第23話 役に立たないおばあちゃんの知恵
剣術の稽古が終わり帰宅すると、店の窓が割られていた。
泥棒に入られたようで、リリーが「またかー」と言いながらガラスを掃除している。窓に鉄格子をつけようかということになり、
シャーロットが工務店に出かけていった。
「私の家なんて、布と石っころしかないのに」
「アメジストだって気が付かなかったんじゃないですか」
「原石のままで置いてるから金目の物には見えないしねえ」
ちなみにゾーラはたまたま実家に帰っていて、黒百合の女神は昼寝をしていて気が付かなかったらしい。
ドレスはすぐに納品するため、店舗にあるのは、あくまでサンプル品だけで、金にはならない。
デザインを盗用しても、シャルルロアの街ではすぐにばれてしまうだろう。
夕食をリリーと食べていると、アルベルタから手紙が届いた。新作のドレスの依頼だ。
「また? こないだ頼まれたばかりなのに」
指定は明るい若草色とのことだ。
一階部分の窓が割られているため、今夜は黒百合の女神のドールハウスではなく、リリーの部屋で寝ることになった。
やったね。
顔を洗って、歯磨きをする。ちなみにこの国では、歯を磨くための布があり、水と塩をつけて磨く。
慣れると綺麗になるが、中には磨き方が雑で虫歯になる人もいただろうな。
リリーとは一緒にベッドに入るが、少し寒くなってきたのか、布団が追加される。
「そろそろ雪が降り出すからね」
リリーは茶色の地味なワンピースのパジャマを着ている。
毛布を頭まで被ると、彼女の香りに包まれる。
今日は抱き枕代わりにしてくれないんだな。
「アキラも毛布、頭までかぶる派?」
「はい。落ち着きますよね」
「わかる。なんか、顔とか足とか出して寝るの怖いよね」
よかった、僕だけじゃなかった。
「アキラは、彼女いたの?」
「……向こうでは、いません」
「そんなもんよね。私、学校あんまり行ってなかったから、学校では彼氏できなかったもの」
わかる。
「世間の人はどうやって恋人作ってるんでしょう」
「恋人が欲しい人の集まってるところに行くのよ」
「……」
「簡単なことじゃない」
簡単っていうけど。
それが簡単でない人もいるんですよね。ただしイケメンに限るってやつ。
「必ず見つかるわ。それに誰かが必ず君を見つけてくれる」
「……どうしてそう言い切れます」
「君が望めばそうなるわ。どんなに立場が違っても髪や肌の色が違っても、必ず見つかるわ」
経験者は語るみたいな顔しちゃってさ。
僕にはもうわかっている。この人はもう出会っているんだ、運命の人に。僕以外の誰か、きっと美少年なんだろう。
神様は残酷だ。
どうして僕と出会う前に、彼女に恋人を見つけさせてしまったのか。
……彼女が望んだからか。そうだよね。
「……聞いていいですか。運命の人は一人だけなんですか」
「そうよ」
「……」
「ただ、その相手に最初から出会えるとは限らないけどね。1番目の恋かもしれないし、15番目かもしれないわ」
「あなたは、わかったんですか」
「一目でわかったわ」
おっと。どうしよう、わりと絶望的な展開なんだけど。
「道を歩いてたら、馬車から美少年が転げ落ちてきたから拾った」
「拾った」
「うん。お祖母ちゃんの教えでね。道に美少年が落ちてたら、拾えって」
「どんな教えですか」
「この世界では、道に落ちてるものは自分の物にしていい。いい? 人生で一番役に立つライフハックを教えてあげるわ、道で拾ったものの所有権は主張していい」
大事なことだから二回言ったよ。
「……役に立たない……っ」
別にフォローしてないのに勝手に流れてくるメイクの動画チャンネルのツイートぐらい役に立たない。
「だから、私は君を拾ったのよ。お祖母ちゃんの教えに従って。黒百合の女神にお願いをしてね」
「僕があなたの前に落ちてきたのは偶然じゃなかったんですか」
「私はそう思ってる。夜中に君を呼び出してくれたのは黒百合の女神だけどね」
それは、運命だとおもっていいんですね。
そう思うことにする。
元の世界では、僕は生きるだけで精一杯だった。表面上は『普通』の中学生だったけど、毎日が楽しいものではなかった。
消えてしまいたいと思ってはいたけど、死にたくはなかった。
逃げ出したかった。勝手に振舞う母親から、あの世界のすべてから。
救われたと思った。それが運命でなくて、なんだというのか。
「僕もそうだと思います」
真っ暗な毛布の中で二人きり。
