第21話 一問一答(前編)
21 一問一答
日が暮れてしまったので、アッキーが店まで送ってくれた。
店番をしていたシャーロットとゾーラが出迎えた。
「おかえり。リリーなら飯食いに出てる。アッキーじゃん」
「よー、シャーロット。また道場にも来いよ」
二人と、ダンス教室のエディは友達らしい。近いうちに行くとシャーロットは言い、アッキーも帰っていった。
「なんでいきなり、アッキーと帰ってきたんだ」
「剣術を習うことになりまして」
「なんでまた」
「リリーに、使い物にならないって言われたので、腹が立って」
「……なんだそれ、失礼だな」
リリーは、昔はそんなこと言う奴じゃなかったんだぜ、と庇いつつ、シャーロットは怒ってくれた。
「……僕、失礼なこと言われてますよね!?」
「ああ。年下だから何言ってもいいわけじゃないだろ。リリーが悪いな、オレから叱っとくよ」
ゾーラが夕食のサンドイッチと厚切りベーコンを焼いて持ってきてくれた。
「お、おいしい?」
「ああ美味いぜ。ありがとなゾーラ」
これしか作れないからねと、何故かドヤ顔でゾーラは台所へ戻った。
年上に憧れるお年頃だ、シャーロットに彼女がいるって知ったら悲しむんじゃないのかな。
「種族が違うってリリーが言ってたんですけど……。長生きできないんですか」
「……なんの種族かは聞いてないのか。そうだな、人間と比べたら、長生きはできないな」
「そんな。どのくらいなんですか、その、……寿命。それに彼女がいるって」
「長くて15年くらいかなあ。オレは彼女には話してあるし、お互いに納得の上で付き合ってる。仕方ないことだから」
いま何歳なんだろう。
どうしてここの人たちは、大事なことは何も話してくれないんだ。
思い切り眉間に皺を寄せてしまったのだろう、シャーロットが僕の髪を撫でた。
「あー、隠してたつもりはないんだ、あんまりお前がここの暮らしにすぐ馴染んだから、なんとなく話してなかったな。ごめんな」
「……いえ、すみません、僕は新入りなのに」
「そーゆーんじゃないって。お前とリリーって、ほんとのきょうだいみたいな感じに思えてきてさ。つい、リリーが知ってることは、お前も知ってるように思ってた。すまなかった」
きょうだいみたい。
僕はここでも子供扱いだ。リリーの目的も、何も教えてもらえない。
僕は必要とされてないのかな。
「彼女は誰を探しているんですか」
「お前ぐらいの男の子だ。それ以上はリリーが言ってないなら言えない」
「……どうしてですかっ」
「オレはリリーの友達だけど、今の主人は彼女だからだ。それに、オレはそいつに会ったことがないから話しようがない」
「僕には何も話してくれないんですね」
「悪いな。文句があるならリリーに言ってくれ」
代わりと言ったらなんだが、ちょっと待ってろと言い、シャーロットは二階へ上がった。
すぐに降りてくると、「これやるよ」と革手袋をくれた。
「ひのきの棒振りから始めるだろ。手が痛くなるから、これ使え」
「……いいんですか」
「ああ。稽古して、強くなって見返してやれよ」
……シャーロット、お前!
こういうところがきっともてる秘密なんだろうな。
そうこうしているうちに、リリーが帰宅した。
「どうだった? 断られたでしょう」
「いいえ。入門させていただくことになりました」
「えっ、まじでー。ふーん」
良かったじゃんと軽くリリーは言い、着ていたマントを脱いだ。
「おいリリー。こいつにヒドいこと言ったらしいな。ちゃんと謝れよ」
「思ったことを言ったまでよ」
「年下で頼りないからって、傷つけることを言っていいことにはならない。現にアキラは怒ってる。なあ?」
「……はい」
台所からワインを持ってくると、彼女はコップに無造作に次いで一気にあおった。
「傷つけたことについては謝るわ。ごめんなさい」
なんて。
なんて心のこもってない謝罪だろう。
「おいリリー、お前は幽霊にでも妖精にでも精霊にでも礼儀を尽くす奴だったぜ。その態度はないだろう」
「私はこの家の主人よ。守るといった以上、危険から遠ざける義務がある。アキラ、あなたの主人は誰」
「リリー様です。でも、僕の心の主人は、僕です」
もう一杯、ワインを飲むと、
「……それがわかっているなら、大丈夫よ」
と静かにリリーは笑った。
「ひどいことを言ってごめんなさい」
「リリー様」
「君は人の様子を観察するのに長けていると思ってた。それは、傷つけられてきたから、自分の身を守るためだったのよね」
僕は、また、丸め込まれてはいないか?
「戦うってことは、それだけでは駄目なの。自分がなくてはいずれ死ぬわ」
「……」
「君はアクセサリーなんかじゃないわ。強くなって私を驚かせて」
リリーに啖呵を切った以上、結果を出さなくては。
「わかりました。僕は……変わりたい」
「……昔の私も、同じことを言ってたわ。私たち、似てるわね」
似ているのかな。
いつもはお洒落をして、ピンク色の美しい髪の彼女。
本当は、地味な赤毛なのを知ってる。
自分のことを田舎娘と話す、魅惑的なお姉さん。僕はあなたに似ていますか?
「私は。初めて人を刺した時は、とっても怖かったわ」
「……!」
さあさあ寝なさいと、リリーは手を叩き、全員を部屋に下がらせた。
ああ疲れた。今日はほんともう、何もしたくない。
顔を洗って寝よう。部屋へ戻り、服を脱ぎかけてふと、鏡を見ると、女の子がいた。あれ。
「あああああああ!?」
なんでガーネットに変身してるんだッ!?
鏡を見ると、銀髪で紫の瞳の僕が映っている。
何もしてない。第一、前に変転した時は、黒百合の女神に『変身させてもらった』のだ。自分でできるわけではない。
手に負えない現実、なんなんだ。部屋を飛び出し、黒百合の女神のドアを叩いた。
私は何もしてないけど、と彼女は不機嫌そうに肩をすくめてみせた。
「どうしちゃったのかしら……。勝手に変身するなんて、いけない子ねえ」
くすくす笑いながら、彼女が、僕の額に手を触れた。
「リリーや私といるなら、魔力が目覚めたのかしら」
「そんなことあるんですか」
「人間には、もともと魔力が備わっているのよ。使いこなせない人が多いだけで。素質があったかもしれないわ」
なんのだ。
早く元に戻してと頼むと、
「……勝手に変身したなら、朝には勝手に元に戻っているわ。寝なさい」
とにべもない。
着替えてベッドに横になる。不思議なことに、髪も肌も、女の子の姿の方が柔らかい。
小さめの胸ではあるけど、両手で包むと、やっぱり膨らんでいる。大人の男にいいようにされるのは嫌でたまらなかったが、自分が女になっても、別人のようで馴染まない。
(やっぱり巨乳がいいなあ……リリーみたいな)
まあいいや。もう寝よう寝よう。
明日のことは明日の僕に任せよう。
楽しいことばかりじゃないけど、時に癪に触ることもあるけど、明日はきっといいことが。




