第152話 宰相セティスと囚われの姫
アキラの魔力が爆発します。
街の中心、噴水のある広場に柱が立てられている。周囲には兵が配置されている。広場には住民たちが集まり、遠巻きに見守っている。
リリーは広場の反対側で待機してもらう。
クラーラ姫は柱に縛り付けられていた。
同じ顔の少女が磔になっているのは、気分が悪い。
その下に、立っているのは、セティスだ。
いつもの町人の格好ではなく、まるで、宰相のような……、漆黒の礼服を纏っている。
炎に照らされたその横顔は、以前より憔悴し、影が深い。
隣にはブランシュがいる。どういうことだろう。セティスはリリー・スワンの弟だが、女神に仕えていたわけではない。
彼は、僕の姿に気づき、振り向いた。
「……いるんだろう?」
「……セティス」
「君なら、忘れられた姫を助けに来ると思ったよ。アキラ」
黒いローブを翻して、セティスはゆっくりと近づいてくる。
「多くの神々の力を得た君に、人形師の僕は勝てないと思った。だから、ブランシュの力を得た。今の僕は、シャルルロア宰相セティスだ」
「お姉さんに代わって、ダイアモンドナイトの力を引き継いだってことか」
「ああ、そうだ」
セティスは剣を引き抜くと、
「君が、初恋だった。アキラ」
と笑った。
「好きな人がいる」
「知ってる。どんなに忘れようとしても、君を忘れられなかった」
セティスが片手を上げると、兵士たちが僕を取り囲んだ。
「アキラ、君が現れて全てが代わってしまった。僕の世界を変えた。一緒に来て欲しい。僕とくれば、王になれる。シャルルロアを全てあげよう。ラウネルも、リリー・ロックも全て捨てて、僕とおいで」
「……欲しいものは、自分で手に入れる」
ロッドを取り出し、ゴーレムを描く。石畳を割り、ゴーレムを呼び出す。光攻撃を一度に喰らわないように、鏡の盾を持たせた強化版だ。
「私は暁の魔女ガーネット。あなたのものにはならない」
更に自分自身に羽を描いた。自分の背中に巨大な天使の羽根が生えたのが、わかる。
「本当に変身してるんだね」
「……」
向こうの世界だと、魔女っ子が変身するのは珍しくもなんともないけどな。
「……君は天使だったのか」
黒いフードの下から、セティスの目が光った。
「この恋に止めを刺そう」
「ええ。止めを刺してあげる」
リリー・スワンもセティスも、執念深いところはそっくりだ。きれいに振ってあげないと、何度もシャルルロアとラウネルは戦うことになるだろう。
責任を取らなくてはならない。
セティスの右手に、ブランシュの指輪が光っている。あの指輪で吸い込まれたら、終わりだ。
ロッドで剣を描き、柄を握りしめる。
「行くぞ」
1メートル程度のゴーレムが六体。街の住民を巻き込まないように、小型にしたようだ。
「そんなものは効かないわ」
ふわりと羽根を広げて、上空から剣を振り下ろす。
瞬時にゴーレムが集合し、剣を弾き返した。ここまでは予想通り。
今こそ僕の出番。
「そこまでだセティス」
後ろから、ヴィアベルの槍を突き入れる。
「ぐっ……はぁ……!」
肉に刃物が入っていく感触がダイレクトに伝わる。
刺した僕の腕に、返り血がかかった。
「馬鹿な……!! ガーネット、君は、アキラが変身した姿じゃないのか」
「ええそうよ。でも、『今の』私は、アキラが描いたガーネット。一人で戦う必要なんてないもの」
一人を相手に戦っていると思っていただろう。
「変身しなくても、ガーネットを『描けば』そのまま動かせることに気づいた。僕の勝ちだ」
「ガーネットを……囮にしたのか」
「自分で描いた絵を囮に使って何が悪い」
ゴーレムたちを動かすのと同じこと。
「ガーネット、指輪を奪え」
命令通り、ガーネットが右腕を切り落とした。
「がっ……ァァァァァァァァァァ!」
切り落とした腕を拾い上げて、ブランシュの指輪を手に入れた。
あとは女神ただ一人。
「よくやったわ」
ポロン、と竜のハープが響く。気づかれないように待機していたリリーが、ハープをかき鳴らした。
その音色に操られ、兵士たちがブランシュに向かって走り出した。
「ダイアモンドナイト……、いや、女神ブランシュ、家に帰る時間よ」
兵士たちに押さえられたブランシュに、ガーネットが飛びかかり、羽交い締めにする。
「人間風情がッ、離しなさい!」
「終わらせるのよ」
ガーネットとブランシュを吸い込み、光が消えた。
女神を吸い込み、指輪はただのダイアモンドの指輪になった。セティスが出現させたゴーレムも消滅した。
「……勝った……」
あとは、ランズエンドの、女神の母へ返品すればいい。
「よくやったわアキラ」
リリーがぽん、頭を撫でてくれた。右手を失い、広場に転がっているセティスを声をかける。
「女神ブランシュは封印したわ。この国に女神の守りはもうない」
「リリー・ロック……。僕を殺すのか」
「別に殺しははないわ。女神の指輪を持たないあなたは、驚異でもなんでもない。お姉さんを連れて、どこへでも行けばいい」
出血がひどい。放っておいても死ぬだろう。
「……アキラ……」
「君と友達でいたかった」
「僕は……君を手に入れたかった。友達なんかじゃなく」
「残念だよセティス。君とは気が合わなかったんだね」
「アキラ、待ってくれ、行かないでくれ」
「殺さないのは、友達だったからだ。火山の地下で戦った時、君は僕に人殺しは似合わないと言ったね。……だから、殺さない」
地面に這いつくばるセティスが、残った左手を伸ばした。
「……さよならセティス」
死にたくなければそこをどけ、とゴーレムを出現させた。兵士と住民は女王の弟を助けようともせず、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
リリーとアカネが、縛られていたクラーラを助け出していた。
「一体、なにかどうなってるの」
「王女クラーラ、ラウネルまでお送りします。城についたらお話します」
物語は大詰め。
もう少しだけお付き合いください




