第33話 惚れ薬の代償
33話
城門を飛び越え、街外れの石橋の上を越えた時、僕は川面に白い人影が浮いていることに気づいた。
「リリー様っ、降りて!」
「はあ!?」
「誰か川で溺れてます」
気づいた以上は放っておけず、リリーはしぶしぶ石橋に降りた。
僕はドレスをめくりあげて、川に入り、溺れている人を引っ張り上げようとしたが、少女の体なので力が思うように入らない。
仕方なくリリーも手伝い、引き上げて顔を見た。
「……マルギット……!」
アルベルタの妹だ。
水を飲んでいるのか、リリーが腹部を何度か押すと、大量の水を吐き出して、息を吹き返した。
「……馬車を探してきなさい、急いで」
僕は大通りまで出て馬車を見つけてすぐに戻ってきた。代金は弾むと頼み込み、意識がないマルギットを乗せ、アルベルタの屋敷まで飛ばしてもらう。
アルベルタの母親がすっ飛んで来て、
「マルギットを見つけてくれたのね」と大喜びで僕の手を握ってありがとうと繰り返した。
アルベルタの婚約が決まってから姿を消して、総出で探していたと彼女は泣きながら言った。マルギットを運び込み、医者を呼ぶために馬車が慌ただしく駆け出して行った。
総出って……、アルベルタは舞踏会に来ていたけど。
妹がいなくなった様子はかけらも見せなかった。
「自殺未遂なんて恥さらしよ。見つかってよかった」
「……」
「あなた、このことは他言無用ですよ。誰にも話さないでくださいね」
袋に大量の金貨を入れられて握らされる。
「……わかりました、お見舞いに来ても?」
「しばらくは近づかないでいただけますか。噂になったら困りますから」
「……」
今日のところはお引き取りくださいと玄関を早々に閉められる。
娘を助けたというのに、彼女は僕の名前すら聞かなかった。
箒に乗り、リリーに「マルギットに近づくなと言われました」と伝えると、
「そう。ちょうどいいわ、引っ越すし」
彼女は振り向きもせずに答えた。
「引っ越しって……どこへ」
「私の国に一度帰るわ。城の中の普通に入れるところには、私が探してる人はいなかったし。助けが必要だわ」
「……」
このタイミングで引っ越し?
友達の妹が自殺しかけたっていうのに、その反応おかしくないですか。
帰宅してワインをがぶ飲みするリリーの背を見て、僕は胸の奥がじりじりと焼けつくように痛んだ。
これは悲しいんだろうか。不愉快なんだろうか。
頭痛に耐えかね、リボンを解いた。
ゴーレムに箒から叩き落されて、髪は乱れ切っているし、僕もリリーもドレスがボロボロだ。
でも生きてる。自ら引き上げたマルギットの手の冷たさを思い出し、僕は彼女がどうか助かるようにと声に出して言った。
「リリー様、さっきのことなんですけど」
「なに。疲れてるのよ」
「アルベルタのことです」
「えっ。婚約が決まったし、心配ないでしょう」
「……は? 心配ない? 心配ないって言いましたよね。友達の妹が死にかけたのに」
「だからなに?」
「何も、感じないんですか」
「アルベルタには言ったわ。魔女の惚れ薬を使うことがどういうことか。それでもかまわないというから手を貸したのよ」
「リリー様、どうして僕を見ないんですか」
「言ったでしょ、疲れているのよ」
「何も、感じないんですか。僕はあなたが本当は優しい人だと知っているつもりでした。転がり込んできた僕やゾーラを住まわせてあげたり、友達のために石を拾ってきてネックレスを作ったり……。夜中にハンカチに刺繍するような
普通の……女の子だと……。友達の妹が死にかけてるっていうのに、心が痛まないんですか!! どうして、どうして平気なんですか!!」
ガシャン! とリリーが、手にしていたワインの瓶を壁に叩きつけた。
僕の声は一瞬でかき消されて、振り向いたリリーが僕の頬を打った。
「平気なわけないじゃない!! 全然平気じゃないわよ!」
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