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【完結】へなちょこリリーの大戦争 ~暁の魔女と異界の絵師~  作者: 水樹みねあ
第三章 アキラとシャルルロアの住民たち~そばかすゾーラと人形師セティス and more!
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第21話 一問一答(後編)

21話後編です。

現実はそう甘くない。




 

 我ながらとんでもないことをしてしまった。




 

 ある貴族の邸宅で開かれた、仮面舞踏会の夜、別室でお菓子をつまんでいたリリーに、

「素敵なドレスね」

 と近づいたのは、ほかならぬ、女王・リリー・スワンその人だった。仮面をつけていたって判る。

 ドレスアップしたリリーの、ピンクの色の髪に触れると、

「あなた、私の知ってる子に似ているわ」

 と、何の前触れもなく唇にキスをした。

 僕は、その辺にあったワイングラスを、女王に投げつけてしまった。


「私の主人になにをするんですか」

「……無礼者……ッ!」

「……逃げるよッ!」


 リリーに手を引かれ、部屋を駆け出した。大広間を駆け抜け、逃げる。


 庭園まで走り続け、僕とリリーはバラ園の隅に座り込んだ。

 仮面をつけているとはいえ、相手は女王だ。お連れの兵が僕らを探している。リリーがなにか布を取り出して、僕にかぶせた。

「なにこれ」

「周囲の色と同じ色になる魔法の布よ。……静かに」


 リリーに背中から抱かれ、息を止める。


 狭い空間に二人きり。背中に感じるリリーの胸は柔らかい……。この人、僕が14歳だって忘れてますよね。絶対。

「リリー様はいい香りがします」

「そう?」

「シャンプーなに使ってるんですか?」

「カモミールの入ってるやつよ」

 カモミール煮ておけばだいたいなんとかなる、まあ誰も信じないから言わないけどね。お風呂に入れたり肌になったりすると、美肌になると説明される。

 この世界でも化粧水とか使ってるんだな。母さんはいつも100円均一の化粧水だったけど。


 リリーの胸にもたれていると、彼女がくっくっと笑い始めた。

 バレるバレる。


「あはは……ッ! 女王にワインをぶっかけるとか恐れ入ったわ。アキラ、やればできるじゃない」

「……女王だって気づいてたんですか」

「まーね。でも、仮面をしていたら、気づかないふりをするのが礼儀よ。仮面舞踏会はそういうルールだから」

「だいたい、リリー様も仮面をしてるのに、誰に似てるっていうんだが」


 顔だって半分しか見えない上に、わざと照明を少し落としている。誰もが正体不明の舞踏会だ。


「さあねえ」

「さあねえじゃありませんよ。だいたい、なんで簡単にキスさせるんですか!?」

「あのねー、好きでされたわけじゃないんだけど……」

「もっと危機感を持ってください。僕は……あなたのことが……」

 僕に、彼女の仮面を外す勇気なんてあるはずもない。


「……心配なんですっ」

「心配……そうよね。ありがとう。君は優しいのね」

 

