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【完結】へなちょこリリーの大戦争 ~暁の魔女と異界の絵師~  作者: 水樹みねあ
第三章 アキラとシャルルロアの住民たち~そばかすゾーラと人形師セティス and more!
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第20話 秋山康太の剣術道場

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 家に戻らず、なじみのコンビニっぽい店へ出向く。

「いらっしゃいませー」

「アッキーはいる?」

「店長なら、二階におります。そのまま上へどうぞ」


 二階は剣術道場になっている。階段にポスターが貼ってあった。

「あれ……」

 これ、モデルはリリーじゃないか。

 ビニキアーマー姿のリリーが笑顔でキメて写っている。防御力なさそうなピンクの鎧から、胸がはみ出そうだ。




『なんで私がアサシンに!? 48段階のレッスンでアナタも屈強の戦士に!』




 なんかこれどっかで見たことあるような……。

 どこかの塾のポスターに似てるんだよなあ。


「モデルもやってるんですか」

「ここの先生が、ダンス教室のエディの友達なのよ。モデルを紹介してくれって言われて。ビニキアーマー着てみたかったんだ」

「そんな理由で!?」

「別バージョンもあって、なんか、『くっ、殺せ』とか文字が入ってる方は、貼ってたポスターが全部盗まれたって」

「そっちが見たいな、なんで残ってないんですか!?」

「えっ、なんで怒ってるの」


 思わず興奮してしまった。

 ポスターはいいとして、二階に通される。中では、何人かの生徒が稽古をしていた。男も女もいる。

 とんがった耳……。まさか、あれはエルフ……?

 きょろきょろしていると、金髪に褐色の肌の男が、リリーに気づいて手を振った。


「ようリリー、やっと来たな」


 褐色の肌に、肩までの金髪。さらに、金髪に巨乳のお姉ちゃんたちを侍らせた彼が剣術の先生……らしい。彼は人間のようだ。

 ……なんだろう。この懐かしい感じ。


「ちょっとバイトが増えて忙しかったの。アキラ、こちらはここの師範のアッキー」

「アッキーって呼んでくれていいぜ。よろしく」

 

