第151話 忘れられた姫
お別れをしなくとは、とリリーが言うので、クラウスの寝室へ向かった。
「リリー。結果は聞いたんだろう」
「ええ」
「……本当に、行ってしまうのかい。私を置いて」
「男と男の勝負に負けたのなら、どうしようもないわね」
「……ああ。その通りだ」
溢れそうになる涙を、クラウスはこらえていた。布団を力なく握りしめる両手が、なんとか立ち上がる気力を振り絞ろうとしているが、出てくるのはため息だけだった。
「アキラ。私を助けてくれたお前は、姉様ではなかった。その上、六年後に姉が私を殺しにくるのだろう。どちらにしろ、私は王の器ではなかったということか」
「恨みを買ったのはお互い様、これからクラーラ姫を探しに行く」
「……本当に?」
「ええ。ただしリリーも一緒に」
涙で濡れた目を僕に向けて、クラウスは尋ねた。
「姉様を……、探すというのか……? お前たちとは関係のないことだというのに」
「僕が未来を見てきたと、信じる信じないは勝手です。ですが、このまま放置すれば、クラーラ姫は殺しに来るでしょう」
「……行かないで、なんて言えないな……」
自分にはもうリリーをつなぐ術がないと、クラウスは解っている。そっぽを向いて、彼は
「もう行け」
と布団をかぶった。
窓から射した朝日から目をそらすように。
「ごめんね」
と言ったリリーの声は、きっと届いただろう。
「リリー様。行きましょう」
城の地下に向かい、宰相コンラードが入っている牢を開けた。
「コンラード、一族の者を解き放ちます。協力してください」
「……話を聞いてくれる気になりましたかな」
「ええ。クラーラ姫がどこにいるか教えてもらえますか」
手枷を外し、その場に座り込むとコンラードは話し始めた。
「シャルルロア城にいる、はずです」
「はず? 」
「この国は、双子は忌み嫌われます。そのため、クラウス王子とクラーラ姫は、森の中の教会に捨てられました。だが、クラウス王子の兄は体が弱く、死にかけていました。王子を連れ戻し、次期国王にと決まりましたが、クラーラ姫は殺されることに決まりました。なんの罪もないのに」
「それで逃したんですね」
「はい。もともと、母親はシャルルロアの貴族でしたから。石の中に閉じ込め、教会から連れ出しました。クラウス王子に説明している暇はありませんでした」
姉と弟の別れも、突然だったらしい。
「彼女はいまどこに」
「シャルルロア城の、宝物庫に」
クラーラは、ダイアモンドナイトを倒したことによって、石から出られたと言っていた。まだ城内にいるのだろうか。現在の状況もわからないだろうに。
……捕まっているんじゃないのか?
ガーネットと同じ顔をしているなら、リリー・スワンなり、セティスなり、見つけ次第殺すだろう。
「ちょっと待って下さい。ダイアモンドナイトが……、石の中に、人間を閉じ込められるのはわかります。この目で見ましたからね。なぜあなたがそんなことが出来るのですか」
「ダイアモンドナイト、もともとの名はブランシュは……、彼女は子供の姿をしているだろう。私の娘にそっくりでしてな」
「どういうことです」
「娘がいました。死んでしまったが……。絶望していたある日、ブランシュと出会った」
突然の死だった。そして突然の出会いだった。
『私はブランシュ。どうして私を呼んだの』
神様を呼んでいる声がしたから、来てあげたのよと、カラカラと笑う。
娘と同じ顔をした女神が、自分のもとに来てくれた。
友達にならなってあげると、彼女は笑った。
「会いたいと願えば、ブランシュはいつでも姿を見せてくれた。娘が帰ってきてくれたようで、嬉しかったよ」
人を助けたいと話したら、ブランシュの指輪をくれた。その指輪で、クラーラを石に閉じ込め、持ち出した。
そしてクラウスを王にするため、城へ連れて行った。
「シャルルロアの宝物庫に、石に入った状態でいれば、命だけは助かる。クラウスを王子を王位につけて、その上でシャルルロアと国交を回復するつもりでした」
「なるほど、よくわかりました。ひとついいですか。ブランシュの指輪は、女神や女王だけが使えるわけではないんですね。誰でも使えるんですね?」
「ああ、おそらく……」
