第14話 all the time ~百合の時計とナンパ男
出かける前に、リリーがリボンでツインテールにしてくれた。これは恥ずかしいな……。
鏡の中の僕は、知らない顔であいまいに微笑んでいる。
さらさらとした銀色の髪は、日本人の髪質はそのままなのか、耳上の高い位置で結んでも、ストンとまっすぐに落ちる。
赤いサテンのリボンは太いものを使ってもらった。
イメージ通りかと顔を覗き込むリリーに笑顔を返す。
「可愛いじゃない。妹ができたみたいで嬉しいわ」
「……」
妹ですか。
確かに、リリーと比べると胸も小さいし、ふだんの僕よりもさらに背も低い。
「ほら笑って。ちゃんと自分が可愛いってことを自覚しなくちゃ」
その台詞をそっくりあなたに返したい。
「この服は素敵だけど、目立っちゃうから、普通の服をあとで縫ってあげる。靴は買いましょう」
「……あの……、欲しいものがあるんですけど。時計買ってもらえませんか」
「時計が欲しい? なめてんのかコラ」
突然キレられたよ。
「なめてません。そんな高いやつでなくて結構ですので」
「仕方ないな。ダイヤとかちょっとしかついてないけど」
リリーが引き出しから、無造作にゴツい腕時計を取り出した。
「予想外の金時計」
こういうのではなくて、掛け時計が欲しい。部屋の壁にかけるような安い時計でいいと頼むと、「ああ、そういうこと」と納得していただけた。
「その恰好だけと……まあいいか」
石畳の商店街の一角に、ひときわレンガ造りの立派な店があった。
銀髪の老紳士が薄暗い店内で時計の修理をしている。壁掛けの時計を買ってもらい、その間に、リリーも何か買ったようだった。
「お揃いの時計よ。なくさないでね」
小さい懐中時計の、ペンダントだ。
ちゃんと針が動いている。小さく彫られているのは、百合の花だ。
「それなら持ち歩けるでしょう」
細いチェーンを首にかけてもらう。
「ありがとうございます、大切にします」
「死の瞬間まで持っていてね」
なにそれ重い。
冗談よ、とでも言われるかと思ったが、彼女は真顔だった。
川ですっころんだり、ハムをもぐもぐと食べていたり、時々見せる真剣な眼差しや鋭い剣技の冴えにギャップがあって、彼女がわからなくなる。
「あなたは、死の瞬間まで僕なんかを覚えていてくれるんですか」
「もちろん」
うなづく彼女は、決して適当に流そうとしているわけではないのだ。
「約束します」
小指を出してもらう。
「なあに?」
「小指と小指を絡ませて、約束するんです。嘘をついたら、針を千本飲ませます」
「なにそれ怖い」
「僕の国の習わしです。実際に針を飲ませた人はいないと思いますけどね。たぶん……。きっと」
「君の国はどういう国なの。まあいいわ」
指を切るところまでが作法。ゆびきりげんまんと歌うと彼女は律儀に付き合ってくれて、店を出た。
彼女の知り合いの靴屋で、ごくごく普通のブーツと革靴を買ってもらい、リリーは店の友達と少しお喋りをしたいようだ。
「先に家に戻りますね」
「いいわよ。いまのあなたは女の子なんだから、変な男についていかないようにね」
女子の姿で街を歩くと、あちこちから視線が突き刺さるのを感じる。
見られている。
世間の女子は日常的に、こんなにじろじろ見られるものなんだろうか……?
リリーぐらい、目を引く美貌なら話は分かるが。
急に雨が叩いてきた。あっという間に石畳を濡らしていく。
「まじか……」
走って自宅へ戻ろうとしたが、バケツをひっくり返したような雨とはこういうことを言うのだろう。
店の軒先で雨宿りをする。
「お客さん?」
「えっ」
「お召し物が濡れてしまいますよ。よろしかったら店内へどうぞ」
ドアを開けて出てきたのは、知ってる顔。
あれ、名前はなんだっけ。
風邪をひきますからどうぞと店内に案内される。
この人、会ったことある……。名前が思い出せない。
大きなリネンを手渡されて、濡れた髪と服を拭いた。
店内には無数の人形が飾られている。それと、ドールハウスや時計もある。時計の中にも人形があり、きっと時間になると動くのだろう。
「見ていってください」
すらりとした店員が、仕掛け時計を動かして見せてくれた。
男女の人形が踊りだす。
「すごい……」
よろしかったらどうぞと紅茶を勧めらわれた。
「雨宿りしていただけなのに、すみません、ありがとうございます」
「いいえ、素敵な方だから声をかけただけです。とても美しい素敵なドレスですね、見たことない」
自分がデザインしたものだが、女神に変身させてもらったとは説明できない。
「ええと……、ご主人様が仕立ててくれたんです」
「へえ……。腕がいい方なんですね。申し遅れました、私はセティスと申します」
セティス。
思い出した、アルベルタの屋敷で話しかけてきた奴だ。
ナンパが趣味なのか……?