 僕とリリーは、布の隙間から外を見た。もう追っ手はいないようだ。

 バラ越しに星空を見上げて、黙り込んだ。

 キスするタイミングを完全に逃した僕は「最近忙しいですね」と話題を替えた。僕の馬鹿。


 シャルルロアの舞踏会に向けて、ゾーラのためにドレスを縫い、ダンスと剣術のレッスンに通って、店番をして、他の客のドレスを届けてと、分刻みのスケジュールをこなした。


 そんな中、ゾーラの父親であるラングリッド卿もやってきた。

 彼は白いジャケットをきっちりと着こみ、リリーに土産を持ってきた。髭をたくわえたその風貌は、王国の貴族らしい威厳を備えていた。

 明るいエメラルドの瞳は、ゾーラとあまり似ていない。


 ラングリッド夫妻とゾーラの雰囲気は最悪だった。

 親子で話し合って、とリリーが部屋を貸したが、紅茶もクッキーも、誰も手つけない。

 ラングリッド卿が切り出した。新しい母親がそんなに気に入らないかと、尋ねる。


「お前のお母さんを忘れたいわけじゃない。ただ、私が寂しかった時に慰めてくれた彼女を、愛することは君を傷つけることになるかい」

「私の母親は一人だけよ」

「ゾーラや。一度、妻を失ったら、もう別の誰かを愛してはいけないのかい。新しい家族を持ちたいと思うことは罪か」

「思い出を大切にして生きることはできないの? 私は母様の思い出があればいい」

「ゾーラ。私を許せないなら、止めはしない。どこにでも行くがいい。いつの日か、君も誰かに恋をするだろう。その時にきっとお父さんの気持ちをわかってもらえると思う」


 結局、娘を説得できず、ラングリッド夫妻は帰っていった。


「心配してくれる家族がいるのが羨ましいよ」とリリー。当のゾーラは、「アキラの家族はどんな人たち」とケロリとしていた。

「母がいるけど、彼女は自分が一番好きだから。僕はよく殴られてた」

「私は親に殴られたことはないけど……。アキラは大変だったのね」



-------


 それから10日ほど経っている。

「いろんな人と話してみるといいわ」

 恋人を探してみようというリリーとアルベルタの提案に乗り、新作の黒いドレスをまとい、シャーロットを従えたゾーラは、仮面をしていてもよく目立った。

 彼女にとって初めての舞踏会、目立たなければ意味がない。


「誰かがゾーラに気づいてくれるわ」


 私のことを気づいてくれた人がいたように。

 バラの花びらを唇で千切って、リリーは夜空を見上げて呟いた。


 僕はどうしてバラ園に留まってしまったんだろう。

 リリーを連れて帰れば良かった。僕はまだなにもできない。


 大広間へ戻り、ゾーラとシャーロットを探す。すると、別の騒ぎが起こっていた。「リリー、どこにいたの!」とアルベルタがリリーを呼んだ。


「ゾーラ、こんなところで何してるんだ!」


 あれは、ラングリッド卿だ。


「働きたいというから目を瞑っていたものを、……夜遊びをして」

「娘みたいな嫁もらっておいて、偉そうに言わないで!!」

「私は友人たちに新しい妻を紹介に来ていたんだ」

「せっかく舞踏会に来てるのに邪魔しないで」


 まさか、仕立屋で働いていると思っていた娘が、仮面舞踏会に来ているとは思っていなかったのだろう。 

「母様のことを忘れて新しい女連れて、気分いいでしょ。私が彼氏探したっていいじゃない、やってることは同じよ」

「違う」

 大広間中の注目を浴びているにも関わらず、ラングリッド卿は、冷静になろうとしている。

「真剣さが違う。切実さも違う」

「……」

 ラングリッド夫人が進み出て、「あなた、お待ちください」と間に割って入った。


「ゾーラ、私たちことが原因じゃなかったのね。あの、黒髪の方が好きなのね」


 横目でシャーロットを盗み見るように、彼女は区切りながら聞いた。


「どうして話してくれなかったの」

「あなたがお母さんじゃないからよ」


 止めなくていいのかとリリーの手を握ると、「親子の問題よ。私たちがどうこう言えることじゃない」と小声で返事があった。


「……あなたから、母親を奪うつもりはない。そんなことはできないから」

 大広間の音楽は止まない。

「私は、私を大切にしてくれるラングリッド卿が大切にしている……娘のあなたを大切にしたいの。あの方が大切にしているのだから。奪いたいわけじゃなかった」

「新しい母親なんていらないわ」

「家族になりたいの。あの黒髪の方が好きならそれでもいい。帰りましょう」

「帰らない」

「ゾーラ逃げないで頂戴。私たちと向き合って欲しいの。私は、あなたを子供として扱うつもりはない。対等に話して欲しいの」

「対等ってなによ。父様はもうあなたの味方じゃない。どこが対等だっていうの! 私はひとりぼっち」