世界から切り離されたみたい。
「僕はずっとこの世界にいたい」
「元の世界に親がいるんでしょ」
「母さんは、自力で男を見つけるタイプなのでいいんです」
「そう。君がいいならそうしたら」
「いいんですか!?」
「黒百合の女神に頼んでごらんなさい。私が知らない解決方法があるかもしれないわ。保証はできないけど」
黒百合の女神との約束は、『リリーの目的が果たされたら元の世界に帰す』だった。
「彼女、てきとーに言うところがあるから、交渉してみなさい。私は結婚するから、君は君で相手を探しなさいね」
「……」
「……おやすみ」
ねえ。結構、無神経ですよね。
同じ布団で寝ていても、同じ夢は見られない。
冷たいおやすみの声に僕は背を向けて目を閉じた。悲しい夜なんて、慣れているはず。
平気だよ。
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翌朝、アルベルタ宅に呼ばれた僕は、彼女と一緒に新しいドレスのデザインを考えた。色の指定があったので、サンプルの生地を見せる。
「どうして今回は緑色なんです?」
「……似合うって言われたから」
目立つにはどうしたらいいのと、今日のアルベルタはどこかおかしい。
楽しそうに理想のドレスを語ったり、ふっとため息をついたり。
少し痩せたようだが、顔色も悪い。
「少し、疲れてらっしゃるのでは」
「そうね。ちょっと立て続けてパーティーに出てるから……」
好きな人がいたんじゃなかったっけ。
「ねえ、リリーのところでドレスを買うと、ペンダントもらえるのよね」
実のリリーの店では、3枚購入ごとに特典がつく。ノベルティのペンダントはデザインがいくつかあり、それは買ってからのお楽しみ。
アルベルタは何度かノベルティを手に入れているらしい。
「この程度では効かないのかしら……」
「なにかあっんたですか」
「……ん、なんでもないわ」
デザインが決まると、ダンスレッスンへ向かう。馬車で送ってもらう。
エディはアルベルタを見るなり、
「ちゃんと食べて体力を維持しないと駄目だ、美しいダンスは、ふらふらでは踊れない」
無理してダイエットしているのだろう。怒られるアルベルタを尻目に、僕もダンスのレッスンをこなす。
リリーと踊りたいな。
たとえ結ばれなくても。
……いや、どうなるかなんて、わからないじゃないか。
諦めながら生きるのはイヤだよ。
「アルベルタさん、練習しましょう!」
もやもやする時は体を動かすに限る。
「今は練習に集中しましょう! 話はあとから伺います、さあ!!」
「……そうね!」
フロアで、くるくると踊る。
あの世界にいたら、ダンスを習うなんてことは一生なかっただろう。エディのダンス教室は、当然ながら、町民も通っている。見知らぬ世界の見知らぬ女の子たちと手を取り合って、僕は叶わないかもしれない恋を知った。
練習を終え、井戸で水浴びをする。
さすがに、そろそろ水だと寒い。
帰り支度をして、アルベルタがジュースを買ってくれた。
「今日はありがとう、すこしスッキリしたわ」
「どういたしまして。僕も少しイライラしてました」
「……」
「何か、悩んでいるように見えます。僕で良かったら話してください」
「彼から連絡がこないの。話したかしら。フレデリク・グレンツェントっていうんだけど」
忙しいのかもしれないし、純粋に予定があって、舞踏会に来れないだけかもしれない。
彼に会うために、次々と服を新調しているのか。
「……ただ、単に、今の現実に過ぎません」
「そうよね……」
「今週末は会えると思いますよ。きっと手紙が」
「来るかしら」
「なんなら、僕がいまお手紙を届けましょうか。彼にも都合があるでしょう。状況が悪くなると思えば、そうなってしまいますよ」
アルベルタは、はっと立ち上がった。
「そうね。疑っていたのは私の方だわ。今日は帰るね」
ありがとう、とぎゅっと手を握られた。
柔らかい金髪の巻き毛が、汗で額に張り付いている。
でも、先ほどよりは元気が戻ってきたようだ。
「アキラ、君はいつも優しいのね。君と話すと、心が落ち着くの」
「……そうですか。それなら、良かった」
「だからリリーは君をそばに置いているのね」
ドレスをよろしくねと言い、アルベルタは帰っていった。
こんな僕でも、少しは役に立てたのかな。
リリーにも。そう思われているといいな。
予約投稿がうまくできていなかった様子なので、再度アップしました。




