第142話 双子の姉の行方
クラウスの好きにはさせない。結婚まで秒読みだ。時間を稼がなくては。
黒百合の女神の力でも、元の姿に戻れなかった。別の方法を探さなくてはならない。僕がクラーラのはずがないのだから。
「クラウス王子。お姉さんのことを聞かせてもらっても」
「私と、私の双子の姉は、森の中の教会に軟禁されていた。ラウネルでは、双子で産まれただけで、捨てられる。ある日、母と出かけてそれきりだ」
「母と……、ですか」
「正室ではなかったからな」
側室の子供ということか。しかし、クラウスの兄がすでに亡くなっているなら、王位継承権はクラウスのものだろう。たとえ側室の子であっても。
「宰相の……コンラードはすぐに私を城に呼び戻した。黙って利用されてやってもよかったのに」
「……王子。お姉さんが亡くなられているなら、まず、探して、墓を建てなくては」
「探す? どうやって」
「巫女の友人がおります」
「巫女とは」
「神に仕える女性です。なにもせずに、王になるおつもりですか」
「……君の言う通りだ。協力を、してくれるか?」
クラウスは素直に聞き入れ「姉を探そう」と頷いた。
もちろん、とアカネを呼ぶことにする。
銅の国カルコスの、アカネの元へ魔法で移動する。リリーにはラウネルに残ってもらい、トレニアに一緒に来てもらった。
アカネに、元の姿に戻れないことを話し、なにか方法はないかと尋ねた。
「自分の魔法で、女の子になっていたなら、自分で解除もできるはずなのよ。できないというなら、もっと別の力で上書きされたことになる」
「どういうこと」
とトレニア。
「呪い、またはそれ以上のもの」
「リリーでも駄目だったし、黒百合の女神の力でも駄目だった」
「本当に? それなら、黒百合の女神以上の力で、上書きされたことになる」
「……」
「アキラが男に戻れなければ、リリーと結婚はできないわ。得をするのは」
「……クラウスだ」
「犯人は、その王子様よ」
「でも、クラウスは魔法を使えない。石を持っていない」
「神々の力を宿した武器や道具があれば、なにかしらの影響を与えられるわ。心当たりはない」
黒百合の女神より、強い魔力を持っている者……。女神の姉たち。
「……竜のハープだ……」
五番目の女神ヴィアベルが貸してくれた。シャルルロアからの撤退時、クラウスに貸したままだ。シャルルロア国民を洗脳するのに、リリー・スワンが使用していた。兵士たちを同士討ちさせて、僕とクラウスは撤退したんだ。
「僕をガーネットの姿のままに、するため……」
家族になって、と言われたのは姉として縛り付けるため。
簡単なことだ、女同士では結婚できない。
「僕から僕の姿を奪った……」
許せない。
竜のハープを取り戻さなくては。
目標は定まった。
ラウネルに戻り、クラウスにアカネを紹介した。
「こちらカルコスの巫女のアカネ。次期女王よ」
「はじめまして、クラウス王子」
「はじめまして。ようこそ、ラウネル王国へ」
本当に、ガーネットにそっくりねとアカネは小さく呟く。
「次期女王にご足労いただき、誠にありがとうございます。さっそくで恐縮なのですが、生き別れの姉を探して欲しいのです」
「お姉さまは、本当に生きているのですか?」
「わかりません。最後に会ったのは二年前ですから。ですが、おそらくはもう……」
「なにか、彼女の姿がわかるものを」
「ガーネットに瓜二つです。名前はクラーラ」
クラウスは僕を指さして、悲しそうに目を伏せた。銀色の前髪がさらさらと頬にかかる。アメジスト色の瞳をわざとらしく伏せて、憔悴しきったかのように見せている。その場にいたメイドや兵士たちも「おかわいそうに……」と囁いている。
僕は騙されない。
「なにか、お姉さまの持ち物はあるかしら」
「姉が描いた絵が」
それは小さな古い紙に、母親らしい女性と、クラウス、そして僕にそっくりな少女が描かれている。
「……」
アカネはその絵にしばらく触れて目を閉じていたが、
「たどれない」
と言って目を開けた。
「悪いけれど……。おそらく、もう亡くなられているわ。たどることができない」
「……そうだろうね……。たぶん、そうだと……」
「クラウス王子。念のためお伝えするけど、ガーネットはクラーラじゃないわ」
遺体がどこにあるかはわからないと言い「この話はこれでおしまい」と、アカネは手を打った。
クラウスの『お姉さんになって作戦』は失敗。
戦いはまだ続きます。




