第18話 シャーロット争奪戦
今回はいろいろキャラが出てます。
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夕食を終えて帰宅すると、ちょうどラングリッド夫人が訪ねてきたところだった。ゾーラの好物だというミートパイと着替えを預かる。
ご迷惑をおかけします、と若い義母はどこまでも腰が低い。
「後日、主人と改めてあいさつに伺います」
「その時に引き取ってくれるんです?」
「私はそのつもりでおります」
「娘がなつかないなら、修道院にでも入れてしまったらどうかしら」
何言ってるのこの人。
「邪魔な義理の娘を片付けて、遺産目当ての結婚なんでしょ?……って、よく聞かれません?」
止めようとしたら、ラングリッド夫人が
「私はあの子を追い出そうとしたことは一度もありません」
ときっぱりと言い放った。
「それなら安心ね。早く引き取りにきてくださいね」
リリーの失礼な態度にも、ラングリッド夫人は声を荒げることなく、どうかあの子をよろしくと頭を下げて帰っていった。
ゾーラにミートパイが届いたことを伝え、シャーロットが着替えを部屋へ運んだ。
「義理のお母さんが持ってきてくれたぞ。食えよな」
「あの人が……」
「良かったじゃん」
シャーロットが、ゾーラの頭をぽんぽんと叩いた。
僕にはできない。ああいうのが自然にできるってイケメンってずるいな。
「……っ!」
「はやく風邪治せよ」
「……はい」
風邪がよくなったら仕事を手伝わせることにして、「働かないなら家に送り返すからね」とリリーは言い、僕たちは部屋を出た。
もともと僕が使っていた部屋をゾーラが使うことになり、僕は1階の、黒百合の女神の家に間借りすることになった。
女の子になったり小人になったり忙しいな僕。
黒百合の女神はたいてい寝ている。そのため、あまり気を使わなくていいとリリーから言われている。
今日は起きていた。
紅茶とクッキーを出すと、「君は誰かのお世話をする星のもとに生まれてるのねえ」と、女神は笑った。
「好きでしてることですから」
「それで自分が可哀想でないなら止めないわ」
僕は、まわりから可哀想だと思われているのか?
「僕は自分が、可哀想だとおもったことはありませんけど」
「それならいいのよ。まっ、別にどうでも」
「……」
「君はいつもすぐ黙るわね」
「……」
「誰かが助けてくれるとでも思ってる?」
「そういうわけでは」
「別に一日中働かなくても、リリーの仕事の手伝いがない時は遊びに出てもいいのよ」
そういうことか。
そんな、社畜みたいな思われていたのかな。
働いているといっても、毎日死ぬほど忙しいわけではなく、仕事が片付かないのはたまにだ。
リリーが起きだすのはいつも昼前だし、店は午後だけの営業で、夜が更けてからは、パーティーに出かけたりして、実際に顧客を回ったりするのはわずかな時間だ。
荷物や手紙を届けるだけならシャーロットもしているし、リリーは簡単な食事で済ますので食事作りが大変ということもない。大変なのは買い出しぐらいで。
店舗や玄関まわりの掃除は、毎日しているが、それはこれからゾーラがやってくれるだろう。あとは洗濯か。
洗濯機欲しいな。
……結構働いてるな。メイドさんがいればなあとは思ってたけど。
「そうですね、リリー様に聞いてみます」
店へ戻ると、リリーはドレスの仕上げをしていた。
レースをちまちまと縫い付けて、僕のイラストが元とは思えないほどの輝きを放っている。
ゾーラはなにをさせるのかと、リリーが問いかけてきた。
「ノベルティ作ってもらいましょう。あと、店舗と玄関まわりの掃除を。このくらいならできるでしょう」
「それでいいわ。仕事しないのに家に置くわけにいかないし。あとでこのメイド服を持っていってあげて」
「縫ってくれたんですか」
「メイドが欲しいと言っていたでしょう。お給金は私が払ってあげるから」
「……ありがとうございます!」
「そのかわり、ゾーラにちゃんと仕事を教えてよ。それは君の責任よ。わかった?」
「はい。あと……。あの、出かけてきてもいいですか」
「いいわよ。夕方までに戻ればいいわ。夕方以降は、決して一人で出かけちゃダメよ」
「どうしてですか」
「……子供は、奴隷商人に捕まるからよ。この街は商売が盛んだから」
人身売買も商売のうちなのか。
「アキラ、あんまり自覚がないみたいだから教えておくけど、君みたいな子は需要があるのよ。いろいろと。もう解る年頃よね」
「僕は可愛くありませんから」
「そんなことないわ。この街だと黒髪は珍しいし、大人しそうな子は奴隷として高く売れるの。連れて歩けばアクセサリー代わりになるし、手土産としても便利だから」
「……手土産」
「男の子は妊娠しないから便利なのよ。私もうっかり捕まったことがあるけど、ほんと、夜は一人で出歩いたら駄目よ」
