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【完結】へなちょこリリーの大戦争 ~暁の魔女と異界の絵師~  作者: 水樹みねあ
第三章 アキラとシャルルロアの住民たち~そばかすゾーラと人形師セティス and more!
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第16話 冒険者と暴力者と。

元カレとの思い出はすべてが輝いてみえる、まあ幻想なんだけど。


 風邪をひいたのだろう、ゾーラは高熱を出して寝込んでしまった。

「どうして君が拾ってきた子を、私が面倒みないといけないのよ」

 ブツブツ言いながらも、リリーは着替えをさせて、ゾーラをベッドに寝かせた。ゾーラの額に浮いた汗をこまめに拭いてあげている。

 そんな様子を見ていると、僕には、リリーが恐ろしい魔女だとは、どうしても思えない。

 暖炉に薪をくべていると、シャーロットが毛布を持ってきた。

「なんでお前はよけいなことをすんだよ」

「雨の中突っ立ってたら放っておけません」

「しょうがねえ奴だ。お前も風邪をひくなよ」


 僕が看病しますと申し出たが、二人でいてもすることはないとリリーは手を振った。

 ベッドの横に座ってみると、確かにすることがない。

「お節介ね、君は。黒百合の女神と気が合うんじゃないかしら」

「え、黒百合の女神とですか」

「ええ。彼女は、昔、私の祖母が拾ってきたの」

 昔話をしてあげるわねと、リリーは毛布を膝にかけた。


「私の地元は、隣の国のラウネルというところ。四方を森に囲まれた小さい国の、これまた小さい村」

「アメジストが名産なんですよね」

「ええ。地下には大量のアメジストが眠っているわ。私の祖母は……私と違って美人で賢くて、たいそう気の強いトレジャーハンターだった」


 ほほう。

 ワイルドな祖母だな。


「ある日、祖母はたいそう美形の彼氏ができてね」

「……見たことあるんですか。そんなイケメンって」

「イケメンってなに」

「ええと……、イケてるメンズ、要するに美形って意味です」

「なるほど。うん。どちゃくそイケメンだった」


 どちゃくそ。何語??


