第31話 シャルルロア城
お城の舞踏会へ潜入します
跳ね橋を渡り、石造りの門をくぐる。
馬車の中から、輝く白い城壁を眺めた。
お城に入るなんて初めてだ……。
ドレスとハイヒールでぎこちない僕を、シャーロットが手をとって馬車から降ろした。
リリーと僕、シャーロットとゾーラの4人でシャルルロア城へ向かう。
長い回廊を進み、巨大な扉を従者が開けると、そこは金色の床と無数のシャンデリアの大広間だった。
漫画でしか見たことがない、世界だ。
招待客は大広間に集められているようだ。
きらびやかなドレスをまとった貴婦人たちが、それぞれのパートナーとくるくると踊っている。
リリーが進み出ると、「リリー・ロックだ……!」「あの有名な仕立屋だ」とひそひそと聞こえてきた。
美しい長女を先頭に、まるで姉妹のように僕とゾーラは付き従った。
黒衣の艶やかなリリーは、良くも悪くも似たようなドレスの貴婦人たちの間で、際立っていた。
赤白黄色と、確かにみんな綺麗だけれど。
僕は思わず自分とゾーラの恰好を見て、とてもリリーと同じ揃いのドレスを着ているとは思えないなとため息をついた。
「ガーネット。私は仕事があるから、シャーロットと踊ってて。ゾーラと交代するのよ」
「はい」
「他の男に声かけられたら踊っててもいいから。ただし持ち帰りされないようにね」
うなづくと、リリーはダンスを求めてくる男たちをひらひらと躱し、どこかへ消えていった。
宮廷の音楽に乗り、シャーロットと踊る。
いつもと違い、リリーが用意した軍人風のジャケットで窮屈そうにしている。
彼は、本当は、故郷にいる恋人と踊りたいだろうに。
ゾーラが鬼の形相で待っているので、一曲踊り終わると、すぐに代わってあげた。
足たんたんするやめて怖いから。
相手のいない僕は、慣れないハイヒールをひきずりながら、窓から王宮の庭を眺めた。
広大な敷地には噴水があり、きっちり刈り込まれた庭木と薔薇の庭園が広がっている。
王宮でも、収穫祭の趣旨はそれほど変わらないのか、庭園では御馳走が振舞われている。
その辺の中学生だった僕は、ドレスを来てお城の庭を眺めてる。
窓に映っているのは、変身した見慣れない美少女。
現実味の無い視界に、好きな人の姿は無い。
彼女が探している人は、この城にいるのだとしても、たった一人でどうやって探すつもりなのか。
僕を置いていったってことは、役に立たないからだとしても、少しはなにをどうするつもりなのか話してくれてもいいのに。
「……おや、君は……?」
「あっ」
切れ長の目と、赤が入った明るい茶色の短髪の彼。
「フレデリク様」
「覚えていてくれましたか。街の噴水広場でお会いしましたよね」
「ええ」
「連れとはぐれてしまって。あなたは?」
「……私も、連れとはぐれてしまって、待っているところです」
アルベルタと婚約したはずだ。
しかし、本人に「惚れ薬飲まされたんですか」なんて聞けない。
こんな美青年を放っておくとかどういうことだアルベルタ。
端正な横顔を見ているだけで、顔が火照ってくる。
「……あの……」
「なんだい?」
「先日、一緒にいらしたマルギットさんは、今日は……」
「さあ。彼女は見ていませんが。来ていたら目立つでしょう、可愛いから」
あれっ、ずいぶん他人行儀だな。
マルギットの片思いだったんだろうか。
「炊き出しの時に、お話をしていたら、仲がいいのかと」
「町民への炊き出しは、軍の仕事の一環ですから。彼女は……というか、貴族の娘たちは金を出している家の子たちで、仕方なく手伝っているだけですよ」
「そうでしょうか? フレデリク様は素敵だから、気になっているのかと」
「……あなたは?」
「えっ」
ふいに、屈まれて、顔が近づいた。
「どうして、別の女の子の話ばかりするのです?」
ちょっと待って、……顔が近いっ!
