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第153話 夢物語 【完結】

153話、最終回です。

※誤字直しました。



 クラーラを城へ連れ戻し、身支度を整えてもらった。

 銀色の髪をツインテールにして、赤いドレスを着た彼女は、ガーネットに似ていた。うりふたつとはこのことだ。

 助けにきたリリーに、そもそも誰なのかと尋ねている。

「私はねクラウスの元婚約者なの」

「元?」

「事情があって解消したのよ」

「弟は私を探そうともせず、女作って勝手に王になろうとしてた……ってコト?」

 彼女の拳が震えている。そのとおりです、と逆らわずに答える。

「わかったわ。返答次第では私が処分します」

 ちょっと待って、判断が早過ぎないか。

「せっかく助けたんですから、どうか殺さないでいただけませんか」

「なぜ?」

「実の弟でしょう」

「それが? 姉を見捨てる弟を、生かしておく価値はない」


 六年後の世界で会った時の印象と変わらない。プライドが高く、高圧的なところは、クラウスにそっくりだ。

「忌み子と呼ばれて、森の教会に捨てられたわ。弟がいなければ、私は最初から王位継承者だった」


 もう、さっさと会わせたらと黒百合の女神がいうので、クラウスの寝室に連れて行く。

「クラウス王子、お姉さまをお連れしました」

「……姉様……。本物だろうな」

 目を見開いて、クラウスはベッドから体を起こした。 

「……姉の顔も見忘れたか」

「……いえ……。そんなことは」


 二年ぶりの再会のはずだが、全く嬉しそうじゃないな二人とも。苦労したのに。

「お前は、私を全く探さなかったそうね。女を作って王になって、私が怒らないと思ったか」

 素早くクラーラは壁から斧を取り、高く振り上げ、振り下ろした。激しい音とともに、ベッドの端が砕け散る。


「……姉様こそ……。お前こそ、私を置いて教会から出ていったではないか。なぜ私ばかり責める。迎えにきてくれなかったではないか、私が家族を作ろうとして何が悪い、ラウネル王国はシャルルロアに攻撃され、私は石の中に閉じ込められていた。その間、お前は何をしていた!!」


 ベッドから姉に飛びかかったクラウスが大声で喚く。

 胸ぐらを掴まれたクラーラが、その手で頭を殴り返した。


「シャルルロアの宝物庫に突っ込まれていたわ。石の中に閉じ込められて」

「……姉様もか?」

「コンラードが、私を森から連れ出した。宝石と一緒に宝箱に入れられた」

 

 クラウスを王位につけてから、シャルルロアと国交を回復するつもりだったのだろう。

 自国にいれば、双子というだけで殺されるところだったのだから。ひょっとしたら、二人の病弱な兄が、宰相に頼んだのかもしれない。二人の兄である前王が亡くなっているので、本当のところはわからないが。

 

「私達は別々のところに閉じ込められていたのね」

「……そのようです姉様」


「ですが、姉様の存在を消し、王になろうとしていたのに事実です。アキラが、助けると言ってくれなければ、会うことはなかったでしょう。殺されても文句は言えません」

「そうね。ならここで終わらせましょう。王位簒奪を狙った愚か者として死になさい」


 本気で殺すつもりらしい。

 僕の苦労を無駄にする気か。

「お待ち下さい。……クラウス王子。ガーネットに変身した僕を姉と呼びましたよね。お姉さんに会いたかったからですよね。本人に謝るのが先じゃないですか」


 必死で姉になってくれと頼んでいたクラウスの姿が蘇る。

 本当は、いなくなった姉を求めていたんだろう。年上のリリーを恋人にしたのも、お姉さんを心の底では求めていたから、だろう。

「会いたかったと伝えないと、憎まれたまま殺されますよ、イヤじゃないですか。クラーラ姫も、そんな殺す殺す言わないで」


 一度助けた相手の死に顔を見るのも嫌だ。


「命乞いをしなさい」

「……姉様」

「付き合ってた女にも去られ、一人きりで死にたいならかまわないけど」


 お前のお姉さんエグいな、と友達だったら言ってしまうところだっだ。


「……」

 謝って、ほら。死にたいのか。

 飛びかかられた時に落とした斧は、まだクラーラの足元に転がっている。


「母上と姉様がいなくなって寂しくて死にそうだった。なぜ私を一人にしたのかと。もうどこかで殺されていると思って、恨みを忘れようとした。探そうともしなかった。……すまなかった」

