表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/155

第24話 誤解


「いやー、それは振られたか純粋に忙しいかどっちかでしょう。私だって、たまには忙しい日があるんだから」


 アルベルタの希望のデザインを説明しながら、なかなか恋がうまくいってないようだと彼女の様子を伝える。


 工房のテーブルに、りんごを4つに切ったものと、焼いたベーコンを乗せたパンがある。

 彼女の夕食はこれだけのようだ。


 軽い食事をとって、彼女はドレスを縫い続けている。


 ミシンが物凄い音を立てて、布が形になっていく。ギャザーを寄せて、さらに重ねてと布のボリューム感が増していく。

 目の前でただの布だったものが、ドレスになっていく様子を見ている。

 細かいところは手縫いで仕上げる。レースを叩きつけたり、細かいパーツは事前に作ってあるようだ。


「オーダーが5着あるのよ。今夜は遅くなるから、先に寝なさい」

「一緒に寝てくれないんですか」

「わがまま言わないでちょうだい。今度収穫祭があるから、みんなそれ用に新調するんだけど……。忙しいったらないわ」

「何か手伝いましょうか」

「んー、そうねえ」


 ミシンを止めたリリーが、大量のビーズとアメジストを加工したパーツを持ってきた。

 言われた場所にビーズを縫い付けていく。


「一日しか着ないものだけど、華やかにしてあげたいから、たくさんつけてね。仕上げは私がやる」


 肩を叩かれて、「一緒にいなさい」と彼女が言ってくれたから、僕は暖炉の薪を少し多めにくべた。


 いいように使われているのはわかってる。それでも構わない、少しでも共にいられるのなら。


 



