第19話 アキラの決意
初めての喧嘩。
「剣術道場に通いたい? なめてんのかコラ」
「なめてません。僕は見た目がこんなですから、子供扱いされるのは仕方ありません。でも、自分の身は自分で守れるようになりたいんです」
夕日を受けて、彼女の影が長く伸びる。血のような夕日を受けて彼女の唇がきらめいた。
やばい。
怖くてチビりそうだ。
「本当に賢い人は、危険に近づかないようにするものよ」
「好き好んで危険な目に遭いたいわけじゃありません。勝手によってくるのが危険ってものでしょう」
「そうね。それで?」
「僕はナイフひとつ操れませんから、道場があるなら、そこで習いたいんです」
「君に人を殺す覚悟があるのかしら?」
笑わせるな、リリー・ロック。
最近感じていた、不満とも不快感ともいえない、強いて言えば違和感だろうか。
「僕は。あなたにも、その覚悟があるとは思えません」
「……なんですって。もういっぺん言ってごらんなさい」
僕にも言いたいことはある。勇気を出せ。
「リリー様、あなたが、商売なりダンスなり剣術なり、努力と勉強でなんとかしてきたことは、話していたらわかります。図書館でなんでも調べるみたいに言ってますもんね。なにか特殊な力を使えるということも」
「それで」
「危険な仕事を『やらされている』ということも。あなたもシャーロットも、自分のことは慎重に、話さないようにしている。他人の面倒を見て、自分たちの正体を悟られないようにしている」
友情には友情で、商売には商人のやり方で。
溢れんばかりの優しさで、そのままの不器用さで、素朴な田舎娘のままで、自分の姿を隠している。
「リリー・ロック、あなたは嘘はついていないかもしれない。でも正体は、硬くて本音を隠してる岩そのものだ」
相手が望んでいるものを、惜しみなく与えて『優しいリリー』を演出する。
魔法にかけられたように男受けするドレスを作る、街一番の仕立屋。
簡単には男と踊らない。
ミステリアスなようで、そうでもない。店に来ればいつでも会える。しかし、女神を連れて、夜明け前にはパーティーから姿を消す、暁の魔女。
嘘はついてないかもしれない。
いつだって僕が欲しいものを、僕が欲しい言葉をくれる。
しかし、内側には触れられない。彼女の本音は大きな岩に包まれているように強固で、踏み込めない。
「最初は、人との間に壁を作っているだけかと思っていました。薄い壁が何枚もあるみたいで、もっと仲良くなったら、もっと話したらきっと、本音を話してくれるんじゃないかと思っていました」
実際は違った。僕が甘かった。
「あなたの本音には、本心には触れられない」
「……そうかしら。君は、私の正体を見抜いたように見えるけど?」
「僕から見える姿が、本物とは限らない。あなたは正解だとは、今、言わなかった」
「……それなら、どうする? 君はどういったら納得してくれるのかしら」
ほら、それだ。
そうやって「相手の正解」を、彼女は引き出そうとしている。
不登校の引きこもりだった彼女。ああでもない、こうでもないと考えるのが癖になっているんだろう。それとも、それすら、図書館で読んだ本のテクニックなんだろうか。
リリーは僕の望みは何か、探ろうとする。
僕の望みはなんだろうか?
黒百合の女神の何気ない一言に、僕は気が付いた。
『誰かが助けてくれるとでも思ってる?』
そうかもしれない。僕は、誰かが助けてくれると心のどこかで信じていたのかもしれない。またリリーが守ってくれると期待していたんだろう。
じゃあ助けてもらえなかった時に、僕は戦わなくちゃいけない。
強くなりたい。
その気持ちに、リリーの納得は必要ない。
「リリー様。あなたが何者でも構わない」
「……」
「先日、自分の魂を大切にしなさいと、あなたは言いましたよね。僕は自分のために強くなりたいんです」
「私は君が傷つくのは見たくない」
「あなたのそういう優しいところは、本物だって、僕ちゃんとわかってます」
全部が全部嘘じゃないだろう。今の彼女が本来の姿じゃなかったとしても、構わない。
「あなたのお役に立ちたいんです。アクセサリーでも構いません、僕をおそばにおいてください」
「だから! その考え方が間違ってるっていってるの!!」
がっと肩を掴まれる。
「……アキラ。君は、まだわかってないのね」
と、吐き捨てるように言い、立ち上がると彼女はぷいっと背を向けた。
「でも、わかったわ」
「……」
「いいでしょう。私と来なさい。強くなりたいんでしょう」
「剣術を習ってもいいんですか」
「それがあなたの望みなら。……覚悟があるなら、ね」