その指輪を手に入れられれば、ブランシュを封印できないだろうか。
「その頃、ブランシュに頼まれたのです。リリー・ロックという娘を探せと。すぐに見つかったが、まさか王子の恋人とは」
リリー・ロックの所在を伝えた直後、クラウスが誘拐された。
「まさか、こんなことになるとは思わなかったんだ」
「あなたは、シャルルロアにいるリリー様には、なんの協力もしなかったですよね。クラウスに恨まれても当然でしょう」
「……死んだ娘と同じ顔をした、神に逆らえると思うかね」
所詮、王家に対する忠誠なんて、そんなものか。
他人だとわかっていても、人ですらないと解っていても、死んだ娘と同じ顔をしていたら、心がおかしくなる。
クラウスも、他人だと解っていた僕を、姉と呼んだ。同じ顔なら仕方ないか。
シャルルロアにいるとわかっているなら、今度はきっと探し出せる。人探しなら、巫女に頼るのが一番だ。
「アカネに会いに行きましょう」
黒百合の女神の力で、カルコスに転移する。アカネは、僕がもとの姿に戻っていることに驚いた。
「クラウスから、竜のハープを取り戻したんです。あと、報告なんですけど、リリーと結婚します」
「えっ、うん、おめでとう。良かったじゃない……じゃあ、なんの用?」
お茶と焼き菓子を出され、自分が六年後の世界を見てきたことと、その世界ではクラウスとリリーが殺されていたことを話した。
「クラーラ姫をもう一度探して欲しい」
「でも、気を辿れなかった。わからなかったじゃない」
「前にお願いした時は、範囲を絞ってなかったですから。彼女はシャルルロアにいます。現地に行ったら正確な場所、分かりますか」
「……シャルルロアと、ラウネルは揉めているでしょう。そんな国に行けっていうの?」
彼女の心配ももっともだ。クラウスを救出した際に、時間稼ぎのためとはいえ、城を攻撃している。
「アカネ、あなたを戦いに巻き込むようなことはしません。クラーラ姫を助けたい」
六年後の世界の説明をする。シャルルロアの軍を率いたクラーラに、リリーとクラウス、子どもたちは殺される。クラーラは弟が知らない間に即位し、知らない女と結婚したこと、自分の存在を無視したことを怒っている。
「……私でもそう思うだろうね」
アカネはうんうんと頷いた。
「僕が六年後の未来を見たことを信じてくれるんですか」
「当たり前よ。私たちは、もともと日本から来たのよ。タイムスリップでもタイムリープでも、信じるよ。私達には女神がついているんだから」
「……ありがとう」
「それにさ。アキラは、私とレッカを助けてくれたじゃない。命の恩人の話を、信じないわけないでしょ」
問題は、クラーラ姫が無事かどうかだ。
「僕たちがダイアモンドナイト……、ブランシュを倒したことで、石の中からはもう出ているはずです。しかし城内に知らない娘がいたら、捕まっているのでは」
「ガーネットにそっくりなんでしょう? リリー・スワンに捕まってるんじゃない? 急いだほうが」
「なら、牢屋かもしれません」
「特定できたわね」
私も行くわ、とアカネと一緒に、シャルルロアの城下町に転移する。
城壁があちこち壊れて、町民と兵士たちが修繕している。
「私の店に帰ってみようか」
とリリー。
誰もいないはずだが、煙突から煙が出ている。
玄関の鍵を開けると、ガタガタっと人が隠れる気配がした。
「誰かいるんですか?」
返事はないが、床に埃はなく、誰かが掃除したことがわかる。
「……ゾーラ?」
二階に呼びかけると、しばらくして足音が聞こえた。
「ゾーラ、いるんですか? 僕です、アキラです。リリー様もいます」
バタバタと降りてきたのは、やはりゾーラだ。
「……リリー!! それにアキラも……。じゃあ、広場で捕まっているのは」
「広場で?」
「ガーネットが処刑されるって……。でもアキラ、あなたがいるってことは、別人ってこと?」
ビンゴ、だ。
「僕が本物のガーネットです。間違いなく、捕まっているのはクラーラ姫だ、助けましょう!」
もう少しで完結です、最後までお付き合いいただければと思います!
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