需要があるってことは理解してと、顔色ひとつ変えずに、奴隷の話をする。きっと彼女のふるさとでは、奴隷商人に誘拐されたりとか、そんなことはなかったんだろうな。
夜に一人で歩くのはどこの世界でも危険だ。こんな美しい街でも。気をつけると約束する。
君とは約束ばかりしてるわねと、彼女は笑った。
「破ったら針を飲まされるんでしょ」
「ええ。指切りってそういうものですから」
「忘れてないわ。ねえアキラ。針を千本も飲んだら死んじゃうと思うけど」
「その時は僕も飲みますから」
「急に重いこと言うのね。まあいいわ。あしたからダンスを習ってもらうから、早く休みなさい」
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翌朝。
いつもは各々が勝手に食事するが、リリーが朝食に全員を集めた。
ゾーラを正面に座らせる。
「これからの話なんだけど。うちで雇ってあげてもいいわ。そのかわり家事はしてもらうわよ。あとね、舞踏会に出てみる気はない?」
「舞踏会……?」
「シャルルロア城の舞踏会よ。素敵な結婚相手を探して実家を出たらいいのよ。母親が嫌いなんでしょう」
「……」
「どうかしら。君はラングリッド家の本物のお嬢様なんだし」
「……シャーロットと一緒なら、出てもいいわ」
「うん? 別にいいけど」
舞踏会のためにドレスを用意すると約束をした。
家事はぼちぼち教えるとして、僕とシャーロット、そしてゾーラの三人でダンス教室へ向かった。
ダンス教室の講師が「リリーのところの子だね。いつも彼女にはドレスを用意してもらって助かっているよ」と挨拶される。
「オレはエディ・アルダン。素人でも3日で仕上げるよ!」
すっと手を取られて手の甲にキスをされる。「アキラです」と名乗るのが精いっぱいだった。テンション高いなー……。
「アキラか。よろしくね! シャーロット、今日も素敵だね、今夜ご飯どう」
エディは男女関係ないようだ。
「オレ彼女いるから無理」
「つれないなあ」
「アキラ、お前も。踊れるようにならねーと」
ダンスは町のお祭りでも、貴族のパーティーでも、誰でも踊れるのが普通らしい。
そういった場で相手を探し、結ばれるというのがこの世界の男女の在り方のようだ。
貧しい村娘でも、人の伝手で自分より身分の違う相手と出会うこともできる。それにはまず、人目を引くようなダンスの技術が求められる。
壁の花では、誰の目を奪うことはできない。
レッスン場はほかにもたくさん生徒がいて、おのおのぎこちなく踊っている。
エディが、「シャーロットがいるならいいよね」と行ってしまった。他の生徒たちのステップや姿勢を細かく指導している。
「簡単なステップからやるぞ。ゾーラは次な」
シャーロットに教えてもらい、リードしてもらう。
すごい、自分じゃなにもしてないのに、合わせてるだけで踊れる……。
「シャルルロア城で踊るんだから、基本だけでも押さえとけよ」
「リリー様も……、僕と踊ってくれるでしょうか」
「誘えば踊ってくれるだろ。じゃあリードできるようにならねーとな」
初日ということで、少し踊っただけでゾーラと交代する。彼女は、経験者なのか、シャーロットと華麗にワルツを踊っている。
しばらく休んでいたら、エディが水を持ってきてくれた。
「アキラっていったっけ、君は、今日が初めてだよね? リリーの店のバイトかい」
「そうです」
「彼女忙しいからね。店しながらダンス通って剣術道場通って、ほんとたいしたもんだよ」
「剣術道場?」
「ああ。友達なんだ」
「剣術道場に通ってるのは知りませんでした」
「そうなんだー。忙しいのかもね。最初、うちの教室に来たころは、店も持ってなかったんだけど」
レッスンに通っていたが、ある日、ダンス教室の生徒たちに服を売り始めた。
最初は日に1枚2枚程度しか売れなかったが、ある日、ワンピースを買った生徒が、『リリーの服を着てるともてる』
と言い始めた。それから、リリーがレッスンに来るたびに、ドレスも売れ、口コミが広がった。
半年も経つと、リリーのドレスを目当てに、教室の顧客は3倍に膨れ上がった。
「もちろん、ダンスのレッスンを受けているから、みんなスタイルが良くなるのもあるし、踊れるようになるから自信がつくのよって、リリーはうちの教室の評判を高めてくれたんだ」
「ここで服売ってたんですか」
「ああ。レッスンが終わった後にね。このシャルルロアで、15歳くらいの娘っ子が、1年足らずで店を出した。あの子は商売が上手だよ。ちょっと異常なくらいにね」
リリーは隣国の田舎から出てきたと話していた。15かそこらの女の子一人で店を立ち上げたのか。
「あの子のドレスは、着てると急にもてるようになるって評判だ。まるで、魔法でもかかってるみたいに」
エディもまた、『魔法』を感じている。
リリーは魔法使いというのを隠しているんだろうか。
この国には、魔法使いや魔女の類は、いないのだろうか?
