第15話 そばかすゾーラ
今時はわわ~とか言うメイドっていないんだろうなと思いながら。
「メイドが欲しい? なめてんのかコラ」
「なめてません。メイドは憧れなんです」
リリーは家事があまり得意ではないので、食事の買い出しはシャーロットが、炊事掃除洗濯は僕がしている。それは構わないのだが、ただ、もう少し人手が欲しい。
できれば可憐で従順なメイドさん。年下がいい。
鶏の唐揚げをすっかり食べ終えて、シャーロットはすぐに出かけた。
「何もかも完璧にやらなくって、私は気にしないけど」
「そういう問題じゃありません。部屋はいいとしても、店舗は毎日掃除してください。お客様が来るんですから」
「なるほど、そうね、うんまったく、その通りね。君がメイド服着たらどうだろう」
「僕がメイドになっても意味ないんですよ」
「雇いたいってことは、お給金は君が払うってことよ」
「……うっ」
「お金がないならメイドは雇えないのよ。奴隷じゃないんだから」
「……そうですね……」
「奴隷なら市場に売ってるけど。買ってこようか」
「いや、結構です」
奴隷市場が普通にあるんだこの街。
結局、メイドを雇う話は流れてしまった。
リリーは、アルベルタに付き合ってダンスのレッスンや夜ごとのパーティーで忙しくしている。
家にいる時は、ドレスに刺繍を施したり、飾りのパーツを作ったりと手作業を黙々とこなしている。
店頭に飾ったサンプルのドレスと、同じ黒いドレスを縫った。
どうやって加工したのか、小さいアメジストをビーズのようにして縫いつけている。
「星空みたいでしょう」
二人でちくちくと針を使い、宝石を縫いとめていく。
完成すると、サンプルのドレスをトルソーから外し、完成品を展示した。
「『星空』にしましょう」
ある日、店番をしていると、毎日のように、『星空』を眺めてにくる女の子がいることに気づいた。
黒髪の、耳元で切りそろえたおかっぱ頭。
肌が白いせいで、そばかすが目立つ。
町民が着る木綿の服ではない、少し光沢のあるワンピースを着て、日傘をさしている。
貴族の娘だろうか。
「シャーロット、あの子、また来てます」
「そうだな。今日で5日目だな」
シャーロットは店番をしている間、お客さんに渡すノベルティのペンダントを作っている。もっとも、加工はリリーがしているので、パーツやチェーンをつけるだけの簡単なお仕事なのだが。
服を3枚買うと、ノベルティがもらえるが、ペンダントのデザインはランダムだ。
スペシャルレアはたまにしか出ない。
「実物を見てもらいますか」
「その必要はねーよ、子供じゃ、リリーのドレスは買えないからな。見たかったら向こうから来るだろ」
しばらく放っておいても、店に入ってくる様子はなかった。
翌日、材料の仕入れにリリーとシャーロットが出かけてしまった。店番をまかされた僕は、ノベルティ作りをしながら、窓の外を見ていた。
リリーのドレスを見に来るお嬢様や、町の娘たち。
通り過ぎる馬車や、旅の商人。野菜売りのお婆さん、兵士たち。
野菜や果物は、向こうから売りに来るので便利だ。
シャルルロアの街は、人も多いが旅人も多いようだ。
……また来た。
夕日が射す窓の向こうに、黒髪のおかっぱの女の子がいる。
まわりに同年代の少年たちもいる。指をさされて笑われているようだ。
いじめか?