「二人は普通の宝さがしに飽きて、図書館の本にあるような神話の神々を探し始めた」

「……」

「私の祖母は一回死にかけたけど、黒百合の女神を見つけた。まあ、そのあと、仲違いして女神は封印されたんだけどね」

「えっ、女神を封印したんですか。何者ですかお祖母さん」

「そんなことはどうでもいいのよ。その後、縁があって私は黒百合の女神と仲良くなったんだけど……。お節介なところは、君と彼女はよく似ているわ」


 神様がそのへんに眠っているような世界なのだろうか。

 よく考えてみれば、日本はいたるところに神社があるし、この世界にはこの世界のお花の神がいると思えば、あまり違いはないのかもしれない。

 神と人が近い世界なのだろう。


「4年前の話なんだけどね。森の中ですごいイケメンと出会ったの」

「へえ」

「13歳くらいってさあ、死ぬほど彼氏が欲しいお年頃じゃない。私、その頃学校行ってなくてヒマだったから、惚れ薬を友達と作って、飲ませようと思ってね」


 引きこもりなのにアグレッシブですね。


「そんなもの作れるものなんですか。詳しい材料教えてください」

「学校の図書館にレシピがあったの」

「何教えてるの、その学校」

「そんなことはどうでもいいのよ。で、惚れ薬はうまいことできて」

「できたんだ? ……ああ、山持ってた彼氏ですか」

「そうその人。でも、彼とは一緒にいられなくてね」

「どうして」

「惚れ薬を飲ませるとこまでは成功したんだけどね。13歳で家族とか地元を捨てて、一緒になる勇気は、私にはなかった」

 あの時、駆け落ちしてたら、アキラとこうして話していることもなかったのね、とリリーは暖炉の炎を見つめた。

 13歳の子供に駆け落ちをさせるような男のどこがいいんだろう。


「どこが良かったんですか」

「え。顔良くて優しくて城と山持ってたら、完璧じゃない?」

「うっ」

「銀髪でアメジストの瞳を持った、月の光の化身みたいな人だった」


 やっぱり顔かよ。

 残酷な現実。

 その美形の彼はいまはどうしてるんだろう。どうでもいいか。

 しかし、リリーの家族の話や昔の話が聞けたのは、ありがたい。彼女はあまり自分のことを話そうとしないから。

「君のお母さんはどんな人?」

「僕の母親は……どうしようもない人で……」

 話を振られると思った。僕は思い切りしかめ面をして、話すほどのことでもないと首を振った。


 会いたいよ、少しだけでいい。

 ずっと一緒にいると、僕が壊れてしまうから。


「仕事は何をしている人なの」

「いろいろです。介護とか……」

 何個前の仕事かな、介護は。すぐ仕事辞めて、点々としてるから。

 うまく思い出せないな。

「介護って」

「僕の母親の場合はですけど。お年寄りが一か所で暮らしている施設があるんですけど、そこのお手伝いをしています。年をとると、記憶力が……、物忘れがひどくなったり、食事がうまくとれなくなってしまうから、その、そばについてお手伝いをするんです。おしっことか」