「……」

「もし哀れんでくれるのであれば……。もう一度、一緒に暮らしたい」

 長い長い沈黙のあと、クラウスは声を絞り出した。


「恥ずかしくないの」

「そこのアキラに剣の勝負でも負けている。かく恥も残っていない」

「……王になるのは私よ。他人を姉にしようとしないこと。勝手な真似をしたら、森に捨ててくるからね」


 仲直りしましょうと、クラーラは弟を抱き締めた。


--


 城を出て、黒百合の女神の移動魔法で、ランズエンドへ向かった。

 女神たちの母に謁見する。ブランシュを封じ込めた時、ヴィアベルや、ベリロス、カルコスも力を貸してくれたことを説明する。

 娘さんを返品します、と指輪からブランシュを解放した。ついでにガーネットも一緒に解放された。


「よく戻った娘よ」

「……母様、なぜ……」

「お前。妹たちの国に迷惑をかけたそうだな」

「友達を、助けてあげただけよ」

「妹たちは怒っている。ヴィアベルもティラリアも。なぜお前のわがままだけを許さねばならぬとな。しばらくは母と暮らせ」

「そんな! 私にはシャルルロアの民が」

「人間たちにまかせよ。もう、そうしてもいい時期だ」

 ポン、とブランシュはダイアモンドの指輪に変えられ、母親の指に収まった。

 神の力を失ったシャルルロアは、衰退していくだろう。あるいは、別の誰かが王になるだろう。


--


 リリーと黒百合の女神は、庭からりんごを取ってくると散歩に出た。

 黒百合の女神の夫・ローズルがお茶を入れてくれた。

「リリーと結婚するんですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます。ラウネルの村に戻って式を挙げるつもりです。リリー様の友達もいますから」

 ティーカップを置いて、頭を下げた。

「ここで魔女になって……。力を得たおかげで、クラウスを殺さずにすみました。ありがとうございます」

「強くなりましたね。言った通りだったでしょう。未来に期待するのも、悪い判断ではない、と。これから、どうするんですか?」

「リリーの生まれた村に戻って、一緒に暮らします」

 晴れわたる空の下で飲む、お茶は美味しかった。


「心配していたんですよ。以前、ここを訪れた時は、ひとりぼっちのような顔をしていましたから。しかし君は、仲間を作り、神を一柱、ランズエンドに送り返し国をひとつ滅ぼしたのです。なかなかできることではありません」

