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第37話 国境を越えて

第二部スタートです。

リリーの故郷・ラウネルへ向かいます。

37







 星が流れる空を、リリーの髪の間から見上げていた。箒に乗って飛ぶというのは、意外にも体力を使う。風を受けて体は冷え切っている。

 抱き着いているリリーの肌も同様で、僕は一度降りるように提案した。

 川を渡ればラウネルの国境だと彼女は答え、小さな砦を指さした。

 兵士はいるようだが、崖の上の砦は、黒く流れる川が堀替わりになっているのだろう。

 川幅が広い国境を越え、僕たちは闇の中に降り立った。

 鬱蒼とした黒い森は一寸先も見えない。

 まるで僕の明日のよう。


 草の中をザクザクとリリーの後ろについて歩き、国境の川が見えなくなると、彼女は立ち止まった。

 袋の中から、小さくした黒百合の女神のドールハウスを取り出す。

 リリーが呪文を唱えると、そのドールハウスは、もとの大きさになった。草むらの中に置くと、まったく道からは見えなくなった。


「さっ、入って」


 ドアに触れると、僕たちは、ドールハウスに入れる大きさまで縮んだ。


「お疲れ。明日からは歩きだから、ちゃんと寝なさいよ」

「そうするわ」

 黒百合の女神は退屈そうに、ソファで寝なおした。

 この女神はどこで寝ても平気らしい。


 夜風に当たりっぱなしだった僕は、冷えて眠れそうもない。

「リリー様、お風呂いいですか?」

「え、風呂?」

「お湯ぐらいなら、沸かしますよ」


 ドールハウスを出て、小枝を拾い集める。二人で焚き火を囲むなんて、なかなかロマンチックな時間だ。逃避行中でなければ。

 いっそあなたと二人、どこまでも逃げてしまいたい。彼女のふるさとも、僕のふるさとも全て捨てて、遠くて誰もしらない場所に。

 パチパチと木が爆ぜて、火花が散る。炎の色を映したリリーの目を黙って見つめていた。


「お腹すいたわね」

 家から持ってきた水を沸かして間、リリーはパンとソーセージを小枝に刺して焼き始めた。

 先にお食べ、とあぶったパンにソーセージを挟んで渡してくれた。

「……おいしいです」

「よかった」

 パンもソーセージも表面がぱりぱりで、噛むと肉汁が溢れる。彼女も空腹だったらしく、ペロリとたいらげている。


「昔、友達とこうやって森で遊んだの。湖があってね、よく花を摘んだわ。季節には百合がキレイなのよ」

「お友達とですか?」

「ええ。野いちごを取ったり、魚釣りをしたり。……トレニアっていうの」

「彼女は元気なんですか」

「いいえ。眠ってるわ」

「……病気って聞いたような気がしましたけど」

 そう言ってたのはシャーロットだったか?


「厳密にいうと病気じゃないの。命はあるけど、それはもともと彼女のものじゃなくて……。うーん……。順番に話すわ。どこから聞きたい? トレニアのこと? 別のこと?」


 聞きたくないけど、彼女が国を出る原因になった王子のことは知っておかないといけないだろう。

 王子が攫われて、魔女とはいえ、村娘に王子の救出を頼むなんて、この国はどうなっているのか。

 隣国の女王の暗殺を、一般人に頼むか普通。


「別のことで……。彼氏さん……、クラウス王子のことを教えてください」

「……」

 木が燃える音と、揺らめく炎の影がリリーの瞳に映る。



「馬車から、転げ落ちてきたの。だから拾った」

「拾った」

「だって! 可愛い子に!! 連れて逃げろって言われたら、そりゃ、逃げるでしょう」

「待って、話が見えません、順番に」

 どんな出会い方だよ。

「話すと長くなるんだけどね。クラウスはお城に戻る途中だったんだけど、逃げ出したくなったのよ。それで、私が拾ったの」

「それで」

「こっそり付き合いはじめたの。それでねっ」

「あっ、お湯沸きましたよ」


 お湯が沸き、お湯に浸したタオルを絞ってリリーに渡した。自分から聞いたくせに、嬉しそうにクラウスのことを話しだす彼女にいら立つ。

 後ろから体を拭く。髪を拭いて、櫛でとかす。

「ありがとう、気がきくわね」

「体が冷えてましたから……。片付けておきます、リリー様は先に寝てください」

「あら、君も拭いてあげるわよ。脱ぎなさい」


 恥ずかしがる必要もない、上半身裸になって、リリーが背中を拭いてくれた。

 彼女のひんやりした指に触れられると、思わず震えてしまう。彼女に伝わってしまうのは少し照れくさい。

 きっと、弟を見るような、彼女にとってはなんでもないことなのだろう。

 僕の鼓動が伝わってくれたらいいのに。


 着替えると、僕が以前使っていた寝室で休むことになった。どこでも寝れる女神がソファで寝てる以上、仕方ない。

 同じベッドて寝ていても、同じ夢を見ることはできない。

 相当疲れているのだろう。すぐに彼女は寝てしまった。リリーの柔らかい胸に挟まれて、長かった一日が終わる。続きはまた明日聞こう。辛いけども。

 

 明日はきっと、今日よりも彼女のことを知れるといい。 

 

 



 翌朝、僕たちはドールハウスを出て小さくすると、袋の中に突っ込んだ。

 箒で黒い森と呼ばれる一帯を飛び抜ける。低く飛んでいるので、足元から森の様子が垣間見える。駆け抜ける鹿や猿、野の花が広がる川辺、紅葉した木々は、もうすぐ葉を落として冬が来るのだろう。


 しばらく飛んでいると、小さな湖が見えてきた。

 ここからは歩く、とリリーはふわりと水辺に降り立った。

 村まではそう遠くないとリリーは僕と手を繋ぎ、歩き出した。


「アキラ。こんなことに巻き込んでしまった責任は私にあるわ。君の世界に帰すこともできたのに」

「いいんです、僕が残りたくて残ったんです」

「……それならね、最初から聞いてくれる? 私とクラウスのこと、トレニアのこと」

 君には知っておいて欲しいと耳元で囁かれる。

「手短に話すから」

 話し終わるころには、村に着くと、リリーは笑った。


「……全部聞きます。行きましょう」






トレニアも出ます。

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