「リリーは賢いよ、服があんまり売れなくなったころに、シャーロットを連れてきてな。彼、かっこいいよねえー」
「……え、ええ」
ガチの人かな。
「この国だと珍しい黒髪で、エキゾチックな雰囲気というか……。しなやかに踊るんだよなあ……。美形の店員に服売らせるとか、リリーは賢いよ」
シャーロットはもてるんだな。優しいし。背が高いし。
「彼がうちの教室に通うようになって、女性の生徒さんがどーんと増えてね。うちは大助かりさ」
「そうですか……。確かに」
シャーロットと踊るゾーラは楽しそうだ。
ゾーラが休憩している間も、すぐに別の女性に声をかけられていた。
ダンス教室の講師も褒めるほど、シャーロットは上手らしい。
「あのゾーラって子、わかりやすいね。ふふっ」
「……そうか」
そうだったのか。
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レッスン後、リリーが迎えに来た。シャーロットとゾーラを先に帰らせて市場に立ち寄る。りんごを買ってもらい、今日のレッスンの様子を伝えた。
「ゾーラに素敵な彼氏ができるといいわね」
「リリー様……」
どうしてわからないんだ。しゃがんでもらい耳打ちする。
「……ゾーラは、シャーロットが好きなんですよ」
「な、なんですって」
「どうしてあの子が、いつもうちの店を見ていたかわかりました。家庭の事情ももちろんあるんでしょうが」
「……それは困ったわ。シャーロット、彼女いるのよ。それに、長くは生きられない」
「え……」
その話は聞いてない。
「種族の違いだから、私たちにはどうしようもない」
「話してあげた方がいいんじゃないですか」
「どうして」
「どうしてって」
「ねえ、なんか勘違いしてない?」
長いピンク色の髪が風に揺れる。
「君は私に優しいお姉さんの役を期待してるみたいだけど、誰にでも優しくしてやる義理はないのよ」
「じゃあ、シャルルロアの城に入り込むだけに、ゾーラを使うんですか」
「ええ。子供を利用するのが悪いというなら、私に使われている君はどうなるの」
「……」
「交換条件で、ゾーラを家においてあげてるのよ。無条件で家出娘を置いてあげる義理はない。君はどうしたら納得するの」
どうしたら。確かに。
「シャーロットには可愛い彼女がいるって話して諦めてもらう? わざわざ傷つけて家に帰すのが、親切かしら。それにその子は私の親友なの」
「……」
「前も話したと思うけど、私たちは、仕事を終えたら、国に帰るのよ。あまり仲良くなったら、可哀想なのはゾーラよ」
「リリー様。人を探してるって聞きました。あなたが探している人は」
「君に話す義理はないわ」
「城にいる確証はあるんですか」
「確率は高いわ。詳しいことは話せないの」
「どうしてですか」
すっと、彼女の手が風を切った。
目の前にナイフがある。
アメジストの指輪が、ナイフに変化している。
切られた僕の前髪が、風に、流れた。
「君が戦士じゃないからよ。使い物にならないから」
「使い物……」
「巻き込みたくないから、とか優しく言ってあげた方が良かったかしら」
心臓が、握りつぶされたみたいに、痛んだ。いや、黙るな。この程度で傷つかない。
頭を使え。
「強くなったら……、話してくれるんですか」
「君になにができるっていうの。絵が描けるのと、女の子に変身するぐらいしかできないじゃない」
「そうですけど」
「シャルルロア城に出入りできるようになるまで、協力してってお願いはしたわ。私はそれ以上のことは望んでいない」
リリーの態度は、コインの表と裏のように、コロコロと変わる。
実際、変わっているわけではなくて、温かさも冷たさも、どちらも共存しているんだろう。
使い物にならないから? そのくらいで泣かない。
元いた世界では、まわりの大人たちに、いいようにされていた。
このままでは終われない。
変わりたい。
そう思わせてくれたのは、目の前の美しい人。恐ろしい魔女でも構わない。
「リリー様、お願いがあります」
新キャラ・エディはダンス教室の講師。イケメン好き。




