第20話 秋山康太の剣術道場
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家に戻らず、なじみのコンビニっぽい店へ出向く。
「いらっしゃいませー」
「アッキーはいる?」
「店長なら、二階におります。そのまま上へどうぞ」
二階は剣術道場になっている。階段にポスターが貼ってあった。
「あれ……」
これ、モデルはリリーじゃないか。
ビニキアーマー姿のリリーが笑顔でキメて写っている。防御力なさそうなピンクの鎧から、胸がはみ出そうだ。
『なんで私がアサシンに!? 48段階のレッスンでアナタも屈強の戦士に!』
なんかこれどっかで見たことあるような……。
どこかの塾のポスターに似てるんだよなあ。
「モデルもやってるんですか」
「ここの先生が、ダンス教室のエディの友達なのよ。モデルを紹介してくれって言われて。ビニキアーマー着てみたかったんだ」
「そんな理由で!?」
「別バージョンもあって、なんか、『くっ、殺せ』とか文字が入ってる方は、貼ってたポスターが全部盗まれたって」
「そっちが見たいな、なんで残ってないんですか!?」
「えっ、なんで怒ってるの」
思わず興奮してしまった。
ポスターはいいとして、二階に通される。中では、何人かの生徒が稽古をしていた。男も女もいる。
とんがった耳……。まさか、あれはエルフ……?
きょろきょろしていると、金髪に褐色の肌の男が、リリーに気づいて手を振った。
「ようリリー、やっと来たな」
褐色の肌に、肩までの金髪。さらに、金髪に巨乳のお姉ちゃんたちを侍らせた彼が剣術の先生……らしい。彼は人間のようだ。
……なんだろう。この懐かしい感じ。
「ちょっとバイトが増えて忙しかったの。アキラ、こちらはここの師範のアッキー」
「アッキーって呼んでくれていいぜ。よろしく」
すらりとした体形で、シャーロットより細いくらいだ。
「はじめまして、僕は、日向森暁といいます。よろしくお願いします」
「……日向森?」
「……アッキーさん、下のお店……コンビニですよね。店長もやってらっしゃるんですか」
「ああ」
「セブンイレブン」
「いい気分」
「あなたとコンビニ」
「ファミリーマート」
間違いない。彼も日本人だ。僕たちはうなづきあい、リリーに向き合った。
「リリー、この子を通わせる気か? 見たところ、子供のようだが」
「14歳だから問題ないはずよ。嫌なら断ってくれてかまわない」
「え、どっちなんだ?」
「アキラは一から剣術を習いたいみたいなんだけど……。私は『一週間で、国家転覆を狙える暗殺者コース』をお願いしたいの。どうするかはあなたに任せます」
「わかった。ちょっと本人と話してえから、リリー、今日は帰ってもらえるか」
先に帰るわねと、リリーはさっさと道場を出た。
待って、コース名おかしいよね。なんで僕が暗殺者にならないといけないんだ。
国家転覆を狙っているのか。
「なにかワケありなのか? 彼女、機嫌悪かったけど」
「もしよかったら、僕の話をまず聞いていただけませんか」
「ああ、構わないぜ」
道場のすみに、驚いたことに畳が敷いてあった。座布団とオレンジジュースを、ガングロの美人が運んできた。
「聞いていいか。君、日本人だろ。日向森なんて名字、この世界にはいないし」
「あなたこそ。畳が敷いてあるし、……本名を伺っても?」
「オレは、秋山康太」
「ま、まさか江戸の名人、秋山先生の子孫ですか」
「まさか。時代小説にハマった祖父が道場を始めたんだ。だから、オレは子供の時に実家でちょっと習っただけだ」
「そうなんですね。ちなみに、実家……は、どちらですか」
「武蔵小山。目黒線でちょっと行ったとこ」
1998年の渋谷からやってきたと、彼は笑った。
懐かしい感じがしたのは、ギャル男っぽいんだ。ガングロにロン毛のせいだろう。
「1999年に地球は滅びるって噂だったんだ。核戦争が起こるとか、大地震が起こるとか、疫病が流行るとか。君いま何歳」
「14です。今は2017年ですが、世界は滅びてませんよ。大地震とか疫病はありましたけど」
「まじか。モーニング娘。とか、知ってる?」
「メンバーは変わってますが、今でも活動していらっしゃいますよ」
「ええ……! つんくすげえ……」
ホストをしていて、仕事を終えたある朝、渋谷の駅前が陥没して死んだ、と彼は淡々と言った。
自分の体から、魂が抜けたのがわかった。段々と空へ向かっていった、移り行く景色をまだ覚えている。
「あー、死んだんだなって。気が付いたら、この街にいた。剣術道場の老夫婦に拾われて暮らしてる」
「……僕もです。池袋でしたけど」
「池袋か。日本は、やっぱり異界とつながってるんだな。ここは地獄ではないみたいだけど、天国でもない。戦争も起こるし、災害や飢饉も多い。シャルルロアはそうでもないけど、隣国のラウネルは疫病が流行ったりするみたいだし」
そういえば、リリーも、子供はよく死ぬって言ってたな。
「日本人と会ったのは何年振りかな。たまにいるんだ、この世界に紛れ込む人が」
「……僕だけじゃなかったんですね。コンビニがあったので驚きました。この世界にはないと思ってましたから」
「ああ、ここの家の夫婦に拾われて、剣術道場と商店を受け継いだんだ。普通に夕方で閉まる店だったけど、人を雇って、24時間営業できるようにしたんだ。今じゃ大繁盛さ」
日用品を取りそろえたラインナップは、旅人にも冒険者にも好評らしい。コンビニがない暮らしなんて考えられないと、今では街の人々に受け入れられてるそうだ。
「だいたいコンビニか道場にいるから、いつでも遊びにきていいぜ。日本人同士仲良くしよう」
