第16話 冒険者と暴力者と。
元カレとの思い出はすべてが輝いてみえる、まあ幻想なんだけど。
風邪をひいたのだろう、ゾーラは高熱を出して寝込んでしまった。
「どうして君が拾ってきた子を、私が面倒みないといけないのよ」
ブツブツ言いながらも、リリーは着替えをさせて、ゾーラをベッドに寝かせた。ゾーラの額に浮いた汗をこまめに拭いてあげている。
そんな様子を見ていると、僕には、リリーが恐ろしい魔女だとは、どうしても思えない。
暖炉に薪をくべていると、シャーロットが毛布を持ってきた。
「なんでお前はよけいなことをすんだよ」
「雨の中突っ立ってたら放っておけません」
「しょうがねえ奴だ。お前も風邪をひくなよ」
僕が看病しますと申し出たが、二人でいてもすることはないとリリーは手を振った。
ベッドの横に座ってみると、確かにすることがない。
「お節介ね、君は。黒百合の女神と気が合うんじゃないかしら」
「え、黒百合の女神とですか」
「ええ。彼女は、昔、私の祖母が拾ってきたの」
昔話をしてあげるわねと、リリーは毛布を膝にかけた。
「私の地元は、隣の国のラウネルというところ。四方を森に囲まれた小さい国の、これまた小さい村」
「アメジストが名産なんですよね」
「ええ。地下には大量のアメジストが眠っているわ。私の祖母は……私と違って美人で賢くて、たいそう気の強いトレジャーハンターだった」
ほほう。
ワイルドな祖母だな。
「ある日、祖母はたいそう美形の彼氏ができてね」
「……見たことあるんですか。そんなイケメンって」
「イケメンってなに」
「ええと……、イケてるメンズ、要するに美形って意味です」
「なるほど。うん。どちゃくそイケメンだった」
どちゃくそ。何語??
「二人は普通の宝さがしに飽きて、図書館の本にあるような神話の神々を探し始めた」
「……」
「私の祖母は一回死にかけたけど、黒百合の女神を見つけた。まあ、そのあと、仲違いして女神は封印されたんだけどね」
「えっ、女神を封印したんですか。何者ですかお祖母さん」
「そんなことはどうでもいいのよ。その後、縁があって私は黒百合の女神と仲良くなったんだけど……。お節介なところは、君と彼女はよく似ているわ」
神様がそのへんに眠っているような世界なのだろうか。
よく考えてみれば、日本はいたるところに神社があるし、この世界にはこの世界のお花の神がいると思えば、あまり違いはないのかもしれない。
神と人が近い世界なのだろう。
「4年前の話なんだけどね。森の中ですごいイケメンと出会ったの」
「へえ」
「13歳くらいってさあ、死ぬほど彼氏が欲しいお年頃じゃない。私、その頃学校行ってなくてヒマだったから、惚れ薬を友達と作って、飲ませようと思ってね」
引きこもりなのにアグレッシブですね。
「そんなもの作れるものなんですか。詳しい材料教えてください」
「学校の図書館にレシピがあったの」
「何教えてるの、その学校」
「そんなことはどうでもいいのよ。で、惚れ薬はうまいことできて」
「できたんだ? ……ああ、山持ってた彼氏ですか」
「そうその人。でも、彼とは一緒にいられなくてね」
「どうして」
「惚れ薬を飲ませるとこまでは成功したんだけどね。13歳で家族とか地元を捨てて、一緒になる勇気は、私にはなかった」
あの時、駆け落ちしてたら、アキラとこうして話していることもなかったのね、とリリーは暖炉の炎を見つめた。
13歳の子供に駆け落ちをさせるような男のどこがいいんだろう。
「どこが良かったんですか」
「え。顔良くて優しくて城と山持ってたら、完璧じゃない?」
「うっ」
「銀髪でアメジストの瞳を持った、月の光の化身みたいな人だった」
やっぱり顔かよ。
残酷な現実。
その美形の彼はいまはどうしてるんだろう。どうでもいいか。
