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第26話 思い出のケーキ

セティスとデートです。

26 


 アッキーと別れて、お菓子を買っていくことにする。黒百合の女神にお土産だ。彼女は何も食べなくても死なないが、お菓子は好きなようだ。好き嫌いもないし、なんでも食べる。

 そういえば、セティスとスイーツを食べに行こうという約束をしていた。

 彼なら、この街の銘菓を知っているかもしれない。

 

「やあアキラ。いらっしゃい」

「何か、甘いものを食べに行こうって言ってませんでしたか」

「覚えててくれたのかい。嬉しいな、これから行こうか」

「お店が大丈夫なら。ちょっと剣術の稽古のあとなので、着替えてからで構いませんか」

「いいよ。それなら夕暮れの前にここに来てくれる? 帰りは馬車で送るよ」

 店は受注生産品が主な収入で、早じまいしても別に困らないのだとセティスは笑った。

「私が予約を入れておくから。とっておきのケーキを食べさせてあげるよ。お洒落してきてね」

「楽しみにしてます。じゃあ後で」

 ケーキ食べに行くだけじゃないのかな。お洒落する必要があるのか。

 

 店に戻ると、シャーロットは昼寝をしていた。リリーは工房にこもりきりで、ゾーラは台所でスープを作っていた。

 もうすぐ感謝祭があるの、とゾーラは玉ねぎを刻みながら説明してくれた。

「収穫を祝い、女神に感謝する日よ」

 御馳走をたくさん作って、家族で食べる。この街では、肉を塩漬けにして保存しておくが、どうしたって傷んでしまうので、食べきる必要がある。その処分も兼ねているらしい。

 これから長い冬が来る。雪と灰色の空に閉ざされる長い長い冬を乗り切るために、町中がバカ騒ぎになる。

 毎年の行事で、肉を焼く香りとりんご酒の香りが充満する。花を飾って、広場で歌い踊る。

 ついでに、パートナーを探す祭りでもあるらしい。


「収穫祭で、落とせなかったら、脈はないと言われてるわ」

「なるほど、勝負時なんですね」


 だからドレスの発注が集中するのか。

 アルベルタも、勝負をかけたいんだろう。


「祭りまでに注文のドレスを仕上げて納品するんですって。それが終わったら焼肉ってリリーが言ってたわ」


 黒百合の女神も呼ぶんだろうか。この国の神ではないようだけど。

 まあ、祭りまではリリーは忙しいだろう。その間に黒百合の女神に相談しよう。

 

 ゾーラに、今夜は出かけると伝え、お湯を沸かす。

 さっと体を清めて、着替える。リリーに声をかけると、彼女は手を止めずに「出かけるの」と聞いた。


「セティスとご飯食べてきます。帰りは馬車で送ってくれるそうので、心配ありません」

「そう。コート縫っておいたから、着ていきなさい。風邪をひかないようにね」

「……この忙しいのに、コートを縫ってくれたんですか?」

「朝飯前よ」


 行ってらっしゃい、気をつけてね。

 言葉だけは、いつもの優しい、あなた。


 僕はやっぱり、あなたを嫌いになんてなれない。

 アルベルタのことは誤解だと、なんとしてもうまく伝えなくては。



--- 


 セティスの店に出向くと、すでに馬車が待っていた。彼は、黒のローブをまとって、手袋をしている。

 柔らかそうな金髪をオールバックにしている。隣に並ぶのが気後れするほど整った顔立ちに、今まで本気出してなかったのかと毒づいた。

 ずるい。僕が女だったらホイホイついていってるぞ。


「たまに髪を上げるのもいいね。君の顔がよく見える」

「……そういう台詞、恥ずかしくないですか」

「なぜ?」

「……もういいです」

 思い出のケーキだが、フルコースの最後だから、連れがいないといけないと説明される。


「お洒落してきてくれたんだね。そのコート素敵だよ」

「主人が縫ってくれたんです」

「ん……。そう。どこかで同じ会話をしたような……」

「そんなことより、フルコースって……。高いんじゃないですか」

「心配しないで。食事代ぐらいは稼いでいるよ」


 馬車の背もたれはベロアのような光沢がある柔らかい布で、振動も気にならない。

 この馬車の中だけでも、僕の実家より清潔で快適だ。

 レストランは少し遠いらしく、馬車で30分程度かかった。


 一軒家のレストランだ。薔薇が石畳の両脇に植えられている。エスコートされるのも初めてだ。

 予約制なのか客は少ない、落ち着いた雰囲気のお店だ。

 テーブルに飾られた一輪の薔薇とキャンドルの明かりに緊張する。


「緊張してる? 笑顔が固いよ」

「こんなお店は初めてで……。僕、家があまり裕福じゃなかったから」

「そうなの? アキラはそんな風には全然見えないよ。ここは両親が、誕生日とか特別な日だけ連れてきてくれたお店なんだ」

「どうして、そんな店に僕を」

「私と双子の姉の誕生日に食べた思い出のケーキなんだ。誕生日ケーキなんだけどね。離れて暮らしているから会えない」

 結婚したのかな?