「はい!」
そろそろ本題に入ろう、と秋山康太ことアッキーは姿勢を正した。
「うちには、初級・中級・上級のほかに
『一週間で、国家転覆を狙える暗殺者コース』
『3日後の結婚式に間に合う、暗殺者コース』」
『3日後の結婚式に間に合う鬼ハードダイエットコース』がある。君の希望は」
おいおいおい、真ん中がおかしい。
3日後の結婚式に間に合う暗殺ってなんだよ。
「……あのー、1か月くらい、基本から習いたいんですが」
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「まず、話を聞いてくれって言ってたよな」
「……強くなりたいんです」
「うん。何故? 君は服屋のバイトだろう。剣を取る必要があるのかい」
「リリー様に使い物にならないと言われました。剣を取る必要があるかと言われれば、それは僕のプライドです」
ジュースを飲みつつ、アッキーは、身長と体重、運動歴を聞いてきた。
「153センチ、48キロです」
「細っ。小柄だね。リリーが暗殺者コースを勧めてたけど、どうして暗殺者コースにしろって言われたんだい」
「さっき初めて言われたんです。人を探してるみたいなんですけど。誰かを暗殺するかとか、聞いてません」
「じゃー、気まぐれだろう。体力や筋力は3日で身につくものじゃない。君に、暗殺するだけの覚悟がないなら、初心者用コースをオススメするよ。まずは体を鍛えて、武器を装備できるようになるところから始めたらどうかな」
「じゃあそれでお願いします」
そもそも、『一週間で、国家転覆を狙える暗殺者コース』は冗談で作ったコースらしい。
ところが、いざ開設してみたら希望者が殺到した。
覚悟があるかどうかカウンセリングでじっくり話し合ってから、受講者を決めているとアッキーは言った。
「こんなコース作って、国から目をつけられたりしませんか」
「うちの道場は、シャルルロア軍の兵士も鍛えてるから問題ない。それにシャルルロアの兵は屈強で、人間とは別の兵も抱えている。まっ、簡単に国家転覆なんてできねーよ」
」
こちらにどうぞと、道場へ案内される。好きな武器を選んで取ってと壁を指さす。
ゲームでよく見る、鉄の剣や鋼の剣、モーニングスター、杖、ナイフ、斧などがかけられている。
ムチもある。リリーに装備して欲しい。
鎖鎌やクナイもある。
やっぱり剣だろう。
「持ってみていいぜ」
重くて持ち上がらない。壁から外すことすらできない。
「……ぐっ……」
これで戦うのは無理じゃないか?
「わかったかい。筋力がないと、そもそも武器は装備できないってことだ。君の体格じゃ、ナイフぐらいだろう」
「……」
「ナイフは軽くて扱いやすい。けど、短いから、実際の戦いではあまり役に立たない。片手剣を持った相手とはとても戦えないだろう。そこでだ、まずは武器を装備できるように、力をつける。素振りをやってもらう」
「こっ、これは……ひのきでできた棒じゃないですか!」
「そう、ゲームでおなじみのひのきでできた棒だ。これをまず素振りで、30回。手の皮が向ける前にやめること」
実際に振り回してみると、10回くらいですぐに疲れてしまう。端に革が巻かれているが、擦れて手のひらが痛くなった。
ただの棒ですらこうなのに、剣を持てるようになるにはどのくらいかかるんだろう。
「手が痛いだろ」
「はい」
「剣技は技術だから、教えることは可能だ。だけど、アキラ、君に人を殺す覚悟が本当にあるのか」
「それは……」
「意地悪をいってるんじゃあないぜ。剣道は心を鍛えるもの。だから、強くなりたいという君の希望には合うんだ」
「それなら」
「武器を取るとは、命のやり取りをするってことだ。戦うってことは自分が死ぬかもしれないってことだ」
僕は、池袋の駅前が陥没した時に、他人の死体を見た。
あの時、死にたくないと心から願った結果、いまはリリーとともにいる。
せっかく拾った命を、無駄にするつもりか。強くなりたいという気持ちに嘘はないけど、怖気づいている僕がいる。
「僕は正直……、人を殺すとか、怖いです」
「それが普通の感覚だ。最初はそんなもんだ」
使い物にならないと言われて、傷ついたと同時に腹が立った。
僕だって男だ、このままで終われない。見返してやるんだ、リリー・ロックを。
「でも、今より強くなりたいんです。彼女の役に立ちたい」
いま装備できるのが、ひのきでできた棒だけだとしても。
ちょっと今から思えば、以前の暮らしは虚ろだった。夢とか希望を無理矢理つくって、なんとか生きていた。
未来は明るいと思いたかった。とても思えなかったから。
傷ついたままでは終わりたくない。
「僕は……、変わりたい」
「……」
「馬鹿にされたままでは終われないんです。お願いします、力を貸してください」
頭を下げる。こんなことしたのは初めてだけど。
「わかった。うまくいかないかもしれない。でも、うまくいくかもしれないからな。入門を許可するぜ」
「……アッキーさん!」
「まー、とりあえず通ってみなよ。体を鍛えるのは悪いことじゃない。リリーには初心者コースからって言っておけよ」
「いいんですか」
「ああ。同じ日本人のよしみだ。いつでも来いよ」
コンビニのジュース無料券までくれた。
なんだいい人だ。
「いつか、人を斬る日が来るかもしれないけど、その時に生き残れるように、みっちり鍛えてやるよ」
「その時はちゃんと……。僕が生き残れるように、頑張りますね」
たとえ誰かを殺すことなっても。
『自分の魂を大切しろ』、リリーとの約束を守る。
必ず、生き抜いてみせる。
やっとアッキー出せました。もう一人の日本人。




