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【完結】へなちょこリリーの大戦争 ~暁の魔女と異界の絵師~  作者: 水樹みねあ
第三章 アキラとシャルルロアの住民たち~そばかすゾーラと人形師セティス and more!
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第17話 普通ってなに?

 翌朝、僕は自分のベッドで目を覚ました。リリーの部屋をのぞくと、彼女はゾーラの枕元で寝ていた。

 ねっとりと浮いていた汗もひいている。ゾーラの熱は下がったようだ。

「リリー様、起きてください」

「……はっ」

「おはようございます。椅子で寝るのは疲れますから、僕の部屋のベッドで少しおやすみになってください」

「あー……、ありがとう、そうするわ」

「ゾーラの熱も下がったようですから、このまま寝かせておきましょう」

「じゃあ私はもう少し寝るから、市場でケモケモ花ティーとたんぽぽの根を買ってきてちょうだい」

「根っこですか」


 風邪に効く薬草らしい。

 市場でふたつを買ってきて、ついでに朝食とも昼食ともつかない時間だが、サンドイッチを作った。

 昼過ぎに起きだして、リリーはサンドイッチを平らげた。

 食べ終わると、戸棚から古いパンを取り出し、チーズおろしで削り始めた。鍋で牛乳を温め、その中にいま削ったパンを投入して軽く煮る。

 その間に、乾燥させてあるたんぽぽの根もすりおろして粉末状にすると、煎じてお茶にする。たんぽぽコーヒーというやつだろう。

 庭からたんぽぽの葉を何枚かちぎって、洗う。オリーブオイルと塩をかけて、簡単にサラダをつくった。

 料理できたんですね。


 ゾーラを起こし、パン粥を食べさせる。

「少しでいいから食べなさい」

「……」

 倒れてしまった手前、まずいと文句も言えず、ゾーラはもくもくとパン粥を食べている。

「風邪薬みたいなもんだから、まずくても飲みなさい」

「ぐえ……」 

 たんぽぽコーヒーは不評だった。

 食事がとれるようなら大丈夫だろう。


「ラングリッドっていったわね。貴族のお嬢様じゃないの。家に帰ったら」

「……帰りたくない」

「どうして」

「……」

 まずいたんぽぽコーヒーを、我慢して飲み込んでいる。


「話してみたら。私の気が変わるかもよ」

「……新しく、母親がきたの」


 父親の再婚で新しい母親と暮らしていると、ゾーラがぽつぽつと話し始めた。


「父が再婚したんだけど……。優しい人なの。でも無理」

「なんで」

「私には私の母がいたのに。新しい人をお母さんだなんて呼べない」

 年頃の娘としては、家に、別の女が入ってくるのも嫌なのだろう。

 僕の家もそうだった。

 しょっちゅう、母の彼氏は変わっていた。殴られたり、母には内緒で体を触られたことも何度もある。

「よくあることですよ」

「お母さんと呼んでって、無言でも伝わってくるのよ。忘れるなんてできない。最近はかまい過ぎてもう話もしたくないの」


 いじわるされるよりはマシなようだが、その新しい母親も懐かせようと必死になっているのだろう。

 その態度が余計にゾーラをいら立たせているようだ。

 新しい彼女の母親にも、理想の家庭像があるのだろう。

 うちみたいに、あいまいな暮らしをしているよりいいんじゃないかな。昨日、リリーに母の話をしたせいか、思い出すだけで胸が苦しくなるようなことはなくなった。

 たぶん愛されていたんだよね。僕は。

「忘れることないじゃない。あなたのお母さんは死んだってお母さんだもの」

 まずそうな、というより、薄そうなたんぽぽコーヒーのあまりを、リリーがカップに注いだ。

「私は母親の顔を知らない。生んですぐ死んだから。お母さんが二人いるなんて羨ましいよ」


 その話は、初めて聞いた。お祖母さんの話は聴いたけど。


「会えなくても遠くても、親は親よ。産んでくれたお母さんは、あなたの幸せを願ってると思うわよ。あなたの幸せは、見ず知らずの店に転がり込んで、経験もない仕事で苦労することなの?」