 すらりとした体形で、シャーロットより細いくらいだ。


「はじめまして、僕は、日向森暁といいます。よろしくお願いします」

「……日向森?」

「……アッキーさん、下のお店……コンビニですよね。店長もやってらっしゃるんですか」

「ああ」

「セブンイレブン」

「いい気分」

「あなたとコンビニ」

「ファミリーマート」


 間違いない。彼も日本人だ。僕たちはうなづきあい、リリーに向き合った。


「リリー、この子を通わせる気か? 見たところ、子供のようだが」

「14歳だから問題ないはずよ。嫌なら断ってくれてかまわない」

「え、どっちなんだ?」

「アキラは一から剣術を習いたいみたいなんだけど……。私は『一週間で、国家転覆を狙える暗殺者コース』をお願いしたいの。どうするかはあなたに任せます」

「わかった。ちょっと本人と話してえから、リリー、今日は帰ってもらえるか」

 先に帰るわねと、リリーはさっさと道場を出た。


 待って、コース名おかしいよね。なんで僕が暗殺者にならないといけないんだ。

 国家転覆を狙っているのか。


「なにかワケありなのか? 彼女、機嫌悪かったけど」

「もしよかったら、僕の話をまず聞いていただけませんか」

「ああ、構わないぜ」


 道場のすみに、驚いたことに畳が敷いてあった。座布団とオレンジジュースを、ガングロの美人が運んできた。


「聞いていいか。君、日本人だろ。日向森なんて名字、この世界にはいないし」

「あなたこそ。畳が敷いてあるし、……本名を伺っても?」

「オレは、秋山康太」

「ま、まさか江戸の名人、秋山先生の子孫ですか」

「まさか。時代小説にハマった祖父が道場を始めたんだ。だから、オレは子供の時に実家でちょっと習っただけだ」

「そうなんですね。ちなみに、実家……は、どちらですか」

「武蔵小山。目黒線でちょっと行ったとこ」


 1998年の渋谷からやってきたと、彼は笑った。

 懐かしい感じがしたのは、ギャル男っぽいんだ。ガングロにロン毛のせいだろう。


「1999年に地球は滅びるって噂だったんだ。核戦争が起こるとか、大地震が起こるとか、疫病が流行るとか。君いま何歳」

「14です。今は2017年ですが、世界は滅びてませんよ。大地震とか疫病はありましたけど」

「まじか。モーニング娘。とか、知ってる?」

「メンバーは変わってますが、今でも活動していらっしゃいますよ」

「ええ……! つんくすげえ……」


 ホストをしていて、仕事を終えたある朝、渋谷の駅前が陥没して死んだ、と彼は淡々と言った。

 自分の体から、魂が抜けたのがわかった。段々と空へ向かっていった、移り行く景色をまだ覚えている。


「あー、死んだんだなって。気が付いたら、この街にいた。剣術道場の老夫婦に拾われて暮らしてる」

「……僕もです。池袋でしたけど」

「池袋か。日本は、やっぱり異界とつながってるんだな。ここは地獄ではないみたいだけど、天国でもない。戦争も起こるし、災害や飢饉も多い。シャルルロアはそうでもないけど、隣国のラウネルは疫病が流行ったりするみたいだし」

 そういえば、リリーも、子供はよく死ぬって言ってたな。


「日本人と会ったのは何年振りかな。たまにいるんだ、この世界に紛れ込む人が」

「……僕だけじゃなかったんですね。コンビニがあったので驚きました。この世界にはないと思ってましたから」

「ああ、ここの家の夫婦に拾われて、剣術道場と商店を受け継いだんだ。普通に夕方で閉まる店だったけど、人を雇って、24時間営業できるようにしたんだ。今じゃ大繁盛さ」


 日用品を取りそろえたラインナップは、旅人にも冒険者にも好評らしい。コンビニがない暮らしなんて考えられないと、今では街の人々に受け入れられてるそうだ。 


「だいたいコンビニか道場にいるから、いつでも遊びにきていいぜ。日本人同士仲良くしよう」

「はい!」


 そろそろ本題に入ろう、と秋山康太ことアッキーは姿勢を正した。


「うちには、初級・中級・上級のほかに

『一週間で、国家転覆を狙える暗殺者コース』

『3日後の結婚式に間に合う、暗殺者コース』」

『3日後の結婚式に間に合う鬼ハードダイエットコース』がある。君の希望は」


 おいおいおい、真ん中がおかしい。

 3日後の結婚式に間に合う暗殺ってなんだよ。


「……あのー、1か月くらい、基本から習いたいんですが」




----------


「まず、話を聞いてくれって言ってたよな」

「……強くなりたいんです」

「うん。何故? 君は服屋のバイトだろう。剣を取る必要があるのかい」

「リリー様に使い物にならないと言われました。剣を取る必要があるかと言われれば、それは僕のプライドです」

 

 ジュースを飲みつつ、アッキーは、身長と体重、運動歴を聞いてきた。

「153センチ、48キロです」

「細っ。小柄だね。リリーが暗殺者コースを勧めてたけど、どうして暗殺者コースにしろって言われたんだい」

「さっき初めて言われたんです。人を探してるみたいなんですけど。誰かを暗殺するかとか、聞いてません」

「じゃー、気まぐれだろう。体力や筋力は3日で身につくものじゃない。君に、暗殺するだけの覚悟がないなら、初心者用コースをオススメするよ。まずは体を鍛えて、武器を装備できるようになるところから始めたらどうかな」

