第3話 周章狼狽
リリーとシャーロットと名乗る二人に連れられ、彼女たちの家に案内された。
池袋は夏だったが、この世界はどうやら秋のようだ。街路樹が色づいているし、夜の空気がひんやりとしている。
制服の半袖のシャツだと、冷えてしまいそうだ。
彼女の家は、二階建てのレンガ造りだった。
窓から、ドレスが飾られているのが見える。看板には、仕立屋とだけ書かれている。
見たこともない言葉なのに、何故か読むことができた。彼女たちの言葉も聞いて理解することができる。
服を作っていると言っていたので、確かに仕立屋なのだろう。
しかし、仕立屋が、真夜中に、人間の子供を召喚なんてできるものだろうか。
なんか魔女っぽくないか。
僕は、元の世界へ、池袋に帰れるのだろうか。そもそも、あの世界で、生きているのだろうか。
一人残してきた母が心配だ。いまあれこれ考えても仕方ないけれど。
きっと母さんは心配しているだろう。
「入って」
「お邪魔します」
「今日からあなたの家でもあるんだから、遠慮しないで」
1階は、ドレスが飾ってあり、テーブルが壁際に置かれている。
「明日ベッドとか用意するから。井戸はこっち」
裏口を出て、井戸を案内された。顔を洗ってねと言われて、従う。
2階へ案内される。
「とりあえず、今日は一緒に寝ましょう」
「……えっ!?」
「半袖じゃ寒いでしょう。服も明日作ってあげるから。えーと、毛布毛布。……シャーロット! 用意して」
「へいへい、すぐに」
シャーロットが隣の部屋から毛布を持ってきた。
猫の毛がついてるな。
しかし猫がいる様子はない。
「じゃあ、おやすみリリー」
「おやすみ、シャーロット」
彼女が暖かそうな、地味な茶色のワンピースに着替えている。
下着が見えていたので、背中を向けた。
言われたとおりにベッドに入る。
……いいのか!?
シングルベッドだぞコレ。卒業できるの。
大人の階段上っちゃうのか!?
「り、リリーさん、一緒に寝るって」
「半袖じゃ寒いでしょ? こんな寒空の下に投げ出されて可哀想に」
呼び出したのはアナタみたいですけどね。
するりとベッドに入ってきた、地味な服に着替えても、彼女の胸が揺れている。
しかし、初対面の男をベッドに連れ込むとか、どういうことだ。
なんてえっちなんだ。こんな可愛い顔してビッチってやつか。
甘い香りがする。
毛布に包まれる。
ぽんぽんと頭を撫でてくれている。
え、待って、子供扱い、されてるよね。
「寒かったでしょう。ごめんね狭くて」
「……いや、あの……。むねが、その」
「胸が苦しいの? 大変」
「あのあのっ、そうではなくって、ですから」
一枚の毛布に包まれて、彼女の腕がぎゅっと、僕を引き寄せた。
「……」
抱きしめられている……。
「知らない街に放り出されたんだもの。つらいわよね。今日は、寝なさい」
「……はい」
「おやすみアキラ」
「……おやすみなさい、リリー」
寝れるか。
と、思っていたが、彼女が小さな声で何か囁くと、一瞬で瞼が重くなった。
■
外で小鳥の鳴き声がする。
毛布から顔を出し、窓から差し込む朝日に気づく。
隣に、赤い髪の女の子が寝ている。
……髪の色が違うんだけど……。
一体どういうことだ?
昨日は、ピンク色の髪だったような。
……メイク的な何かか? ウィッグ?