 うちの母親と比べたら、だいぶまともに見える。けどそれは僕から見た状態であって、ゾーラには関係ない話なのかなあ。

 いや、違う。

 友達の家庭に目の前で問題が起きているのだから、手助けするべきだ。ひとりぼっちの寂しさを僕も知っている。


「ゾーラ。家に帰るんだ」

「……アキラ!? なに言ってるの」とリリー。


「人の家庭に口を出すのは違うかもしれない。でも僕は解決できる機会があるなら、ゾーラにはちゃんと、家族との問題を解決してほしい」

「なんで……。私の家の問題よ、余計なお世話よ」

「そうですね。でも、少しの間ですが、店で一緒に働いたじゃないですか。君はもう友達です」

 おせっかいかもしれないけれど、どうしても放っておけない。


 少なくとも、彼女の義母は、ゾーラに向き合おうとしている。

 僕の周囲にいた大人たちより、よっぽどまともだ。


「ちゃんと話し合って。きっと大丈夫ですから」

「話し合いなさい。家族と向き合いなさいゾーラ。大人になるのは今よ」

 リリーも口添えし、今日のところは夫妻が連れて帰ることになった。


 ほんと、おせっかいねとアルベルタに笑われながら、僕らは城を出た。アルベルタが馬車で帰っていくのを見送る。

 ラングリッド一家も馬車で帰らせた。

 あのまま家に戻ってくれたらいいが、修道院に放り込まれるないだろうか。

 そうなったら、僕とシャーロットで部屋の掃除をするだけのことだ。

 僕とリリーは徒歩で帰ることにした。虫の声が聞こえる。

 誰かの家の庭にイチジクの木があるのか、独特の甘い香りがした。すると、道を塞ぐように、闇の中から影が現れた。

「リリー・ロックだな」

「あら、あなたはだあれ?」


 小柄な影が二つ。

 一人は少年の声だ。


「……死んでもらう」

「……危ないっ!!」


 風を切る短剣が、リリーの胸をかすめた。


「あらあら、殺される前に名前を聞いておこうかしら。ぼうや、名前は」

「ジャスパー」

「知らないわ。……子供は家にお帰りなさい」


 酒が入っているとは言え、リリーはひょいひょいと繰り出される短剣をかわしている。


「ギルドで父の腕を切り落としたのはお前だな。おかげでうちの家族は餓死寸前だ」

「そんなことあったあ?」

「黒い布を買いに行った時でしょう。警備員を斬ってましたよ」

 ああー、ハイハイと思い出したのか、リリーがポンと手を叩いた。

「そっちが弱いから悪いんでしょう。私のせいにしないでよ」

「……」


 めんどくさいのか、リリーがその少年の脛を蹴り飛ばした。手を離れたナイフをすばやく奪い取る。

 

「こんな装備で大丈夫?」

 めんどくさいから、そろそろ消えてもらおうかな。リリーが手をかざすと、アメジストの指輪が、剣に変化した。

 ヤバイ、殺されるやつ。


「……そこ、なにをやっている!!」


 リリーと少年の間に、何かが飛び込んできた。

 小さい子供のような……、人形だ。

 1メートルはない、よく見ると、フランス人形のような女の子の人形だ。その人形が、リリーと対峙していた少年を蹴りあげ、吹っ飛ばした。

 お兄ちゃん、ともう一人が叫び、一緒に逃げ出した。


 何者だ。


「大丈夫でしたか? お怪我は」

「ええ。助かったわ。……あなたは」

「私は……」

 その時、彼が僕に気づいた。柔らかそうな金髪が揺れている。

「……セティス!?」

「君は……。リリー・ロックの店の子だったのか」


 黒百合の女神の家の家具を買った、人形屋の男だ。


「以前、どこかのパーティーで話したよね」


 あっ、そうか、セティスは僕が『ガーネット』だとは知らないのか。

「ええ。暴漢に襲われて、困っていたんです。助かりました。こちらは僕の主人です」

「リリー・ロック。存じております。この街では有名人ですから。私はセティスと申します」


 夜道は危ないですから送りますと、セティスは先に歩き出した。

 あの人形はどこに行ったんだろう。


 自宅に着くと、リリーがセティスとかいう奴と知り合いなのかと聞いてきた。

「人形屋さんで職人だそうですよ。以前、黒百合の女神の家の家具を買いました」

「職人ねえ。人形を動かしてたけど」

「ワイヤーかなんかついてるんじゃないですか? 操り人形的なカンジで」

 シャルルロアにも、人形劇ぐらいはあるんじゃないかな。

 ただし、人を吹っ飛ばせるほどのパワーがあるかはわからないが。


「……私の国には、人形を手を使わないで動かすような操り人形はないわ」

 

 普通のナンパ好きな職人だと思っていたが、彼は何か特別な能力を持っているのだろうか。


「あの人形師……。どうしてあんな技を使えるのかしら」

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