「……」

「私だったら働きたくないけどね。素敵な人を探して、結婚して家を出たいかな」

 それがリリーの望みなのかな。

「彼氏作って結婚したらいい。別の人と関われば、気にならなくなる。今の悩みがいつまでも続くなんてことは絶対ない」

 

 一見、非常に前向きな提案だ。

 ただ、ゾーラはイマイチ……ではないが、とりたてて美人でもない。

 肌が白いせいか、頬のそばかすが目立っている。

「修道院に入れるって話していたの」

「……あら」

「家を出たい。遠くに行きたい。ここではないどこかへ」

「じゃあ修道院でいいんじゃないの」

 待て待て待て。どうしてそう結論を急ぐんだ。

「リリー様、修道院ですよ、どうしてそんなことを言うんですか」

「家を出たいっていう望みは叶うじゃない」

「そういうことじゃありません。親に捨てられそうになってるんですよ」

「家を出たい娘と、言うことをきかない娘を修道院に預けたい親の希望は一致してるじゃない。親元を離れるってことは、なにもかも自分でしなきゃいけない。できるの」

「……」

「仮に修道院はやめるとして、お金はあるの。住むところは。そもそも働いたことはあるの」

「ない」

「……ないかー。わからなくはないのよ。私も、田舎にいた時は、早く田舎を出たいと思ってた」


 自分の部屋から見る四角い空がすべてだと思っていたとリリーは笑った。

「私の両親は早くに死んだ。私には相談できる親友がいてくれた。ゾーラ、あなたはどうかしら」

 相談できる人はいるのか。

「ま、相談できる人がいたら、家出なんかしないか。シャーロット!」


 廊下から「へーい」と返事をしつつ、シャーロットが部屋に入ってきた。

「えっ、かっこいい……」

 手紙を書き、アルベルタの家に届けるよう申し付ける。

「とりあえずゾーラ、あなたは寝てなさい」

 僕は食器を下げて、店番を頼まれた。


 午後になると、身支度を整えて、リリーとともにアルベルタの屋敷を訪ねた。

 ラングリッド家のお嬢様が店に転がりこんできたと話すと、「ラングリット夫人なら知ってる」と即座に彼女は答えた。

 紅茶とケーキが運ばれてくる。

 家に帰したいとリリーが言うと、アルベルタは、帰すのは簡単だけど、ひとつ提案があると言い出した。

 

「ゾーラはたしかまだ宮廷へ上がったことはないと思うのよね。リリーがドレスを用意してあげて、宮廷舞踏会へ一緒についていけばいいわ。シャルルロアの宮廷へ行きたかったんでしょう」

