第139話 戻れない
王子は助けたが、別の問題が浮上。
ラウネルの村の入り口で、リリーとトレニア、シャーロットが待っていてくれた。
「リリー様、戻りました」
「お帰り、二人とも無事で良かったわ」
子供をあやすように、リリーは僕とクラウスを抱きしめた。リリーの実家に戻ると、カインとアゼナも待っていた。
「よく無事で戻った。でかしたぞガーネット」
「ありがとうございます」
「クラウス、生きていて何よりだ。明日には城に戻ろう」
「はい、お祖父様」
少年の姿のカインを見て驚かないということは、会ったことがあるんだろうか。あの水晶玉に入っている姿を知っているなら解るが。
「みんな生きてるね。さあさあ食事にしましょう、顔を洗っておいで」
アゼナは手早く手ぬぐいと着替えを渡した。
「アキラ、お疲れだったな。お湯も沸かしてある、顔を洗え」
「ありがとうシャーロット」
「よく生きてたな」
顔を洗い、着替えようとした時、ふと気づいた。
ずっとガーネットの姿のままだ。
いつもは時間が経てば、元に戻っていた。
別にシャーロットに見られたからといって恥ずかしくはない。しかし以前リリーが縫ってくれたシャツと半ズボンは、少女の体には、少々、窮屈だ。特に胸が。
リリーからワンピースを借りたが、丈が長い。
「ちょっと長いわね。お姫様みたいだけど、歩きにくいわよね」
丈を直してもらい、食卓につく。
テーブルにはすでに夕食が用意されている。
「鴨のローストよ。パンも焼いてあるからね」
切り分けられたチーズと、木のボウル一杯のポテトサラダ。それに野菜と豆のスープが鍋ごと置かれている。
二年ぶりの食事だと、クラウスは泣きながら食べている。
「石に閉じこめられている間ってどうしてたんですか」
「寝てた」
「寝てたって……」
「石の中といっても異空間なんだ。野原がどこまでも続いていて、同じように閉じ込められていた人たちが暮らしていた。腹も減らない。喉も乾かない。おそらく死ぬことはないんだろうが、退屈だった。時々、ここが石の中だと気づく瞬間がある。周囲が眩しく光る石なんだ、まるで星空のようになる」
「そういう時は」
「寝る。寝て目が覚めると、また野原なんだ。どちらが現実だがわからなくなった」
クラウスはパンにチーズとポテトサラダを挟み、「美味しいよ」と僕に手渡した。
「……ありがとう、ございます」
「鴨も美味しいよ。好きだったでしょ」
「……いえ……?」
確かに鴨のローストはしっかりした肉の旨味が感じられて、にんにくのソースも絶品だった。でも、これが好物だったこともないし、クラウスに話した覚えもない。
適当に言っているだけだとしても、その眼差しには親しみが込められていて、「馴れ馴れしい」と突っ張ることはできなかった。
魚の丸焼きを頬張っていたシャーロットが、スープのおかわりをくれた。
シャルルロアでも飲んだ、定番の味だ。ハイラとメキラも、それぞれおかわりを貰っている。魚を食べ終えたシャーロットは猫の姿に戻り、寝てしまった。
そろそろいいかなと、リリーがオーブンを開けた。
中から、バターとりんごの甘い香りが漂ってきた。
「クラウス、好きだったでしょ」
「……ああ。大好きだ、よく覚えててくれた」
「忘れるわけないわ」
クラウスはリリーの恋人で、以前からのお付き合いがある。
仲睦まじい二人に悔しさで歯ぎしりしながら、僕は切り分けられたりんごケーキと紅茶を受け取った。
クラウスを助けたら僕は用無しだ。まずい。
元の世界に、このままで帰れない。
このままでは終われない。
「ごちそうさまでした」
ケーキを平らげ、ガチャンと、ティーカップをソーサーに戻す。洗いますと、僕は食器を下げた。
皿や鍋を洗うため、外の井戸へ出る。周囲を森に囲まれている村を、月明かりが照らしている。ホーホーとフクロウが鳴く声が聞こえる。
「……」
リリーは嬉しそうに、クラウスの世話をしていた。パンを切り分けて、バターを塗ってあげて、肉をサラダと小皿に取り分けてあげて。
僕がクラウスを助けてやったのに。
ふつふつと沸く怒りで手が震えた。せめて、ガーネットからアキラの姿に戻りたい。
井戸の水を乱暴に桶に組み入れると、涙が零れた。
「ガーネット。手伝うわよ」
食器を持ってきたトレニアが、背中をさすってくれた。
「……トレニア、ありがとうございます」
「リリーはほっとこう。イチャイチャしたいのよー」
腹を立てているのがバレている。
「君はリリーに協力した。報われるべきだよ」
「ええ……。本当に……。リリー様はそうは思って、ません」
彼女が見ているのは僕じゃない。
「助けてやったのに」
「……君は、元の世界に帰る予定なんだっけ」
「……」
「本当にさ、それでいいの?」
よくない。まだ諦められない。まずはアキラの姿に戻らなくてはならない。
「元の世界どころか、男の姿に戻れなくなってて……」
「ええー、なんでもっと早く言わないのよ!」
アキラは男の姿に戻れるのか……!?