「他人の」

「そうです他人の世話です」

 ベッドのシーツを替えて、食事の世話をして、風呂やトイレの面倒を見て、夜中に歩き回るひとがいたら、部屋に連れて帰って落ち着かせる。


「メイドさん的なものなのかしら」

「部屋の掃除や、お風呂の手伝いもしますから……まあ、遠くはないですね。でもそれは、母が元気な時だけで、ちょっと、母は、働くのが苦手なんです」

「わかるわかる、私もよ。朝起きれないし」

「でもリリー様は、服売ってるじゃないですか」


 母は。すぐ酒を飲んで、死のうとする。死ぬふりと言った方が正しい。

「……母は、わざと車に飛び出して」

「車ってなに?」

「馬車みたいなものです。……わざと怪我を……。それで他人から金をとるんです」

「……アキラ?」

「ははっ……、ヤクザみたいですよね、そんなことしてもらわなくても……。そこまでして育ててもらわなくても! 死ねって言われ、たら、僕は……いつでも」

 母さんが望むなら、死ぬのに。

 僕がいない方が幸せならそう言ってくれればいいのに、いなくなろうとすると、泣き喚く。

 どうしろっていうんだよ。

「アキラ」


 しまった。

 人に聞かせるような話じゃなかった。

 こんなの僕らしくない。また呆れられる。


「……申し訳ございません、リリー様にこんな話を聞かせてしまって。僕の母はクズなんです」

「アキラ」

 僕の話なんて、誰も。


 誰も聞いてくれない。

 話すべきじゃなかった。


「すみません、リリー様」

「アキラ。泣いていいのよ」

「泣いてません」

「泣いてる」


 座りなさいと、手を引っ張られた。

 床に体育座りになったリリーの隣に、僕も座り込む。


「昔の私だったら、めんどくさそうな話は聞かなかったと思う。でもね、私の友達なら、きっと、最後まで聴いてくれた」

「めんどくさい話をしてすみません」

「アキラが怒鳴ったり泣いたりした顔は初めて見たわ。君はいつも冷静だったから」

 ぽんぽんと頭を叩かれる。

 我慢していた涙が、頬を伝う。


「君のお母さんは、ちょっと心が疲れているのね。最初はまともに働いていた」

「そうです」

「悪い人じゃないと君は思いたい」

「そうです、そうなんです」

「育ててくれたから。君は、お金が不正な手段で手にしたものだと、もう理解してるから、辛いのね」

「でもっ、母は、僕を生んでしまったから育てなきゃって」

「わかるわかる。うん、わかるよ。それはお母さんの立場の話よね。誰かに、相談したことは」

「あります。学校とか、市役所とか……。助けはくるんです。でも、母が嫌がって」


 何度か保護されたこともある。1週間程度の短いものだったけど、いつも不安定な母親といるよりはゆっくり眠れた。


「僕と離れるのが、つらいって。可愛がるから、大切にしてるのにって泣きわめくんです」

「うん。わが子だもの」

「機嫌が悪い時は殴られたり、家から出してもらえなかったり」

「ほほう。学校は行ってたの」

「閉じ込められるのは毎日じゃありませんでしたから。むしろ学校の方が安全でした。でも、すぐ謝ってくれますから、いいんです。僕が我慢すれば」

「そういう時は病院には行くの?」

「はい、足が折れたりしましたから」

「普通、親の話をしている時に安全なんてなかなか言わないわ。逃げないと危険だと、内心、アキラはわかってた」

「……」

「アキラ、毎日の食事はどうしていたの? その様子だと、お母さん、金持ってたり持ってなかったりしたでしょう」

「夜に街中をうろうろしてたら、ご飯食べさせてくれる男の人は……。いくらでもいましたから……」

「……ご飯、ねえ」

 学校行って、母の面倒を見て、アニメ見て、行く場所はなくて。夜の街だけがほっとできる場所だった。

 夏休みを楽しみにしていたのに。

 母のふるさとに連れて帰って、彼女をゆっくりさせてあげたかった。

 親の前では殴らないだろうし。


「君がこの世界に来た時、君はすぐに受け入れて、私に着いてきたわ。どんな場所でも、現実よりマシだときっと思ったのね」

「……あなたが、優しかった、から」


 この人となら、自分を取り戻せる。


「この人となら、取り戻せるって思ったんです」

「……」

 

 勝手なことを言ってるとはわかってる。

「ごめんなさい。迷惑をかけたくないのに」

 僕を大事にしてくれる人を困らせたくない。

「この程度のこと、迷惑のうちに入らないわ」


 謝る必要はないとリリーは頭を撫でてくれた。


「アキラとお母さんの問題だから、すぐにはなんともできないけど。ここにいる間は私が守ってあげる」

「リリー様」

「ただし、軽々しく男と寝ちゃだめよ。わかった」

「……」

 バレてる。

「返事は」

「はい。約束します」

「よしきた。話してくれてありがとう」


 髪を撫でられると、自然に

「聞いてくれてありがとうございます。ずっと誰かに話したかった」と口をついて出た。

「……君も、アキラのお母さんも傷ついてる。でもそれはアキラのせいじゃないから、責任を感じなくていい。どうしたらいいか、考えましょう」

「……どうにもできません」

「今の君ではね。でも君の強さは、優しさだけじゃないはずよ」


 背中を撫でられると、少し呼吸が楽になった。


「強さは変わるものなの。強さの基準はひとつじゃないの。いずれ、必ずわかるわ」


 リリーは僕に向き合うと、僕の両肩を強く掴んだ。


「自分の魂を大切にしなさい」


 彼女の金色の目に、暖炉の炎が反射している。

 男と駆け落ちをしようとしていた13歳のころの彼女を僕は知らないけれど、きっと、どこかで、彼女は強さを手に入れたのだろう。


 僕が持っていないもの。僕が欲しいもの。

 

 元の世界に帰りたいけど、リリーと離れなければならない。

 目的が果たされたら、ここを去らなければならない。

 女神との約束だ。

 美形でもないし、城も持ってない。

 あなたに好きだと伝える勇気もない僕に、一体なにができるって言うんだろう。


 壊れかけの母親を救えるとでも?

 僕はどうすれば?


「魂を大切にするってどういうことですか」

「わかるまで考えなさい。こればっかりは、教えてあげることはできないの。解答例はいくらでも言えるけど、それがあなたにとって正解かどうかは、アキラにしか、わからないから」

「リリー様は、もうわかってるんですか」

「ええ」

「どうして……。どうして僕なんかに、真剣に向き合ってくれるんですか」

「子供だった私に真剣に向き合ってくれた人がいたから。私はその恩を決して忘れない」 


 きっと素敵な人だったんだろう。

 くやしさが僕の涙を止めた。


「約束します。その時は、また僕の話を聞いてください」


 よしきた、とリリーは僕をぎゅっと引き寄せた。

 ぽふんと、あたたかい胸に受け止められて、僕は目を閉じた。


主人公アキラの過去と母親の話。やっとここまで来ましたぞ……


誤字直しました。

2025/07/12 

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