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第143話 逆行



 リリーとクラウスが話しているのを尻目に、大広間を抜け出した。

 カインを連れ、誰もいない塔に駆け込む。


「カルコスの巫女殿は、クラーラの魂をたどれないと言ったのだな。死んでいるかわからない、ということか」

「そうです。死んでいれば、アカネは死者の魂を呼び出せます」

 たどれないものはわからない。わからないものを、生きているとは言えない。

 死んでいるとも言い切らなかった。わからないのだから。これ以上の協力は望めない。

「姉が死んでおれば、王族はクラウスだけだ。王位継承権はあの子にある」

 クラウスは、姉が死んでいるかはどうでも良かったのではないか。むしろ、死んでいる方が有利だ。

「お前がクラーラになりすまして結婚に反対すれば、止められるかもしれん。しかしリリーはお前が日向森アキラだと知っている。お前が女王になれば、リリーとは一緒にいられるが、結婚はできんぞ」

「……それは無理が……」

「そうだ。無理な話だ。結婚だけが幸せな結末かは別問題として。現実的な案は、クラウスからハープを取り戻し、男の姿に戻る。その上で、リリーと向こうの世界に帰る」

「リリーと?」

「花嫁を奪って逃げれば、クラウスはどうすることもできまい。黒百合の女神はリリーとお前に力を貸すかもしれないが、クラウスを助けることはあるまい。あの子は女神の力を使うことはできないだろう」


 心惹かれる提案だ。僕は別に、この国の王になりたいわけではない。ただ彼女といられればそれで良かった。

「クラーラ王女として弟を押さえつけて女王になるか、クラウスを置いて逃げるか。どっちにしろ、クラウスを倒さなければ、お前は元の姿に戻れない。だが、殺せば、リリーは逆賊のそしりを免れまい」

「王子を救った英雄から、逆賊になるのは可哀想」

「故郷を追われるなら、お前の元いた世界でも同じことだろう。だが、クラウスを生かしておけば、地の果てまで追ってくるだろう」

「……地の果てで返り討ちにするのも、ここで殺すのも同じことよ」

 覚悟を決めなくてはならない。助けてやった、もう充分だろう。


「私はガーネット。今更クラーラにはなれない」

「……クラーラは死んだことになる。王位継承者はクラウスで決まる。あの子の思い通りにな。それが目的だったのだ。たまたま似ているお前を利用した」

「……リリーをあんな子に渡せない」

 同じ顔をした王子様には退いてもらおう。

 リリーにもクラウスにも利用されるだけで、報われないのなら意味がない。


 塔の窓から、ラウネル王国の黒い森が広がっている。降り注ぐかのような星々は小さき者たちの悩みも知らないで瞬いている。神々の石で力を手に入れても、女の子ひとり、モノにできない。

「お前は、アキラか。ガーネットか」

「私はガーネットよ」

「ならば聞こう。お前はこの先どうしたい」

「私はアキラに幸せになって欲しい。この姿は幻のようなもの」

「アキラはリリーといたいと願っている。逃げるのも手だと思うがな」

「リリー様の気持ちは」

「本心は聞かねばわかるまい。お前に、その勇気があるか」

 そんな勇気も、愛も、どこにもない。リリーが欲しいのは私ではない。

「……聞かないわ。意味ないもの」

「友よ」


 カインが両手で頬を包み込んだ。


「泣いてないわ。もう泣くのも飽きた」

「聞け。お前とリリーは、私を友と呼んでくれた。お前には感謝している。死んだアイフィアにもう一度会うことができた。王家を存続させるために、私を水晶玉に閉じ込めた兄を恨んだが、それでも、今まで生きてきて良かったと思える。すべてはお前のおかげだ」

 カインは心残りだったアイフィアと再会した。一緒に逝くこともできたのに、この世界に留まってくれた。

「あなたは優しい王様ね」

「クラウスにもそうあって欲しかった。……リリーとクラウスだけであれば、私は何も気にしなかった。しかし力を尽くしたお前が報われないのは、あまりに不憫」

 ペチペチと頬を叩く両手は優しく、涙がこぼれそうになった。水晶玉に閉じ込められていた、可哀想な王様は、異国から来た僕を友と呼んでくれた。

「私もうリリー様を知らなかった頃には戻れないの。どうしたらいい」

「……どんな結末でも守ってやる。私はお前の味方だ」

 時間がない。彼女はあっという間にドレスを縫いあげ、指輪を用意するだろう。

 なんでも形を買えられる彼女は、そもそも物にはこだわらない。彼女の夢の終着点に、たどり着けないようにするには、どうしたらいい? 

 


追い詰められるアキラ。刻々と迫るタイムリミットを前に、カインは……。


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