しいものは」
「書き物をするので、机と、紙とペンがあれば」
「解った。作っておくね」
……作るのか。
どのレベルから? 木から?
「で、アキラはどうしたいの」
「どうって。そうだ、えと……呼び方なんですけど」
「リリーでいいけど」
「そういうと思いました。でもそれじゃあ、お店の主人に対して失礼です。リリー……さま」
「様!? あたしに!?」
心底驚いた顔をし、彼女が笑い出した。ヘンかな。
「いやっ……悪くないわね」
あっ、気に入ってる。
「リリー様とお呼びします」
「……良いわね。じゃあそれで。うん。いいね」
様付けって良いわねと、彼女がにこにこしているので、よほど気に入ったんだろう。
新しい服が必要ね、とリリーは、布地を何枚が持ってきて、僕の体に当てた。
「これでいいか。ベストは黒でいい?」
「はい」
ちょっと待ってて、と彼女は再び部屋を出た。
3分もしないうちに、「縫ったよ」と白シャツと黒いベスト、黒のひざ丈の半ズボンを持ってきた。
「……縫えないでしょ!!」
「厳密にはね。着てみて」
なんで半ズボンなんだろうと思いつつ、着替える。
驚くほどにピッタリだ。
どうして……? とても3分で縫えるような代物ではないだろうに。
「似合うじゃない」
「なんで半ズボンなんですか」
まさかショタコンか。
こんな美人なのに残念だな。
「上下関係がどうのこうのいうなら、従僕でしょう。要するにフットマン。えーと、召使い」
「……まあそうですけど」
「私と出かける時は、それを着ること。わかった?」
「……」
「返事は」
「はい」
白いフリルシャツに黒いリボン。ベストと黒の半ズボン。まあいいけど……。
寒くなるから長ズボンも用意すると彼女が笑った。
「アキラは、綺麗な二重をしているのね。私の知ってる子に似ているわ」
「そうですか? 褒められたことなんて、ないから」
「黒髪も少し、くねってるけど、雰囲気があって素敵よ。前髪と、眉毛少し整えてあげるわね」
小さいハサミで、眉を整えてくれた。
髪に、少しだけオイルを塗られ、彼女の白い指が髪を整える。
「できた。鏡見てみて」
姿見に映る自分に驚いた。
……僕のポテンシャルは、こんなに高かったのか。
くせ毛で良かったと思ったことは一度もなかったのに、鏡に映る僕は、愁いを帯びた美少年に見えた。
これが盛るってやつか。
「似合うわ」
リリーの白い手が肩に置かれ、鏡越しに視線がぶつかった。
「素敵よアキラ」
でも、僕より。
あなたの方がずっと。
……そんなこと言えない。
「……ありがとうございます」
鏡の中の彼女が微笑んだ。
時間が止まったかのような静けさが、僕の手をリリーの手に重ねさせた。
その時、呼び鈴がリンとなったので、僕たちはバッと廊下に出た。
「リリー、いるー? 起きてるー?」
誰だろう?
ここまで読んでいただきありがとうございます!
2025/06/15改定