「じゃあそれでお願いします」


 そもそも、『一週間で、国家転覆を狙える暗殺者コース』は冗談で作ったコースらしい。

 ところが、いざ開設してみたら希望者が殺到した。

 覚悟があるかどうかカウンセリングでじっくり話し合ってから、受講者を決めているとアッキーは言った。


「こんなコース作って、国から目をつけられたりしませんか」

「うちの道場は、シャルルロア軍の兵士も鍛えてるから問題ない。それにシャルルロアの兵は屈強で、人間とは別の兵も抱えている。まっ、簡単に国家転覆なんてできねーよ」


 こちらにどうぞと、道場へ案内される。好きな武器を選んで取ってと壁を指さす。

 ゲームでよく見る、鉄の剣や鋼の剣、モーニングスター、杖、ナイフ、斧などがかけられている。

 ムチもある。リリーに装備して欲しい。

 鎖鎌やクナイもある。

 やっぱり剣だろう。

「持ってみていいぜ」

 重くて持ち上がらない。壁から外すことすらできない。

「……ぐっ……」

 これで戦うのは無理じゃないか?


「わかったかい。筋力がないと、そもそも武器は装備できないってことだ。君の体格じゃ、ナイフぐらいだろう」

「……」

「ナイフは軽くて扱いやすい。けど、短いから、実際の戦いではあまり役に立たない。片手剣を持った相手とはとても戦えないだろう。そこでだ、まずは武器を装備できるように、力をつける。素振りをやってもらう」

「こっ、これは……ひのきでできた棒じゃないですか!」

「そう、ゲームでおなじみのひのきでできた棒だ。これをまず素振りで、30回。手の皮が向ける前にやめること」


 実際に振り回してみると、10回くらいですぐに疲れてしまう。端に革が巻かれているが、擦れて手のひらが痛くなった。

 ただの棒ですらこうなのに、剣を持てるようになるにはどのくらいかかるんだろう。


「手が痛いだろ」

「はい」

「剣技は技術だから、教えることは可能だ。だけど、アキラ、君に人を殺す覚悟が本当にあるのか」

「それは……」

「意地悪をいってるんじゃあないぜ。剣道は心を鍛えるもの。だから、強くなりたいという君の希望には合うんだ」

「それなら」

「武器を取るとは、命のやり取りをするってことだ。戦うってことは自分が死ぬかもしれないってことだ」


 僕は、池袋の駅前が陥没した時に、他人の死体を見た。

 あの時、死にたくないと心から願った結果、いまはリリーとともにいる。

 せっかく拾った命を、無駄にするつもりか。強くなりたいという気持ちに嘘はないけど、怖気づいている僕がいる。


「僕は正直……、人を殺すとか、怖いです」

「それが普通の感覚だ。最初はそんなもんだ」


 使い物にならないと言われて、傷ついたと同時に腹が立った。

 僕だって男だ、このままで終われない。見返してやるんだ、リリー・ロックを。


「でも、今より強くなりたいんです。彼女の役に立ちたい」




 いま装備できるのが、ひのきでできた棒だけだとしても。




 ちょっと今から思えば、以前の暮らしは虚ろだった。夢とか希望を無理矢理つくって、なんとか生きていた。

 未来は明るいと思いたかった。とても思えなかったから。

 傷ついたままでは終わりたくない。


「僕は……、変わりたい」

「……」

「馬鹿にされたままでは終われないんです。お願いします、力を貸してください」 


 頭を下げる。こんなことしたのは初めてだけど。


「わかった。うまくいかないかもしれない。でも、うまくいくかもしれないからな。入門を許可するぜ」

「……アッキーさん!」 

「まー、とりあえず通ってみなよ。体を鍛えるのは悪いことじゃない。リリーには初心者コースからって言っておけよ」

「いいんですか」

「ああ。同じ日本人のよしみだ。いつでも来いよ」


 コンビニのジュース無料券までくれた。

 なんだいい人だ。


「いつか、人を斬る日が来るかもしれないけど、その時に生き残れるように、みっちり鍛えてやるよ」

「その時はちゃんと……。僕が生き残れるように、頑張りますね」


 たとえ誰かを殺すことなっても。

 『自分の魂を大切しろ』、リリーとの約束を守る。

 必ず、生き抜いてみせる。

やっとアッキー出せました。もう一人の日本人。

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