第129話 What's her name
ちょっと詰め込みました。でも短いのでサクっと読めます。
セティスと別れ、ガーネットの姿のまま街を歩いた。
街の中心の、噴水にひとり座り込んだ。
この街を攻撃する。リリーのために。
日が暮れても忙しなく行き交う人々と馬車。喧騒の中で池袋を思い出した。
ひとりぼっちのあの世界へ、いつか帰らなくてはならない。
「隣いいかしら」
「え……」
「女の子がこんな時間にひとりでいるのは危ないわ」
見覚えのある金髪の美少女。リリー・スワンだ。
ボンネットかぶってて良かった、布の量が多いから顔はあんまり見えないはず、だ。
ガーネットの姿で、顔を見られている。
「あなたこそ、女の子が一人でうろうろするのは危険ですよ」
「夜に一人で買い物するのが好きなの」
「どんな本ですか?」
「世界の昔話よ」
表紙をめくって見せてくれたのは、ラウネルに降り立った女神の話。
戦乱が続く大地、屍を百合の花に変えた。
「湖のそばに街を作った女神の物語」
人々にアジストを与え、知恵を与えた。やがてアメジストは失われ女神は消え、その名は忘れられた。
黒百合の女神の物語。
「女神ティラリア。確かそう聞いてるわ」
「どうして知ってるんですか? その絵本には、女神としか書かれていないようですか」
「友達が教えてくれたの」
リリー・スワンが言う友達は、きっと、ブランシュのことだ。姉妹が言うなら間違いない。
女神ティラリア。
それが黒百合の女神の、本当の名前。
黒百合に確認しなくては。
「興味深いお話をありがとう。私、もう帰らなきゃ」
----
「お帰り。どこ行ってたの」
「トレニアさん」
「ご飯あるよ」
リリーがパンを焼いて、チーズとハムを切り分けてくれた。
メキラとハイラが、シャルルロア城の地図の確認をしている。
「リリー・スワンを戦場に引っ張り出さなくては」
攻撃地点をどこにするかと、打ち合わせをする。
「メキラ、ハイラ。私達の目的は、城の破壊ではないわ。騒ぎを起こしてリリー・スワンをひきつけ、ラダームブランシュ山に向かうリリーに気付かれないようにすること。兵と戦って時間を稼げばいい、殺さなくていいわ」
トレニアがりんごの皮を剥いて、出してくれた。
リリー・スワンの暗殺を狙うトレニア、クラウスの救出を第一に考えるリリー。二人の考えは少し違っている。
……バレてはいけない。
翌朝、リリーは黒百合の移動魔法で、再びカルコスへ協力を頼みに出かけていった。
黒百合がいなくては聞きようがない。
じゃあ特訓しようか、とトレニアと城外へ出る。
地獄の特訓が始まるとは思わずに。
「何回言えばわかるかなー……」
トレニアが苛立ったまま、杖を振った。
その瞬間、ポコポコと大地からゴーレムが立ち上がってくる。
「石の力ではなく、大地の力を使うのよ」
最初からやるわよと、再度杖を振って、ゴーレムを土に戻す。
「風」
「大地より吹き出す力」
「水は」
「大地を流れる力」
「火」
「大地を動かす熱」
「土とは」
「星の生命」
繰り返し繰り返し言えば、意味が理解できると何十回復唱させられている。
「なるほど、わからん」
「わからんじゃないのよ。解りかけているはずなの」
トレニアが特訓をつけてくれているのは、僕の能力の底上げのためだ。
天候がなかなか崩れず、シャルルロア城を攻める日は先延ばしにしている。
「アキラ、君がガーネットの能力を100%引き出せない限り、シャルルロア城からリリー・スワンを引っ張り出せないわ」
「……はい……」
「ガーネットの石の力じゃないの、使うのは。杖は、大地の力を吸い上げるためにあるの。それが本当の魔法なのよ」
「水は大地を流れる力、海や川や湖は、大地を隔てているわけではないの」
「……はあ……」
「風は、木々を揺らしている瞬間にだけ存在しているわけではない。大地から吹き出している力なの。アキラ、君の魔力で風を起こすんじゃないの。君はその力のすべてを使える存在なのよ」
「うー……ん……」
「よーし、そこに座んなさい」
トレニアの横に腰掛ける。家から持ってきたサンドイッチを二人で食べた。
「サンドイッチはパンと野菜とハムとチーズが挟まっているでしょ」
「はい」
「パンは、麦。それは大地から力を吸い上げて、麦の実になっているってわけよ」
「……はい」
「植物には水が必要よね」
種に水を与えて、すくすくと育って、実る。
「はい。水は、大地を流れる力」
「そう! 麦をパンにするには火が必要よね。焼かないと」
「火は。大地を動かす熱。風に熱を加えた状態……」
火花を起こして、枯れ葉を燃やす。その時に空気を吹き込んでやる。
「……もし、息を吹き込むように、土に力を吹き込んだら……。無限にゴーレムを作れる……?」
「そうよ! それなら、ゴーレムを、土からたくさん作るには、どうしたらいい」
「大地から力を吸い上げる……、あっ……!」
「わかりかけてきた?」
僕はサンドイッチをぶどうジュースで流し込み、杖で地面にゴーレムの姿を描いた。そして、杖を突き刺した。
ガーネットの力を使うんじゃない……。
僕が使えるのは、大地の力。
「描かれしゴーレムよ、来い!」
すると、今度は時間を書けずに数十体のゴーレムが現れた。真紅のボディに、長い足。
子供の頃に見た再放送のアニメのロボットによく似ていた。
「カッコイイじゃない。やるじゃん」




