第24話 誤解
「いやー、それは振られたか純粋に忙しいかどっちかでしょう。私だって、たまには忙しい日があるんだから」
アルベルタの希望のデザインを説明しながら、なかなか恋がうまくいってないようだと彼女の様子を伝える。
工房のテーブルに、りんごを4つに切ったものと、焼いたベーコンを乗せたパンがある。
彼女の夕食はこれだけのようだ。
軽い食事をとって、彼女はドレスを縫い続けている。
ミシンが物凄い音を立てて、布が形になっていく。ギャザーを寄せて、さらに重ねてと布のボリューム感が増していく。
目の前でただの布だったものが、ドレスになっていく様子を見ている。
細かいところは手縫いで仕上げる。レースを叩きつけたり、細かいパーツは事前に作ってあるようだ。
「オーダーが5着あるのよ。今夜は遅くなるから、先に寝なさい」
「一緒に寝てくれないんですか」
「わがまま言わないでちょうだい。今度収穫祭があるから、みんなそれ用に新調するんだけど……。忙しいったらないわ」
「何か手伝いましょうか」
「んー、そうねえ」
ミシンを止めたリリーが、大量のビーズとアメジストを加工したパーツを持ってきた。
言われた場所にビーズを縫い付けていく。
「一日しか着ないものだけど、華やかにしてあげたいから、たくさんつけてね。仕上げは私がやる」
肩を叩かれて、「一緒にいなさい」と彼女が言ってくれたから、僕は暖炉の薪を少し多めにくべた。
いいように使われているのはわかってる。それでも構わない、少しでも共にいられるのなら。
ほぼ徹夜したリリーが、ちょっと仮眠する、とようやくベッドに入った。
もう朝だし、このまま起きていよう。朝食を適当に食べて、ビーズの縫い付けを続ける。
さすがに飽きたなコレ。
おはようとゾーラが起きだしてきたので、掃除を手伝う。メイド服も、家事もだいぶ慣れてきたようだ。
冷たい井戸水で洗濯をするのは可哀想なので、少し気温が上がってから二人で洗濯することにしよう。
先に店の掃除だ。
「アキラは、よくリリー様に平気で仕えてるわね。彼女、疲れない?」
「疲れますよ。気まぐれだし」
「……彼女、彼氏いるような話し方するでしょう」
「……いるみたいですよ」
お互いつらいねと、ゾーラは笑った。箒を動かす手は止めない。
もともと貴族のゾーラが、メイドの仕事を始めたのは、シャーロットがいたからだ。
でも、彼には恋人がいる。
「ゾーラ、君はいつまでこの店にいる予定なんですか」
「他に好きな人ができるまで」
「……」
「リリーとシャーロットが、国に帰るなら仕方ないけど」
まだ踏ん切りがつかないのと彼女は笑う。
ロング丈のスカートが止まった。
「きっとすぐに好きな人ができるとは思うんだけどね。素敵な人がいたらね、いいんだけど」
僕もまったく同じ気持ちだ。リリーよりも素敵な人には、簡単に出会えそうもない。
僕は返す言葉が見つからず、飾ってあるドレスのすそを直した。
秋の朝の空気は冷たく、窓が壊れた店の中は少し震える温度だ。
ここにいていいと、彼女は言ってくれたけれど。
あのぬくもりが他の誰かのものになるなら、僕はいる意味があるのかどうか。
僕は誰からも必要とされなくなる。
「……ゾーラ。何かスープでも作りましょう。リリーが起きたらすぐ食べれるように」
「アキラってほんと優しいよね。じゃあ、芋でも買ってくるね」
火を起こして、冷たくなった手を温める。待っている間に、人参と玉ねぎを刻んだ。
僕もゾーラも、好きでここにいる。
しばらくすると、馬車が一台停まり、アルベルタの従者が手紙を届けにきた。今夜会えないかリリーの返事が必要だ。
従者を待たせてリリーを起こす。
「今夜は無理、仕事が間に合わないの」
それに泥棒対策で工務店の人が来るから、昼間も家を出られない。
アルベルタが連日呼び出すなんて、なにかおかしい。
「忙しいからといって、付き合いを疎かにしてはいけません。リリー様の数少ないお友達でしょう」
「数少ない……」
「おっと、大切な親友じゃありませんか。僕が伺います、何か相談したいのかもしれません。事情を聞けるようなら聞いてきます」
「君の言う通りね。友達をなくしたくないわ」
留守番をシャーロットに任せてもいいが、すぐ帰れる保証もない。
注文を受けた分はなんとしても仕上げないといけない。
「じゃあ、話だけでも聞いてきて」
午後に伺う旨を伝え、従者には帰ってもらった。
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アルベルタを訪ねると、
「『星空』を仕立てて欲しい」と突然頼まれた。
「お言葉ですが、ゾーラと同じ服を着てどうします。あれは、彼女が黒髪白肌だからよく似合っていたんです。アルベルタさんには似合わないと思います」
彼女の顔色は、今日も悪い。
「……彼に、手紙を届けましょうか? 僕が行きますし。フレデリクさんはどんな方なんですか」
「軍人よ」
貴族は、領地の支配権を王から与えられるかわりに、戦が起これば軍務がある。
先日会ったゾーラの父親のラングリッド卿も軍人だ。
「この国は戦の火種を抱えていて、いつ戦が起きてもおかしくないの。ラウネルとかね」
「ラウネルは小さい国だって聞きました。そんなところとどうして」
「あの国とは仲が悪いのよ。昔からね」
今日は紅茶に何かジャムが入っている。
なにかわからないけど、ベリー系だ。
「……そんな。すぐに戦が起こったりはしないでしょう」
「たぶんね」
不安でたまらないの、とティーカップを置いたアルベルタが絞り出すように言った。
