第28話 へなちょこリリーの惚れ薬
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間に合わなかった、ということだけはわかった。
僕がもたもたしている間に、状況が変わってしまった。
アルベルタを訪ねると、「具合が悪いので誰にも会いたくない」と断られてしまった。
翌日もアルベルタに会えず、僕はリリーとドレスの納品で忙しく、話ができないまま、あっというまに時間が過ぎた。
食料の買い出しを済ませると、すでに日が暮れていた。早く帰って夕食の準備をしなくては。
店へ戻ると、リリーがちょうど出かけるところだった。
見慣れないパンツ姿に、ポニーテール。小ぶりな弓を背負っている。
「リリー様。弓なんて持ってどこへ」
「焼肉の用意よ」
「はあ。もう日が暮れます、……狩りにでも行くんですか」
「……そうね。肉は食べれるから。アキラは市場でオレンジを買ってきてくれる」
狩りに行くってことは、街を出るんだろうか。
「わかりました。いつ戻ります」
「鹿が捕れたら戻るわ」
「えっ、ドレスはどうするんですか」
「……全員分納品したわ」
「……リリー様。顔色、悪いようですけど」
「そんなことないわ。すぐ戻るから」
メモを渡され、そのすべてを集めるようにいい、リリーは行ってしまった。
メモには、ハチミツ・シナモン・グローブ・カルダモン・オレンジ、赤ワインと書いてある。市場で用意できるだろうが、これは焼肉のタレになるんだろうか。
店には誰もいなかったが、馬車を使っていいから、お使いにいますぐ行ってこいとメモがあった。僕が帰ってくるのを待っていればいいだけの話なのに、どうして急に狩に出ることにしたのか。
ネックレスの話をリリーにすることができないまま、入れ違いになってしまった。
市場にもう一度戻り、買い物を済ませる。暖炉に薪をくべてお湯を沸かす。
シャーロットもゾーラもいない。
なんて不用心な店だろう。
「ヒマしてるの?」
「うわっ!」
音もなく、黒百合の女神が現れた。ドールハウスから出てくるなんて珍しいこともあるもんだ。
ふわっと百合の香りがした。ウェーブのかかった、腰より下まで伸びる黒髪が、視界を遮る。
面白いことがあったの、とくすくす笑いながら彼女はテーブルについた。紅茶をいれなさいと言われ、用意をする。
ティーカップを彼女の前に差し出すと、すっと彼女の白い手がそれを覆った。
「ネックレスの件はどうなったの。リリーには話したのかしら。アルベルタとは?」
「はい。本人とは話せたんですけど」
見ていなさいと手をのけると、紅茶の中に見慣れたリリーの部屋が映し出された。
映っているのは、リリーとアルベルタだ。まるで、上からのぞいているようだ。
スマートフォンの画面の動画を見る時のように顔を寄せる。
「アキラ。私、あなたに言ったわね。直接、本人に聞きなさいって」
「何が言いたい、んですか」
アルベルタは新作のドレスを着て、リリーの肩を強く掴んでいるように見える。
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「リリーにはもうドレスを3着作ってもらったわ、惚れ薬を作ってくれるんでしょう」とアルベルタ。
スカート3枚、ワンピース3枚購入でノベルティはつけている、が、惚れ薬を作るなんて初耳だ。
上得意客へのサービスなんだろうか。
「……惚れ薬ですって? 誰から聞いたの」
「誰だっていいでしょ!! お願い、私にも作って欲しいの」
「……ねえ。アルベルタ、落ち着いて」
「惚れ薬を作ってくれるって聞いたわ。人でなしと罵られたって構わない。このままじゃ終れないのよ」
「好きなら自分でなんとかしなさいよ」
「あなたが魔女だって、知ってるの、力を貸して」
肩を掴んだアルベルタの手を、リリーがふり払った。
「……死にたいの?」
「殺されてもいい、その前にチャンスが欲しいの! お願いよリリー! 」
いつもの落ち着いたアルベルタの様子とはまるで違う。狂ったように、リリーの縋り付いて泣いている様は、とても僕たちが知っている彼女と同じとは思えない。
「……あなたが誰を好きかは知らないし聞かないわ。でもそれが、人に物を頼む態度なの。先に謝ることがあるんじゃないの」
「……」
「それが物を頼む態度なのかって話よ!! だいたい、私があげたネックレスを妹にくれてやったんでしょう、他の人に触らせるなとあれほど言ったのに」
声を荒げるリリーの剣幕に、アルベルタは唇を噛んだ。
「ネックレスを他の子がつけているのを見たわ。どういうことなの」
「盗まれたのよ! 信じたくないけど!! 私がリリーからもらったものを無くすわけないじゃない」
「……大切にしてっていったのに」
日が陰り始めた時刻、部屋を照らしていたオレンジ色の光が薄れていく。
影になったリリーの表情は、上からは見えない。
リリーの沈黙が、取り乱したアルベルタを冷静にさせたようだ。
「ネックレスのことはごめんなさい。私には、リリー、あなたの力が必要なの。お願い、力を貸してちょうだい」
「……」
「誰かから奪おうとしてるなら、止めた方がいい。傷つくだけよ」
「誰かに奪われても傷つくのは同じよ。リリー、いつか私に話してくれたわよね。心中しようとした初恋の話」
「……」
「すべてを捨ててもいいと思えるような恋をしたって。私は、あなたがずっと羨ましかった」
ドレスのすそを翻して、アルベルタはくるっとターンをした。
「リリーのドレスと、連れてってくれたダンス教室でレッスンをおかげで、私は自信を持てたわ。彼とも出会えた」
「私は手伝っただけよ」
「収穫祭で、手にしたいのよ。好きな人を家族に紹介したいの。私はささやかな幸せを手にしたいだけ。リリーならわかってくれるでしょう?」
誰かを探し出して、故郷に戻る。
それがリリーの幸せだとしたら、その中に、僕はいない。
暗くなった部屋で、リリーは何かを決めたように顔を上げた。
「あなたの愛が本物だというなら、助けてあげるわ」
「リリー! 本当ね!」
「地獄を歩く勇気が本当にあるのなら。惚れ薬を作ってあげる。本物の魔女の惚れ薬よ、どうなっても責任は持てないわ。それでもいいというのなら」
「構わないわ」
間髪入れずにアルベルタは答え、リリーを抱き締めた。
紅茶に映し出された映像が途切れた。
地獄を歩く勇気。
惚れ薬という甘やかな単語とは、真逆のイメージを呼び覚ますような、そんな彼女の言葉に僕は立ち尽くした。
リリーは本物の魔女だとはっきり自分で言っていた。
惚れ薬だって、誰にでも作れるものだと、以前話していた。
「アルベルタの恋が惚れ薬で叶うなら、けっこうなことじゃないですか。僕になぜ見せたんですか」
「惚れ薬は、誰でも幸せにできるとっても素敵なアイテムよね」
「ええ」
「あのコ、必死だったわねえ」
「……」
僕は、広場で出会った、フレデリクの威風堂々とした姿を思い浮かべた。
アルベルタは、妹が彼を狙っていると知っているんだろうか。
知っているのかもしれない。
また、妹はどうだ?
姉が、素敵な軍人を好いていると、知っているんだろうか。
リリーは? 彼女はどこまで把握しているの。
僕は胸騒ぎを覚えて、冷めた紅茶を飲み干した。
いつの間にか黒百合の女神は姿を消していた。
第28話 へなちょこリリーの惚れ薬。タイトルは間違いじゃありません。