しかし、リリーの家族の話や昔の話が聞けたのは、ありがたい。彼女はあまり自分のことを話そうとしないから。
「君のお母さんはどんな人?」
「僕の母親は……どうしようもない人で……」
話を振られると思った。僕は思い切りしかめ面をして、話すほどのことでもないと首を振った。
会いたいよ、少しだけでいい。
ずっと一緒にいると、僕が壊れてしまうから。
「仕事は何をしている人なの」
「いろいろです。介護とか……」
何個前の仕事かな、介護は。すぐ仕事辞めて、点々としてるから。
うまく思い出せないな。
「介護って」
「僕の母親の場合はですけど。お年寄りが一か所で暮らしている施設があるんですけど、そこのお手伝いをしています。年をとると、記憶力が……、物忘れがひどくなったり、食事がうまくとれなくなってしまうから、その、そばについてお手伝いをするんです。おしっことか」
「他人の」
「そうです他人の世話です」
ベッドのシーツを替えて、食事の世話をして、風呂やトイレの面倒を見て、夜中に歩き回るひとがいたら、部屋に連れて帰って落ち着かせる。
「メイドさん的なものなのかしら」
「部屋の掃除や、お風呂の手伝いもしますから……まあ、遠くはないですね。でもそれは、母が元気な時だけで、ちょっと、母は、働くのが苦手なんです」
「わかるわかる、私もよ。朝起きれないし」
「でもリリー様は、服売ってるじゃないですか」
母は。すぐ酒を飲んで、死のうとする。死ぬふりと言った方が正しい。
「……母は、わざと車に飛び出して」
「車ってなに?」
「馬車みたいなものです。……わざと怪我を……。それで他人から金をとるんです」
「……アキラ?」
「ははっ……、ヤクザみたいですよね、そんなことしてもらわなくても……。そこまでして育ててもらわなくても! 死ねって言われ、たら、僕は……いつでも」
母さんが望むなら、死ぬのに。
僕がいない方が幸せならそう言ってくれればいいのに、いなくなろうとすると、泣き喚く。
どうしろっていうんだよ。
「アキラ」
しまった。
人に聞かせるような話じゃなかった。
こんなの僕らしくない。また呆れられる。
「……申し訳ございません、リリー様にこんな話を聞かせてしまって。僕の母はクズなんです」
「アキラ」
僕の話なんて、誰も。
誰も聞いてくれない。
話すべきじゃなかった。
「すみません、リリー様」
「アキラ。泣いていいのよ」
「泣いてません」
「泣いてる」
座りなさいと、手を引っ張られた。
床に体育座りになったリリーの隣に、僕も座り込む。
「昔の私だったら、めんどくさそうな話は聞かなかったと思う。でもね、私の友達なら、きっと、最後まで聴いてくれた」
「めんどくさい話をしてすみません」
「アキラが怒鳴ったり泣いたりした顔は初めて見たわ。君はいつも冷静だったから」
ぽんぽんと頭を叩かれる。
我慢していた涙が、頬を伝う。
「君のお母さんは、ちょっと心が疲れているのね。最初はまともに働いていた」
「そうです」
「悪い人じゃないと君は思いたい」
「そうです、そうなんです」
「育ててくれたから。君は、お金が不正な手段で手にしたものだと、もう理解してるから、辛いのね」
「でもっ、母は、僕を生んでしまったから育てなきゃって」
「わかるわかる。うん、わかるよ。それはお母さんの立場の話よね。誰かに、相談したことは」
「あります。学校とか、市役所とか……。助けはくるんです。でも、母が嫌がって」
何度か保護されたこともある。1週間程度の短いものだったけど、いつも不安定な母親といるよりはゆっくり眠れた。
「僕と離れるのが、つらいって。可愛がるから、大切にしてるのにって泣きわめくんです」
「うん。わが子だもの」
「機嫌が悪い時は殴られたり、家から出してもらえなかったり」
「ほほう。学校は行ってたの」