 ほぼ徹夜したリリーが、ちょっと仮眠する、とようやくベッドに入った。

 もう朝だし、このまま起きていよう。朝食を適当に食べて、ビーズの縫い付けを続ける。


 さすがに飽きたなコレ。


 おはようとゾーラが起きだしてきたので、掃除を手伝う。メイド服も、家事もだいぶ慣れてきたようだ。

 冷たい井戸水で洗濯をするのは可哀想なので、少し気温が上がってから二人で洗濯することにしよう。

 先に店の掃除だ。


「アキラは、よくリリー様に平気で仕えてるわね。彼女、疲れない?」

「疲れますよ。気まぐれだし」

「……彼女、彼氏いるような話し方するでしょう」

「……いるみたいですよ」

 お互いつらいねと、ゾーラは笑った。箒を動かす手は止めない。 

 もともと貴族のゾーラが、メイドの仕事を始めたのは、シャーロットがいたからだ。

 でも、彼には恋人がいる。


「ゾーラ、君はいつまでこの店にいる予定なんですか」

「他に好きな人ができるまで」

「……」

「リリーとシャーロットが、国に帰るなら仕方ないけど」


 まだ踏ん切りがつかないのと彼女は笑う。

 ロング丈のスカートが止まった。


「きっとすぐに好きな人ができるとは思うんだけどね。素敵な人がいたらね、いいんだけど」


 僕もまったく同じ気持ちだ。リリーよりも素敵な人には、簡単に出会えそうもない。

 僕は返す言葉が見つからず、飾ってあるドレスのすそを直した。


 秋の朝の空気は冷たく、窓が壊れた店の中は少し震える温度だ。

 ここにいていいと、彼女は言ってくれたけれど。


 あのぬくもりが他の誰かのものになるなら、僕はいる意味があるのかどうか。


 僕は誰からも必要とされなくなる。


「……ゾーラ。何かスープでも作りましょう。リリーが起きたらすぐ食べれるように」

「アキラってほんと優しいよね。じゃあ、芋でも買ってくるね」


 火を起こして、冷たくなった手を温める。待っている間に、人参と玉ねぎを刻んだ。

 僕もゾーラも、好きでここにいる。

 しばらくすると、馬車が一台停まり、アルベルタの従者が手紙を届けにきた。今夜会えないかリリーの返事が必要だ。

 従者を待たせてリリーを起こす。

「今夜は無理、仕事が間に合わないの」

 それに泥棒対策で工務店の人が来るから、昼間も家を出られない。



 アルベルタが連日呼び出すなんて、なにかおかしい。

「忙しいからといって、付き合いを疎かにしてはいけません。リリー様の数少ないお友達でしょう」

「数少ない……」

「おっと、大切な親友じゃありませんか。僕が伺います、何か相談したいのかもしれません。事情を聞けるようなら聞いてきます」

「君の言う通りね。友達をなくしたくないわ」

 留守番をシャーロットに任せてもいいが、すぐ帰れる保証もない。

 注文を受けた分はなんとしても仕上げないといけない。

「じゃあ、話だけでも聞いてきて」


 午後に伺う旨を伝え、従者には帰ってもらった。



---


 アルベルタを訪ねると、

「『星空』を仕立てて欲しい」と突然頼まれた。

「お言葉ですが、ゾーラと同じ服を着てどうします。あれは、彼女が黒髪白肌だからよく似合っていたんです。アルベルタさんには似合わないと思います」


 彼女の顔色は、今日も悪い。


「……彼に、手紙を届けましょうか? 僕が行きますし。フレデリクさんはどんな方なんですか」

「軍人よ」

 貴族は、領地の支配権を王から与えられるかわりに、戦が起これば軍務がある。

 先日会ったゾーラの父親のラングリッド卿も軍人だ。


「この国は戦の火種を抱えていて、いつ戦が起きてもおかしくないの。ラウネルとかね」

「ラウネルは小さい国だって聞きました。そんなところとどうして」

「あの国とは仲が悪いのよ。昔からね」


 今日は紅茶に何かジャムが入っている。

 なにかわからないけど、ベリー系だ。


「……そんな。すぐに戦が起こったりはしないでしょう」

「たぶんね」

 