なんでもいい。
ここは、僕の自宅ではないし、駅前の道路が陥没したことは夢ではなかったらしい。
いや、この世界こそが、夢なんだろうか。
母さんはどうしているだろう。泣いていないかな。
パートから戻って、酒を飲んですぐ寝てしまうから、最近は話もろくにしていなかったけれど。
疲れた母の姿を思い出したら、腹が鳴った。
……朝飯食べたい。
いつも僕が作っていたけど。
「リリーさん、起きてください」
「……んー」
「朝です」
「……台所の棚に、なにかあるから……勝手に食べて……」
「リリーさん」
「……ぐぅ」
朝は苦手なのかな。
もぞもぞと毛布を引き寄せて、二度寝してしまった彼女を残し、ベッドを出て、一階に降りる。
台所に棚があり、わずかばかりの食器と、硬そうなパンがあった。
あとは、じゃがいもとりんごが籠に入れられている。
色がオレンジの、何か柑橘系の果物がある。
煮た栗の瓶詰があった。他にも、瓶に詰められた、乾燥したハーブや、野菜を煮たであろうソース的な何か。色が……おかしいぞ……。
あと、なにかベリー系のジャムがあったので、パンに塗って食べた。
酸っぱい。腐ってないかコレ。
フロアの半分は、店舗になっている。
一般の町民が着るような、同じデザインのシンプルなワンピースが数着、外からも見えるショーウィンドウには、ゴージャスな紫色のドレスが飾ってある。これはおそろく、貴族が買うのだろう。
トルソーと、洋裁用のメジャー、小学校の家庭科で買わされたような、小さい裁縫箱。
店の様子を見ると、彼女は確かに仕立屋なのだろう。
納得できないが。
シャーロットはどこだろう。
二人は恋人なのかな。
シャーロットの姿を探す。隣の部屋から出てきたのか、おはようと声をかけられた。
「早いな。まだ朝だぞ」
「おはようございます、もう朝です」
「店は昼からしか開けないからな」
服屋というのは、そんなものなのかな。
「彼女は起こさなくていいんですか」
「あー、リリーは寝かせておいて大丈夫。お前、腹減ってないか」
「少し。パンしかなかったので」
「市場が近くにあるから、何か買いに行こう」
店を出て10分ほどで市場に着いた。
好きなものを買えとコインを渡される。
ソーセージとチーズが挟んであるパンを買った。料理に関しては、元の世界とさほど変わらないようだ。
シャーロットは、魚の丸焼きを食べていた。
「オレたち朝飯あんまり食べないから、腹減っただろ。悪かったな」
「大丈夫です」
「お前のパンとベーコンと卵を買っておいたから、明日からは勝手に朝飯食ってくれ」
「わかりました」
「金の心配ならしなくていいし、好きなもの買って大丈夫だ。この辺りはツケもきくし、リリーの名前を出せばいい」
黒肌にピアスと首輪という外見のわりに、シャーロットはとても気配りができるようだ。親切に礼をいい、市場のはずれで朝食にする。
「アキラっていったか。お前、なんか知らない街から来たみたいだけど」
「ええ。事故にあって死にかけた時に、知らない女の人の声が聞こえたんです」
そういえば、あの声は一体、誰なんだろう。
「助けてくれって頼んだら……、道に投げ出されて、リリーさんとあなたがいました」
「なるほど。何歳だ」
「14です」
「14!? もっと下かと思った」
……なるほど。
どおりで子供扱いされてると思ったぞ。確かに身長は低いし、地味なくせ毛だし。
「まー、いいや。家族は」
「母がいます、父や兄弟はいません」
「ふーん。母親が心配してるだろうな」
「ええ。ところでシャーロットさんは、リリーさんの恋人なんですか」
「えっ、違う違う。リリーはオレの彼女の友達だ」
どういうことだ。
「オレの彼女が病気になってしまってな。ふるさとの村にいる」
「……」
「助けるってリリーが言ってくれてな」
そんな事情が。
「オレたちはこの街の人間じゃない、隣国から出てきたんだ。ラウネルってところでな。森しかない」
「そうなんですね……」
「お前の地元は」
「僕の地元は、大きな街で、人がすごく多いんです。学校の夏休みに入ったところだったんです」
「学生か。ナツヤスミってなんだ」
「僕の国は夏が長いんです。とても蒸し暑いので学校が長い休みになるんです」
「へー、いいな」
今年の夏休みは宿題をしなくてもいい。
命を助けるかわりに、リリーを手伝えと、謎の声に言われた。
僕はこの世界で何をしたらいい。
どうしたらいい?
「そろそろ帰るか。リリーも起きてるだろう。そうだ、これ渡しておく」
小さな袋に入った耳栓を渡された。
なぜ、耳栓。
時間になれば使うから持っておけと言われて、とりあえず帰ることにした。
「おかえり」
リリーはもう目を覚ましていて、ショップのオーナーらしく着替えていた。
胸元を強調した黒いワンピース、ウエストはベルトできゅっと絞られている。
紫色の石のペンダントと、指輪をしている。
昨日はあの胸にうずもれて、寝たんだよなあ……。
柔らかい感触を思い出してしまい、赤面する。
「今日は、髪、ピンクなんですね」
「ああ、もとは赤髪なんだけどね。君の世界だって、お化粧ぐらい女はするでしょ」
「ええ」
やっぱりメイクなのか。でも髪の色も変えられるのか。すごいな。
「さて。大事な話をしましょうか」
え?
2025/06/15改定