「ここは人形屋さんなんですか」
「ええ。私が作っています」
「あのドールハウスも?」
「ええ」
近くで見せてもらうと、中の家具やシャンデリアもとても精密に作られている。
ベットもある。
職人なのか。
「この家具も売っていただけますか」
「もちろん。包みましょう」
黒百合の女神にプレゼントをしよう。
リリーには……人形はいらないだろうから、またなんか考えよう。
品物を包んでもらっている間に、雨は上がったようだ。
「さっきはありがとうございました」
「お気になさらず。……お名前を伺っても?」
「あっ、そうですね、ぼ……、わ、私はガーネット」
「良い名前ですね。瞳はアメジストのようだけど。……また、いらしてくださいね」
さりげなく腰に手をまわされた。
女は、こんな風に扱われるのか。
なるほど。
「また来ます。ごきげんよう」
家に戻ると、リリーはまだ戻っていなかった。シャーロットが店番をしている。客はさっぱりのようだ。
「台所におやつあるから食っていいぞ」
「ありがとうございます」
お母さんか。
僕は元の姿に戻るため、黒百合の女神の家の窓を叩いた。
お土産のドールハウスのシャンデリアとソファを差し出す。そのほかに買った覚えのない、時計があった。
「まあ、ありがとう」
彼女が包みから取り出すと、手のひらサイズだったそれは、一瞬で部屋に合う大きさになった。
……彼女は、確かに『人』ではない。
「この時計もあなたが選んだの」
「……あれ、買った覚えないですけど、サービスだったのかもしれません?」
「ふーん。リリーには何か買ってもらったの?」
「はい、靴と時計を」
「時計を。へえ……そう」
「なんかキレられたんですけど、ほらこれ、買ってもらいました」
ペンダントにした小さな時計を見せると、彼女は「子供っぽいトコがあるのよね」と微笑んだ。
「時計を欲しいとか言うのは、「あなたの時間をください」って意味。逆に、時計を買い与えるのは、所有の証。『あなたの時間は私のもの』って意味」
「……」
「ま、このドールハウス用の時計はオマケだと思って、私がもらっておきましょう」
元の姿に戻してもらい、僕は彼女の家を出た。部屋に戻って壁に時計をかける。
胸にかけた百合の時計のペンダントを触る。
母の日にカーネーションとか、バレンタインにチョコレートとか、プレゼントに込められた意味とか、そういうテンプレートが日本は多い。時計をプレゼントするっていうのが、この世界だと告白みたいな意味になるのだろうか。
誤解しちゃだめだ。
リリーは好きな人がいるらしいし。
きっと気まぐれだ。平気で思わせぶりなこと言うって、アルベルタも言っていた。
言い聞かせても、胸元で揺れる百合の花の時計に触れると、じんわりと心が温かくなる。
『あなたの時間は私のもの』。
リリーが本心からそう思ってくれているならいい。
僕も大切にします。ずっと。
彼女のために夕食を作ろうと、僕は台所へ降りた。
「おいアキラ、ちょっと手伝ってくれ」
「はい、なんですか」
「新作を展示するから」
道から見えるショーウィンドウの扉を室内から開ける。
今まで展示していたトルソーの服を脱がす。あくまでサンプル展示品なので、装飾はやや少ない。
「よし、前のドレスは適当にかけといてくれ」
外からシャーロットが確認し、トルソーの位置を直したり、ドレスのリボンを調節する。
上品な光沢を放つ黒いドレスは、夕日に照らされてそれ自体が輝いて見える。
「いいんじゃないですか」
その時、リリーが帰宅した。片手に鶏をぶらさげている。
「あら、いい感じね」
「おうリリー、お帰り」
「ただいまシャーロット。じゃ、晩御飯しましょう。コレ、今夜のおかずね」
煮るなり焼くなり好きになさい、とリリーは僕に鶏を手渡した。
「……唐揚げかなあ」
鶏、さばいたことないですけどね。
セティスはちょいちょい出てきます。
2025/07/08誤字直しました。