アッキーやエディの軽い感じとは違い、微笑んでいると思ったら、突然距離を詰めてくる。
こりゃ、姉妹で取り合いになる。
「私といるのは退屈ですかな」
この人は、自分がイケメンだっていう自覚があるのだろう。
「先日お会いした時は、白いドレスでしたが、今夜のあなたは黒蝶のようですね。雪の妖精かと思っていましたが、不思議な方だ」
すっと手を取られて、「踊っていただけますか」と囁かれる。
「今夜が、独身最後の日なんです。もう少し早く、あなたと出会いたかった」
この国の男はすぐナンパしてくるなあ……。
っていうかね、独身最後の日の他の女と踊っていいのか……? 厳密には女じゃないけど。
「じゃあ少しだけ」
どうせアルベルタと結婚するんだし、構わないだろう。
リリーが戻ってくるまですることがないし。
見目のいいフレデリクにリードされて、大広間でダンスしていると、周囲の視線が突き刺さるようだった。
「君は軽やかに踊るんだね。羽根が生えてるみたいだ」
「……」
この人の前にいると、照れてしまう。
低い声で囁かれると足元がおぼつかなくなってしまう。
「みんな見ていますよ」
「えっ……」
悪目立ちしてしまっただろうか。
周囲のざわめきに気づいたゾーラとシャーロットが振り向いた。
そいつ誰? とシャーロットが口をパクパクさせて聞いてきた。この状況で返事ができるか。
その時、アルベルタがつかつかとやってきた。
舞踏会にはふさわしくない、緊張した面持ちで、僕を見つめ、彼の手を強引に離した。殴られるかな。
「……わかった。すぐに」
殴られたらどうしようかと思ったが、彼女は何か耳打ちした。すると、ゆっくりとフレデリクは頭を下げた。
「申し訳ありません、急な任務が。失礼」
「わりました。ごきげんよう」
「ごきげんよう。またお会いしましょう」
アルベルタは僕が『アキラ』だとは気づかず、慌ただしく二人は大広間を横切っていった。
大広間に取り残された僕は、誘いの手を振り切って壁際に移動した。
踊りつかれたゾーラとシャーロットも、僕の姿に気づき、戻ってきた。
「さっきの誰だ」
「フレデリクっていう……、アルベルタの婚約者。たぶん」
「たぶん?」
その時、音楽が止み、急に大広間の扉が開いた。
お静かに、と女官が大声で告げた。
「女王陛下がお言葉をくださいます」
女官が左右に分かれると、すっと、女王リリー・スワンが姿を現した。
金色の髪に輝くティアラ。
透き通るような、薄い白い布を重ねた姿は、今にも飛び立ちそうな儚さがあった。
その場に光が満ちたように、大広間の貴族たちは静まり返った。
「ようこそ私の城へ。皆の忠誠に感謝します」
鈴のような心地よい声音で、彼女は両手を広げて微笑んだ。
「収穫祭への参加、まことに嬉しく思います。三日三晩踊りつくしましょう……といいたいところですが、皆様にお知らせせねばならないことがあります」
ほんの少し俯くと、リリー・スワンはため息をついた。
「今夜、城に賊が入り込みました。地下牢と宝物庫が破られています。いま兵を出して探索していますので、皆は大広間から決して出ないように」
……まさか、リリーじゃないだろうな。
彼女が探していたのは、人じゃなくて、宝なのか?
そういえば、エメラルドを探していたような気がする。
だとしても、初めて入った城の地下牢と宝物庫を、短時間で破るなんてできないだろう。
彼女ができるのは、物の形を変えたり、惚れ薬を作ったりするぐらいだろう。
リリーがどれほどの魔法を使えるのか知らないが、牢番を殺したり、ドアをぶち破ったりするくらいはできるんだろうか。
彼女は『仕事』だと言っていた。
本当の狙いは、なんだ?