「……!」

 リリーがフォークを刺していたケーキをひっくり返した。


「リリーが人を探しているのは聞いてる。そのためにシャルルロアへ来たんでしょう。チャンスよ」

「そうね。確かに……」

「舞踏会の間は、アキラが相手をしてたらいいわ。リリーが一人いなくなったって、誰も気づかないわよ」


 彼女が探している誰かは、城の中に囚われているような身分なのだろうか……。

 友人にも正体を明かさない人物。

 貴族、もしくは王族か。

「アルベルタさん、家出した女の子を利用するなんて」

「断られたら家に帰せはいいじゃない。なにも他人の家庭の事情に、首を突っ込む必要はないのだから」 


 でも親御さんが心配しているだろうから、屋敷に案内してあげると、彼女はメイドを呼び、馬車を用意させた。


「ねえリリー」

「なにかしら」

「面倒見がいいのは知ってるけど。お仕事があるなら、なんでも一人で抱えなくていいのよ」

「だから、あなたに相談に来たんじゃない」

「そうだけど……」

「ゾーラの母親は、義理の娘と仲良くしたいみたいなんだけど、反抗期だし、素直に家に帰れないのよ。私は、たとえ義理でも、親子なら仲良くしてほしい」

「……それなら、なにか、ゾーラの好物やお気に入りの服を届けてもらうといいわ」

「届けてもらう?」

「親から届けてもらうのが大事なのよ。ゾーラは、親から愛されてないと思ってるんでしょう?」


----


 僕たちはラングリッド邸を訪ね、ゾーラの義理の母を呼んでもらった。

「あら、あなたは……。アルベルタさん……」

「お久しぶりです、ラングリッド夫人。顔色がすぐれないようですけど」


 ラングリッド夫人は、ふわふわの金髪をひとつにまとめ、細身のグレーのワンピースを着ている。しかし年は若い。リリーやアルベルタより少し上くらいだろう。

 確かに、あんまり年が近い母親だと、反発したくもなるだろうな。しかも落ち着いた穏やかそうな女性だ。嫌味な女なら、文句も言えるが、これは……ケンカしづらいタイプ。

「ええ……。そちらは?」

「紹介します、こちらはリリー・ロック。最近街で評判の仕立屋ですのよ」

「はじめまして」

 リリーは、ゾーラが店に転がり込んできたことと、風邪をひいて寝込んでいることを話し、とりあえずの着替えと何か好きな食べ物を届けてくれるように頼んだ。

「お店にご厄介をかけているなんて……。申し訳ございません。すぐに連れ戻しますから」

「無理やり連れ帰っても、家出を繰り返すだけです。ただの反抗期ですから、安心してください」とアルベルタ。

「あの子は、私と話したくないんでしょう。難しい年ごろですから」


 ひたすら頭を下げる夫人の様子は、心底義理の娘を心配しているように見える。

 すぐに荷物を届けさせると夫人は約束してくれた。店の場所を伝え、僕たちは引き上げた。


「来てくれるかしら」

「来るわよ。絶対」

「どうしてわかるの」

「……リリーは、どうしてわからないの?」

 馬車に揺られながら、アルベルタは眉間に皺を寄せた。

「あの母親の態度を見ればわかるわ。娘が帰ってこないから心配してたじゃない。顔がやつれきってた」

「そう……?」

「そうよ。ゾーラだって、迎えにきてくれるのを信じてるのよ」


 僕とリリーは顔を見合わせた。

 アルベルタはため息をつき、「とにかく、大丈夫だから、心配しなくていいから」とリリーの肩を叩いた。


「こんなこと言うの、恥ずかしいけど。リリーが思ってるより、世界はずっと優しいよ」

「私にはわからないの。普通っていうのが」


 人と同じことをするのが苦手で、学校ではいつも浮いていた。

 みんなが簡単にできることが私にはできない。そのせいで、頑張っても人並みになれない悪循環。

 合わせても合わせなくても、結局『普通』と呼ばれる範疇から少しでもはみ出ると、拒絶される。

 

「私は人との距離の取り方がわからなかったから。ラングリッド夫人が、本当に心配しているのかも、……ゾーラとどう接していいか、正直よくわからない。どう優しくするのが普通なの?」


 僕は、リリーが少し人と接するのが下手だとは気づいていたが、思っていた以上に重症だ。


「ねえリリー。私は、リリーが親切な子だと思ってる。いきなり距離を縮めようとしなくていいのよ。そのままのリリーで接すればいい」

「……」

「アキラもシャーロットもいるんだし。壁を作らなくてもいいし、むりに壁を壊そうとしなくてもいいのよ」

  

 リリーはわかったようなわかってないような、あいまいな笑顔で返した。

 僕とアルベルタと、リリーの間にある壁を、いつか壊せる日が来るんだろうか。

 馬車で自宅まで送ると、アルベルタは帰っていった。

「お腹空いたね。なんか食べようか」

「……はい」

「アキラは何が好きなの。あんまり興味ないけど」

 正直なのはいいことですけどね。 

 醤油ラーメン食べたいな。この世界にはないか。

「パスタがいいです」

「よしきた。ゾーラには……なにかお菓子を買ってあげましょう。晩御飯デートね」


 『世界はずっと優しいよ』と、自然に出たアルベルタの言葉を、僕は信じたいんだ。

 きっとそれはリリーも同じ。なにげなく手を繋いでくれる彼女の横顔を見ればわかる。 

 家に残したシャーロットとゾーラには悪いけど、少しぐらいはこの世界を楽しんでもいいでしょう?

母親に対する反抗期は早めに済ませた方がいい。


誤字直しました。2025/07/13 

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