「自分がなくなりそうになる。私は誰の一番にもなれないのかと。彼が仮に戦に出て、帰ってくるとは限らない」
「アルベルタさん?」
「正直に言うわ。彼とは付き合ってもいない。私は群れの一人に過ぎないの」
「……てっきり、お付き合いしてるのかと」
「リリーのように輪の中心にはいられない、そんな程度の女」
彼女の焦りが、僕にはよくわかる。
自分のものにはならないかもしれない。こんなに好きなのに。身を焦がすような恋なのに、僕たちは何もできないでいる。
なんとかして、彼女の力になれないものか。
……主役になりましょうよ。
「次の主役はあなたです。ドレスも新しくすることだし、本気出しちゃいましょう」
「……」
「何もしなくても、他の女に取られますよ。素敵な方なんでしょう」
途端に彼女の瞳が陰った。
僕はなにかまずいことを言ってしまっただろうか。
お願いがあると、アルベルタの小さい顔が近づいた。
「リリーからプレゼントされたネックレスをなくしてしまった。一緒に探して欲しいの」
「……それで、ちょっと、落ち込んでらしたんですね」
以前、友情の証としてリリーが贈った、ネックレスだ。
屋敷の中はメイドにも手伝ってもらって探したが、見つからなかったらしい。
二人でエディのダンス教室へ戻り、確認したがそこにはなかった。
当然、ネックレスがあれば、エディが保管しているだろう。市場や噴水のまわりを探すが見つからない。
「泥棒に入られたのでは」
日が暮れて、空がオレンジから紫色へ変わっていく。アルベルタの表情は冴えない。
「そうかもしれない。あれがないと困る、あれはなんでも願いが叶うネックレス」
血走った目が、夕闇の中で光って見えた。
「アキラ。リリーは本物の魔法使いよ、あの子のドレスとネックレスさえあればなんでも手に入るわ。あの子の力が、今、必要なの」
「……アルベルタさん……?」
おかしい。
彼女はこんなこと言う人じゃなかった。
『強い力が良いことに働くとは限らない』、そう言って、リリーを常に心配してくれていたのは、彼女ではなかったか。
「なんとかしないと。なんとか……」
「……僕から話しましょうか?」
「待って。リリーにはまだ黙ってて。贈り物を無くしたなんて、きっと怒ってしまうから」
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帰宅すると、夕食が用意してあった。
誰が何時に店にいるかわからないので、各々がある物を食べることにしている。僕とゾーラでパンやチーズを用意しているので、あとは肉を焼いたり作り置きのスープを飲んだりしている。
リリーは呼び出されて、どこかの邸宅に出向いているようでメモが置いてあった。
工務店の人が窓を直し終わって、店の中は温かかった。
「昨日徹夜だったでしょ。店番は私がしてるから、少し寝たら」
ゾーラがそう言ってくれたので、黒百合の女神のドールハウスで少し眠ることにする。
最近は、黒百合の女神が寝ている時も出入りできるように、ドールハウスのドアを叩くと、人形のサイズになるようになっている。
ちなみに黒百合の女神は、自分の部屋で寝ていた。
どれくらい眠っていただろう。
トントンと、窓ガラスが叩かれた。ゾーラだ。
「アキラ、起きて。リリーの機嫌がとっても悪いの」
「……すぐ行きます」
ドールハウスのドアを出ると、僕は通常のサイズに戻る。
「アキラ! アキラはどこ!」
「はい、すぐに!!」
リリーの機嫌は最悪で、ドカッと椅子に座ると、ワインを飲み始めた。
脱ぎ捨てたコートを拾い、ハンガーにかける。
「おかえりなさいませ、どうかしましたか」
ゾーラにソーセージを焼くように頼み、僕はテーブルでチーズとりんごを切った。
「悲しいことがあったの」
「どうかしましたか」
目が腫れている。ひょっとして泣いていたのだろうか。
「アルベルタの妹いたでしょ」
「はい」
「名前……、ええと、マルギットか。あの子が私があげたネックレスをつけていた」
「……。今夜はどこへ出かけられたんですか」
「ドレスを納品して、そのまま着付けとメイクもして、舞踏会まで送っていったの。そこにマルギットがいた。友情の証だとプレゼントしたのに、他の人に触らせるなとあれほど言ったのに。しょせん、貴族のお嬢様には、友達だと思われていたなかったのかしら」
まずい。誤解だ。
しかし、アルベルタにはまだ話さないで、黙っていてと言われている。
リリーは、いつもは1杯程度しか飲まない赤ワインをがぶ飲みしている。
どうしたらいい?
泣きながら酒を飲んでいるリリーと、夕暮れに見た血走ったアルベルタの瞳を思い出す。
何かがおかしい。
こんなことになるなんて、ネックレスを作った時は思っていなかったはずだ。
「リリー様」
「……」
ワインで火照った頬を、両手で包み込んだ。
「……あら、アキラ、なぐされてくれてるの」
「はい。これ以上飲むと、明日、頭痛くなりますよ」
薄紅色の髪が、くたびれている。決してデキる女ではないのは、ちょっとわかってきた。放っておけないよ。
アルベルタのことは、僕がなんとかしよう。
「ソーセージ食べたら、今日は寝ましょう。とりあえず明日考えましょう。いいですね」
「……君の言うことはいつも正しいわね」
テーブルの上のおつまみを片付けるまで、リリーの愚痴に付き合い、寝室に連れて行く。
ベッドにごろんと転がして、布団をかける。おやすみなさいと声をかけると、手首だけ、にゅっと出して「ありがとね」とリリーが呟いた。
なんでもないことですと答えて、部屋を出た。
……そばにいて、と言ってくれたらいいのに。




