第32話 ダイアモンドナイト
女王とワルツを。
僕が考え事をしている間に、女王の挨拶は終わり、貴族たちが、女王にダンスを申し込んでいる。
きらめくダイアモンドのティアラが、ターンする度に輝く。
僕は、以前、リリー・スワンを仮面舞踏会で見た時、そして街の広場から初めてみた日のことを思い出した。
リリーが、女王を何故憎んでいるのか、詳しいことは聞かされていない。
いつもは穏やかなリリーの瞳が、冷たく輝いたのを覚えている。
突然、僕の前に、女官を引き連れたリリー・スワンが現れた。
白い薄い衣は、歩くたびにふわりと裾が揺れて、今にも飛んで行ってしまいそうだ。
「黒い絹なんて……。素敵なドレスね」
「は、はい」
「仕立てたのは、リリー・ロックね」
「……」
「リリー・ロックはどこにいるのかしら?」
「……えっ?」
女王が聞いているのだ、答えなさいと、後ろにいた女官が小声で言った。
「一緒に来たから、大広間にいるはず、です」
でもどうして。
僕はキョロキョロと大広間を探すふりをした。
「私、彼女にさけられて、いるみたい」
「……」
避けられているもなにも、二人は面識があるのだろうか。
リリーは女王を嫌っている。
「彼女に、城に来て欲しいの。私だけのために」
「……」
女王はにこにこと気安く話しかけてくる。その様子に僕はふつふつと怒りがわいてきた。
勝手なことを言うもんだな。
女王のお抱えなんて冗談じゃない。
リリーは僕の主人だ。
「……僕の主人にお伝えしておきます。女王、陛下」
僕はスカートのすそをつまみ、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げて挨拶をした。
女の子らしく。
「私の妹が失礼を?」
突然、後ろからリリーの声がした。頭を上げると、赤い髪に赤い目の、いつものリリーが立っていた。
メイクしていない。
えっ、なんで。
「あなたを探していたの」
「……私、を?」
「一曲踊ってくださるかしら。リリー・ロック」
「……」
女王が手を差し出し、リリーは断りきれない様子で、踊りだした。
一国の女王と、ほぼすっぴんのリリーが、踊っている様子は、大広間の視線を釘付けにした。
黒いドレスこそ同じだが、赤い髪のリリーが、あの仕立屋リリー・ロックと同一人物とは思えないからだ。
でも、何故、リリー・スワンは、素顔のリリーを知っているのか。
僕は世界の中心のような二人のリリーを見つめて、腸が煮えくり返るという言葉の意味を初めて知った。
僕のリリー。
女王とはいえ、他の子と踊らないで。
リリーの肩越しに女王と目があった。
「……ッ!?」
見られている。
見られただけで殺される、僕は全身から汗が噴き出したのを感じて動けなくなった。
氷のような、冷たい視線。
僕、なんかしたっけ。
思わず目をそらして、また女王をみやると、すぐに僕に向けられた憎しみは消えていた。
「リリーあなた、あの顔が、好きなのね」
「……どういう意味かしら?」
リリー・スワンの手が離れて、二人はくるりと距離を取った。
「以前、ラウネル城であなたを見つけたの。私のリリー」
「私は、あなたのものになった覚えはない」
突然、ハープが鳴り響いた。
女王は触っていないのに。
「……まずい、逃げるよ!!」
大声でリリーは叫び、ドレス姿で、走り出した。
「待って!!」
女王の叫びが周囲の貴族たちを波のように割った。
呆然とする僕の手を掴み「走って!」とリリーが言い、僕はハイヒールを脱ぎ捨てた。
大広間を駆け抜け、何故かリリーは城門ではなく内部に向かって走り始めた。
「どこに!!」
「いいからっ!」
城を知り尽くしているかのように階段を駆け上がって、上の階を回廊を走り抜ける。
兵士たちがリリーを探し駆け上がっていく足音がする。
「リリー・ロック、お待ちください、何故逃げるのです」
フレデリクだ。
「私は彼女のものにはならないわ」
「女王の仕立屋になるのが嫌なのですか。断る理由なんてないでしょう」
フレデリクは、兵士たちに下がるように手で制している。剣も抜いていない。
「私と一緒においでなさい。悪いようにはいたしません」
「そういうわけにもいかないのよ」
リリーはイヤリングを外すと、兵士たちに向かって投げつけた。
すると、割れた中から紫色の煙が吹き出して、兵士がバタバタと倒れていく。
「くっ……、眠り薬……!?」
「あら、あなた効かないのね。仕方ないわ。痛いわよ」
リリーが躍りかかると、アメジストの指輪が棍棒のように変化し、急所を打ち付けた。
「……ぐっふっ……!」
「悪く思わないでね。関係ない人は殺したくないの」
床に転がったフレデリクを放置し、リリーはどこから持ってきたのか、箒にまたがった。
「乗りなさい」
「はい」
「しっかり掴まって」
窓を開けて、夜の空を飛びあがる。
同時に、城の西門から火の手が上がったのが見えた。
「リリー様、火が」
「平気よ。金で雇った連中よ、うまくやるわ」
「……準備してたってことですか」
「ええ。言ったでしょう。これは仕事なの」
その時、後ろから高速で何かがぶつかって、僕たちは地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!!」
「大丈夫!?」
受け身を取ったリリーに起こされる。
背中を打って声が出ない。
ゲームなんかで見たことあるやつだ。ゴーレムだ。
僕たちの身長の3倍はあるだろう、巨大な、白く輝く石の塊は、人の形をしていた。
あの巨体で、飛ぶのか!?
「……ダイアモンドナイト……」
石畳を転がったリリーの箒を拾い上げると、ゴーレムの上から、女王の声が響いた。
「今度こそ逃がさない」
「ふざけないで」
気づくと、そのゴーレムは、5体、10体と増えていた。
どうしたらいい。逃げきれない、パワーが違い過ぎる。
「ガーネット、伏せていなさい」
「えっ」
まったく同じダイアモンドナイトが、女王の乗ったそれを殴りつけた。
振り向くと、セティスが杖を構えて立っていた。
「……セティス!?」
ゴーレムの群れをセティスが操るゴーレムが叩き伏せていく。
人形屋の兄ちゃんだと思っていたのに、驚くほどその攻撃は計算されている。まるで操り人形のように、巨大な石像は軽やかに走った。
「逃げなさい」
「……恩に着ます!! リリー様、早く!!」
「……わかったわ」
箒に乗り直し、僕らは飛び立った。
振り返ると、セティスが微笑んで僕を見つめている。
「無事でいて!」
同じ言葉で僕と彼の声が重なり、それは風の声にかき消された。
そろそろ5章完結します。