 片腕をなくした、そのへんの中学生だった僕が。国を滅ぼした。

 そして婚約者がいたリリーと、結婚する。

「リリー様は……。僕を恨んでないでしょうか……」

「なぜ?」

「クラウスと、別れさせたのは僕です」

「男同士の勝負の結果でしょう。本当に君のと結婚が無理なら、その場で断っていると思いますよ」

「……」

「君が選んだ結果です」

「……」

「自分の選択に自信を持ちなさい。問題があるなら、これから変えていけばいいのです」

「これから……」

「物事は変わっていきます。終わりが終わりのままとは限りません。またなにか始まるかもしれません」


 うん。何も間違ってなんかいない。

 問題が起きたら、また考えればいい。

「さあ、ラウネルの村に戻りましょう。妻と、あなたのリリーを呼んできてください」


 二人を探して歩いていると、玉座の間にいたガーネットが戻ってきた。

「なにを話してたの。今までは自分が変身していた姿に、話しかけるのは不思議な感じだね」

「ええ。でも、私から見たら、アキラは私を作った……お母さんよ」

「……まあ、描いたの僕だしね」

 そういえば、漫画家になりたかったんだ。

 ガーネットはまだイラストを描いただけで、物語は何も決まっていなかった。それなのに、彼女の姿を得て、僕は魔法が使えるようになった。消えてしまうのは、惜しいな。


「君がいたから、戦えた。ありがとう。君はこの大地の魔力で形を成している。黒百合の女神に頼んでおくよ。君はこの世界で生き続ける」

 色褪せない幻想は永遠になる。

「あなたは私を創った。私はあなたの心の中にしかいなかったのに、こうして、命を得た。……ありがとう。私はあなたよ」

「僕らは結末を書き換えた。君は僕の最高傑作だよ、ずっと、」

「ずっと一緒にいましょう。リリーとあなたのことは、私が守ってあげる」

「……ありがとう……」



 りんごの木の前で、二人を見つけた。

 果実を枝からもぎ取って、リリーは黒百合と話していた。

「あの子は私で良かったのかしら」

「良かったんじゃない? 日本に帰してあげたのに、戻ってきたのだから」

「あの子は絵を描いてるって、出会った時に話していたわ」

「この世界でも絵は描けるわよ」

「そうよね……。うん。ここでも夢は叶えられるわきっと。私のせいでこの世界に残ることなってしまったけれど」

 そういうわけじゃないけど。

 いつからかリリーのそばにいることに、必死になっていた。

「……アキラは。あの子はお前にしがみついているのではなくて。自分の命にしがみついている。人生を犠牲にしたのではない。お前はそれがわからないのか、バカ女」

「そのバカ女を見捨てなかった、あなたは優しい女神よ。……ティラリア」

 黒百合の女神が怒ってくれて、僕は笑ってしまった。

 なんでもいいよ、あなたといられれば。


 ラウネルの村へ戻り、結婚するとトレニアと、彼女の母に伝えた。

 お祝いの準備をしてくれることになり、ドレスとスーツを徹夜で作り、朝を迎えた。

 時間よと、白い百合のブーケを受け取る。庭の花で、トレニアが母と作ったと胸を張った。


 教会の控室で、リリーが着替えさせてくれた。

 扉を開けたらすぐ祭壇の前だから、楽でいい。

 花婿の白いスーツは、彼女が魔法と手縫いで仕上げたものだ。母さんに見せられないのが残念だが、仕方ない。

 シャルルロアで暮らしていた頃、リリーが買ってくれた小さい懐中時計で時間を見る。 

 あと15分で、僕はリリーのお婿さんになる。



「リリー様、僕を恨んでないですか」

「うん。全然」

 メイクをしながら、リリーは笑った。

「私の夢は王子様と結ばれることだったわ。お城で暮らすお姫様になりたかった。でも、彼、誘拐されちゃったでしょう」

「はい」

「クラウスを助けるの、諦めかけていたの。手がかりがなくて。そんな時に、君と出会った。……光が差したわ」

「……光、ですか」

「私の夢も叶うと思った。誰にも、願いを奪えないからね。君の気持ちを知っていながら、利用し続けた」

「……」

「婚約していたし、君を好きになってしまっても、どうしようもできなかった」

 と笑う。

「6年後に殺されると聞いて、天罰だなって思ったわ」

「あなたが死ぬのを見ました。目の前で斬られた」

「死体になった私を見ても、それでも、君は戻ってきてくれたんでしょう」

 なにもかも忘れて、元の世界で生きることもできたのに。

「君は私を選んだ。でも、私も、君を選んだの。断ることもできた」

 

 抱き締められて、ぽふん、とリリーの胸に収まる。

 僕らは、今日、新しい扉を開く。夢物語は、続いていく。


「私がお姫様になってあげる」







完結しました。読み終わりまして、もしYou Tubeが見れる環境でしたら、タッキー&翼の、夢物語を聴いてみてください。

5年間、お付き合いありがとうございました! 

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