 不安でたまらないの、とティーカップを置いたアルベルタが絞り出すように言った。


「自分がなくなりそうになる。私は誰の一番にもなれないのかと。彼が仮に戦に出て、帰ってくるとは限らない」

「アルベルタさん?」

「正直に言うわ。彼とは付き合ってもいない。私は群れの一人に過ぎないの」

「……てっきり、お付き合いしてるのかと」

「リリーのように輪の中心にはいられない、そんな程度の女」


 彼女の焦りが、僕にはよくわかる。

 自分のものにはならないかもしれない。こんなに好きなのに。身を焦がすような恋なのに、僕たちは何もできないでいる。

 なんとかして、彼女の力になれないものか。


 ……主役になりましょうよ。


「次の主役はあなたです。ドレスも新しくすることだし、本気出しちゃいましょう」

「……」

「何もしなくても、他の女に取られますよ。素敵な方なんでしょう」


 途端に彼女の瞳が陰った。

 僕はなにかまずいことを言ってしまっただろうか。

 お願いがあると、アルベルタの小さい顔が近づいた。


「リリーからプレゼントされたネックレスをなくしてしまった。一緒に探して欲しいの」

「……それで、ちょっと、落ち込んでらしたんですね」


 以前、友情の証としてリリーが贈った、ネックレスだ。

 屋敷の中はメイドにも手伝ってもらって探したが、見つからなかったらしい。

 二人でエディのダンス教室へ戻り、確認したがそこにはなかった。

 当然、ネックレスがあれば、エディが保管しているだろう。市場や噴水のまわりを探すが見つからない。


「泥棒に入られたのでは」

 日が暮れて、空がオレンジから紫色へ変わっていく。アルベルタの表情は冴えない。

「そうかもしれない。あれがないと困る、あれはなんでも願いが叶うネックレス」


 血走った目が、夕闇の中で光って見えた。


「アキラ。リリーは本物の魔法使いよ、あの子のドレスとネックレスさえあればなんでも手に入るわ。あの子の力が、今、必要なの」

「……アルベルタさん……?」





 おかしい。

 彼女はこんなこと言う人じゃなかった。


 『強い力が良いことに働くとは限らない』、そう言って、リリーを常に心配してくれていたのは、彼女ではなかったか。


「なんとかしないと。なんとか……」

「……僕から話しましょうか?」

「待って。リリーにはまだ黙ってて。贈り物を無くしたなんて、きっと怒ってしまうから」




-----


 帰宅すると、夕食が用意してあった。

 誰が何時に店にいるかわからないので、各々がある物を食べることにしている。僕とゾーラでパンやチーズを用意しているので、あとは肉を焼いたり作り置きのスープを飲んだりしている。

 リリーは呼び出されて、どこかの邸宅に出向いているようでメモが置いてあった。

 工務店の人が窓を直し終わって、店の中は温かかった。

「昨日徹夜だったでしょ。店番は私がしてるから、少し寝たら」

 ゾーラがそう言ってくれたので、黒百合の女神のドールハウスで少し眠ることにする。

 最近は、黒百合の女神が寝ている時も出入りできるように、ドールハウスのドアを叩くと、人形のサイズになるようになっている。


 ちなみに黒百合の女神は、自分の部屋で寝ていた。



 どれくらい眠っていただろう。

 トントンと、窓ガラスが叩かれた。ゾーラだ。

 

「アキラ、起きて。リリーの機嫌がとっても悪いの」

「……すぐ行きます」


 ドールハウスのドアを出ると、僕は通常のサイズに戻る。

「アキラ! アキラはどこ!」

「はい、すぐに!!」


 リリーの機嫌は最悪で、ドカッと椅子に座ると、ワインを飲み始めた。

 脱ぎ捨てたコートを拾い、ハンガーにかける。


「おかえりなさいませ、どうかしましたか」


 ゾーラにソーセージを焼くように頼み、僕はテーブルでチーズとりんごを切った。

「悲しいことがあったの」

「どうかしましたか」

 目が腫れている。ひょっとして泣いていたのだろうか。

「アルベルタの妹いたでしょ」

「はい」

「名前……、ええと、マルギットか。あの子が私があげたネックレスをつけていた」

「……。今夜はどこへ出かけられたんですか」

「ドレスを納品して、そのまま着付けとメイクもして、舞踏会まで送っていったの。そこにマルギットがいた。友情の証だとプレゼントしたのに、他の人に触らせるなとあれほど言ったのに。しょせん、貴族のお嬢様には、友達だと思われていたなかったのかしら」



 まずい。誤解だ。


 しかし、アルベルタにはまだ話さないで、黙っていてと言われている。

 リリーは、いつもは1杯程度しか飲まない赤ワインをがぶ飲みしている。

 

 どうしたらいい?


 泣きながら酒を飲んでいるリリーと、夕暮れに見た血走ったアルベルタの瞳を思い出す。

 何かがおかしい。

 こんなことになるなんて、ネックレスを作った時は思っていなかったはずだ。


「リリー様」

「……」

 ワインで火照った頬を、両手で包み込んだ。


「……あら、アキラ、なぐされてくれてるの」

「はい。これ以上飲むと、明日、頭痛くなりますよ」


 薄紅色の髪が、くたびれている。決してデキる女ではないのは、ちょっとわかってきた。放っておけないよ。

 アルベルタのことは、僕がなんとかしよう。


「ソーセージ食べたら、今日は寝ましょう。とりあえず明日考えましょう。いいですね」

「……君の言うことはいつも正しいわね」



 テーブルの上のおつまみを片付けるまで、リリーの愚痴に付き合い、寝室に連れて行く。


 ベッドにごろんと転がして、布団をかける。おやすみなさいと声をかけると、手首だけ、にゅっと出して「ありがとね」とリリーが呟いた。

 なんでもないことですと答えて、部屋を出た。





 ……そばにいて、と言ってくれたらいいのに。






 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