第2話 羞月閉花
美少女に拾われました。
トサッ。
「う……」
生きている……?
目を開けると、白い脚と、その隙間にレースに彩られたパンツが見えた。
(えっちな下着だ)
さっきの声の人だろうかと、そのパンツを見ながら考えていると、「ほんとに来たわ」と、違う声がした。
「リリー、足をどけてやれ。下着見えてんぞ、たぶん」
「はっ!」
その女性が横に移動し、僕は体を起こした。
目の前に、相変わらず、白い長い脚がある。
顔を上げると、燃えるような薄紅色の髪が、僕の視界を包んだ。
ピンク色の髪、透き通るような雪の肌に、大きな金色の瞳が、驚きに見開かれている。
むせかえる花の香りと、黒いワンピースを身にまとったその人は、闇の中で光り輝いて見えた。
「……似てるわね……」
ワンピースを盛り上げる、こぼれ落ちそうな巨乳に目を奪われる。
必死で目の前の美女に名乗ろうとするが、声が出ない。
「大変。どこかケガをしているの?」
「……」
違います、胸が。
……それに、ちぎれていた腕が、くっついている。
助かったんだろうか。
ここはどこだ。
「なあリリー、近過ぎだろ」
「それもそうね」
巨乳が離れてしまった。
「私はリリー・ロック。あなたは」
鈴をころがすような声とはこういうことを言うのだろう。
「アキラといいます」
ぺた、と白い手が頬を包みこんだ。
「よく来てくれたわね。大丈夫?」
「……女の人の声に、呼ばれて。あなたでは、ないみたいですけど」
「私じゃないわ。後で紹介するわね」
リリー・ロックと名乗った彼女と、すらりと背が高い、褐色肌の男。首輪をつけられている。
「ケガはないか、立てるか」
「……はい」
「オレはシャーロット。よろしくな」
「よろしくお願いします、ここはどこですか」
周りを見渡すと、石畳の道とレンガ造りの家が並んでいる。まるでヨーロッパや、ゲームに出てくる街のようだ。
青白い大きな月が出ている。
池袋の駅前が崩落して、おそらく僕は死んだのだろう。
これは、最近、小説でよく見る、異世界ってやつなんだろうか。あの世ではないらしい。
光の中で聞いた声を信じるなら、元の世界へ帰れるんだろうか。
元の世界で、生きていればの話だが。
「ここはシャルルロアの街。あなたはどこから来たの」
「池袋です」
「イケブクロ?」
やっぱり通じないか。
「……日本という国なんですが、知ってますか」
「知らないわ。とりあえず、家で話をしましょうか。あ、あと、あなたは何ができるの?」
なにが……できる?
漫画が描けるけど、そもそも、この場所に漫画というものはあるのだろうか。
「えー……、絵が描けます。少し」
「それは良かったわ!!」
ぎゅっと、手を握られる。
真っ白な両手は柔らかくて。
「そういう人材を探していたのよ」
「リリー、さんと言いましたね。あなたは」
「私はリリー、仕立屋よ」
「服を作ってるってことですか」
「そう」
「服を」
服……?
服?
えー、本当か。
顔をうずめたくなる巨乳と、絞め殺されてもいいと思えるような長い脚。
夜中に、人を召喚するなんて、まるで魔女じゃないか。とても服を作っている……ようには見えない。
スタイルいいし、モデルなんだろうか。
自分で作った服を、自分で着てショップで売っているのかもしれない。
そうだ。ゴスロリとかパンクとか、きっと、自分でデザインした服を作っているんだろう。
オリジナルのブランドみたいな。きっとそんなやつ。フリマアプリでオリジナルの服を売っている人もいるし、そういうやつだろう。
うん、きっとそうだ。フリーランスってやつだな。
「僕が、お手伝いできるなら」
「そうね。明日からぜひお願いね。ええと、もう一回聞くけど、名前は」
「……日向森暁。アキラと呼んでください」
「ヒナタモリ、アキラね。私と友達になってくれる?」
友達? 奴隷とかじゃないんだ。
「僕で、よければ」
「よかった。よろしくね」
僕は、目の前の、薄紅色の微笑みに囚われた。
初恋、夢、未来、失ったすべて。
この人となら、取り戻せる。
何故だかわからないけれど、僕は、彼女についていくことに決めた。
「私と来なさい」
差し出された手に、僕は素直に自分の手を差し出した。
2025/06/15改定