ドアを少し開けてみていると、
「貧乏貴族のくせに」
「ブスのくせに」
などと言われて、彼女はぐっとこらえているようだ。
人前で女の子を馬鹿にするとはいただけない。異世界にもいじめはあるんだな。
……人間って、ほんとクズだ。
この街は、元いた世界よりマシだと思っていたのに。
僕は外へ出ると、
「うちの店の前でよってたかって女いじめて楽しいか」
と、いつの間にか帰宅したリリーが一人の少年の尻を蹴飛ばした。
……ショタコンかと思ってたのに。
「なんでウチの店の前で女いじめてるの? カスなの? 金がないなら私の店に近づくんじゃないわよ」
リリーに一喝され、女の子をからかっていた少年たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「お帰りなさいリリー様」
「ただいまアキラ」
何事もなかったかのように、リリーは玄関に入ろうとする。
「リリー様」
振り返って、おかっぱ頭に
「ウチは子供が来るような店じゃなくってよ。帰りなさい」
と声をかけた。
「……」
「聞こえなかったの」
「あの……、私をここで働かせてください!!」
家路を急ぐ人たちが溢れる石畳の上で、突然おかっぱ頭の少女が叫んだ。
「……はあ?」
働いたことなさそうな子が何言ってんのと、軽くリリーは手を振り、
「店員は雇ったばかりだからいらない。さあ帰ってちょうだい」
と断った。
「私、どうしてもリリー・ロックの店で働きたいんです!」
「え、嫌よ。なんなのこの子」
貧乏貴族と罵られていたからには、貴族なんだろう。
「……働くって、親御さんの許可は得ているのですか?」
「うっ……、そんなものはいらないわ」
「見たところ、まだ、働く必要はないように思います。お召し物も、そのへんの町民より、良いもののようですが」
「……そんなことはないわ。安物よ」
貴族の娘であれば、安物ってことはないだろうに。
「じゃー、あなた、裁縫できるの」
「……」
「刺繍は? 接客はしたことある? 荷物を抱えて配達したことは」
「したことないわ」
「じゃあ、店員としてはスキル不足ねえ。うちでは雇えないわ。お引き取りくださいな」
リリーがさっさと店に入ってしまったため、その子は外にぽつんと取り残された。
「何か事情があるのかもしれません」
「そうね。そうかもしれないわ。でも、接客できないんじゃ、雇っても仕方ないでしょう」
まったくその通りだ。
実際、雇ってもらいたいという割には、言葉遣いがなってなかった。
「あれで、店で働けると思う。無理でしょう」
「そうですね……。でも、僕より若いようにも見えます。そんな年頃の女の子が働きたいなんて」
「お金に困っているようには、私にはみえなかったわ」
僕にも見えませんでした。別のことで困っているのかもしれない。
「帰りたくない事情があるのでは」
「仮にあったとしても、私には関係ないことよ」
夕食を済ますと、雨が降ってきた。
秋の雨は冷たい。あのおかっぱ頭はちゃんと家に帰ったのだろうか。
余計なおせっかいかもしれないけど、放っておけない。リリーに断りをいれ、家の近所をぐるっと探してみた。
剣術道場1階の、コンビニっぽい店の軒先に、彼女はずぶ濡れで立っていた。
「風邪をひきますよ。よろしかったら傘を」
「……リリー・ロックの店の」
「店員です。自宅までお送りします」
「結構よ」
「そうですか。それでしたら、店にどうぞ」
彼女は、じっと僕を見て考え込んでいるようだった。冷たい秋空の下ではどんなに寒いか。
僕はその辛さを知ってる。
家に帰りたくない事情があるんだろう。
「僕はアキラといいます。お名前を伺ってもよろしいですか」
「……あたしは、ゾーラ。ゾーラ・ラングリッド」
「承りました。さあどうぞ、ついてきてください」
店に戻ると「お節介ね」とリリーが待っていた。ゾーラを暖炉の前に座らせる。濡れた体を拭くとようやくゾーラは「ありがとう。あの人にも」と頭を下げた。
「リリー様、ありがとうって言ってます。彼女はゾーラ」
「ふーん。家まで送らなかったのはどうして」
「断られたので」
「ふーん。まあ、服が渇いたら馬車を呼んであげるから。私は上にいるから。なにかあったら呼びなさ……」
リリーが言い終わる前に、ゾーラが座った椅子からひっくり返った。
「ちょっとぉ!?」
誤字直しました。2025/07/12