「閉じ込められるのは毎日じゃありませんでしたから。むしろ学校の方が安全でした。でも、すぐ謝ってくれますから、いいんです。僕が我慢すれば」
「そういう時は病院には行くの?」
「はい、足が折れたりしましたから」
「普通、親の話をしている時に安全なんてなかなか言わないわ。逃げないと危険だと、内心、アキラはわかってた」
「……」
「アキラ、毎日の食事はどうしていたの? その様子だと、お母さん、金持ってたり持ってなかったりしたでしょう」
「夜に街中をうろうろしてたら、ご飯食べさせてくれる男の人は……。いくらでもいましたから……」
「……ご飯、ねえ」
学校行って、母の面倒を見て、アニメ見て、行く場所はなくて。夜の街だけがほっとできる場所だった。
夏休みを楽しみにしていたのに。
母のふるさとに連れて帰って、彼女をゆっくりさせてあげたかった。
親の前では殴らないだろうし。
「君がこの世界に来た時、君はすぐに受け入れて、私に着いてきたわ。どんな場所でも、現実よりマシだときっと思ったのね」
「……あなたが、優しかった、から」
この人となら、自分を取り戻せる。
「この人となら、取り戻せるって思ったんです」
「……」
勝手なことを言ってるとはわかってる。
「ごめんなさい。迷惑をかけたくないのに」
僕を大事にしてくれる人を困らせたくない。
「この程度のこと、迷惑のうちに入らないわ」
謝る必要はないとリリーは頭を撫でてくれた。
「アキラとお母さんの問題だから、すぐにはなんともできないけど。ここにいる間は私が守ってあげる」
「リリー様」
「ただし、軽々しく男と寝ちゃだめよ。わかった」
「……」
バレてる。
「返事は」
「はい。約束します」
「よしきた。話してくれてありがとう」
髪を撫でられると、自然に
「聞いてくれてありがとうございます。ずっと誰かに話したかった」と口をついて出た。
「……君も、アキラのお母さんも傷ついてる。でもそれはアキラのせいじゃないから、責任を感じなくていい。どうしたらいいか、考えましょう」
「……どうにもできません」
「今の君ではね。でも君の強さは、優しさだけじゃないはずよ」
背中を撫でられると、少し呼吸が楽になった。
「強さは変わるものなの。強さの基準はひとつじゃないの。いずれ、必ずわかるわ」
リリーは僕に向き合うと、僕の両肩を強く掴んだ。
「自分の魂を大切にしなさい」
彼女の金色の目に、暖炉の炎が反射している。
男と駆け落ちをしようとしていた13歳のころの彼女を僕は知らないけれど、きっと、どこかで、彼女は強さを手に入れたのだろう。
僕が持っていないもの。僕が欲しいもの。
元の世界に帰りたいけど、リリーと離れなければならない。
目的が果たされたら、ここを去らなければならない。
女神との約束だ。
美形でもないし、城も持ってない。
あなたに好きだと伝える勇気もない僕に、一体なにができるって言うんだろう。
壊れかけの母親を救えるとでも?
僕はどうすれば?
「魂を大切にするってどういうことですか」
「わかるまで考えなさい。こればっかりは、教えてあげることはできないの。解答例はいくらでも言えるけど、それがあなたにとって正解かどうかは、アキラにしか、わからないから」
「リリー様は、もうわかってるんですか」
「ええ」
「どうして……。どうして僕なんかに、真剣に向き合ってくれるんですか」
「子供だった私に真剣に向き合ってくれた人がいたから。私はその恩を決して忘れない」
きっと素敵な人だったんだろう。
くやしさが僕の涙を止めた。
「約束します。その時は、また僕の話を聞いてください」
よしきた、とリリーは僕をぎゅっと引き寄せた。
ぽふんと、あたたかい胸に受け止められて、僕は目を閉じた。
主人公アキラの過去と母親の話。やっとここまで来ましたぞ……
誤字直しました。
2025/07/12