「ご飯も美味しいよ」


 サラダとスープが運ばれてくる。

 細切りにした甘くないクレープが入ったスープがきしめんみたいで美味しい。スープというより、親子丼セットについてくるうどんぐらいのボリュームがある。

 メインは、豚のスネ肉のローストだ。

 思っているよりずっと柔らかい。


「……おいしい……」

「よかった。リリーのところの子だから、ラウネルっぽいメニューにしておいて正解だったね」

「まあ僕、ラウネルの出身じゃないんですけどね」

「そうだったのかい?」

「あっ……」

 しまった。でも日本の説明をしても理解してもらえないだろう。

「ロールキャベツも美味しいよ。二人で分けよう」


 この国の人たちは、基本的に親切でオープンだ。リリーはあまり自分のことは話さないが。

 料理はどれも多いが、余らないように取り分けてくれるし、多いと言えばセティスは嫌な顔ひとつせず食べてくれる。

 僕はこの世界に愛着を持ち始めている。


 いよいよ次はデザートだ。

「お待たせいたしました」

 目の前に置かれたケーキは、いちごをスライスしてつくったバラのケーキだった。

 鮮やかな赤いバラの下は、淡いピンク色のムースだ。


「子供のころに食べたのが最後だから……7年ぶり」

 さあどうぞ、とうながされて、フォークで口に運ぶ。

「……バラだ」

 いちご味かと思ったムースは、バラの香りがする。ジャムか絞り汁かはわからないけれど。

「こんなの初めて食べました……おいしいです」

「良かった」

 一人で食べても仕方ないからね、とセティスは微笑んだ。

「君とこれて嬉しかった。店を継いでから、ずっと一人だったから」

「……ご家族は」

「親が早くに死んだ」

 セティスも、身内には恵まれてないようだ。

「人形師として店を継ぐために修行に出た。それから親の店を継いだのはいいけど、ひとりぼっちだったからね。あのケーキを誰かと食べたかったんだ」


 可哀想に。

 親が生きていても、必ずしも、幸せとは限らないけれど。


「僕で良かったら、ご飯ぐらいなら、いくらでも付き合います」

「……ありがとう。アキラは優しいな。仕事柄、あんまり同世代の友達もいないしね」

 

 セティスはお酒を頼み、僕はラズベリージュースをもらった。


「シャルルロアを、この国を君はどう思う」

「どうって」

「この国は、商売が盛んで、食料は他国から賄っている」

「それが? 僕のふるさともそうです」

「売り物は宝石と戦争。この国の支配者は、戦をなんとも思わない」

「今は平和みたいですけど」

「今はね。この国の女王は、ダイアモンドナイトが選ぶ」

「……なんですかそれ」

「この国の女神、といえばいいのかな。誰でも姿を見れるわけじゃないから。王を選ぶ時以外は」

「王を選ぶ?」


 運ばれてきたグラスの酒を一口飲み、言葉を続ける。


「資質がある者が選ばれて、女王になる。この国には、王家というものが存在しないんだ。任を解かれた女王は元の身分に戻る」

 選挙で選ばれてるわけでもないようだ。

 神が、人間の国の王まで決めているのか。


「女王の任期は決まっているわけではなくて、ダイヤモンドナイトの気分次第。気に入られたモノが王にされる」

「ずっとそうなんですか」

「ずっと? そうだね、この国が始まった時からずっと」


 神に選ばれた者が、王になる。

 リリーと、黒百合の女神のような関係なのだろうか。もっとも、彼女たちは友人というか、あっさりした付き合いのように見えるが。


「どうして僕にそんな話を」

「君に知ってほしかったから。私の国のことを。君にこの国のことを好きになってほしいから」

「えっ……」

「私はきみのことが好きだから」

「……ええっ」


 好きなんて言われたことないから。

 今まで相手にしてきたサラリーマンや母親の彼氏、僕の体で楽しんだ奴らは、好きだなんて嘘でも言ってくれなかった。

 そういえばリリーも。


 僕が驚いたことにうやく気づいたのか、

「ああ、ごめん、驚かせてしまったね。へんな意味じゃないよ。君は興味深いっていうか……。何か気になるんだよね」

「そんな風に言われるのも初めてで……。驚いてしまってすみません」

「気にしないで。君のご主人様に怒られないように、今日はそろそろ帰ろう」

 レストランでお土産のケーキとクッキーを用意してもらう。

 そもそも、黒百合の女神へのお土産が目的だったんだ。


「……もう少しだけ、そばにいて欲しいけど……」


 月の光が、彼の金髪を照らす。

 その時、城の方角から、ハープの音が聞こえてきた。

 リリー・スワンのハープだ。


 聴いちゃだめなやつ。


「ごめんなさい、僕、帰らなくては」

「アキラ」

「女王のハープを聴くなと言われているから。帰らないと僕が叱られます」

 その時、セティスが僕の右手を掴んだ。

「アキラ、君の主人が、リリー・スワンの何を知ってるっていうんだ」

「……僕は主人の命令に従うだけです」

「……そうだね。すまない、送るよ」


 馬車の中でずっと無言になってしまう。どうして、リリー・スワンのことで彼が顔色を変えたのか、僕にはわからなかったから。


 玄関まで送ったセティスが

「またね」と僕の手の甲にキスをした。

 

 家に入って、馬車が走り去っていく音を聞いていた。


-----


BLも書かないと死ぬな(作者が)

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