第13話 まさか僕が美少女に!?
働きたくないリリーと、黒百合の女神の遊び。
『石の中にいる』
暗闇の中に光が見える。
『ずっと待ってる。早く助けろ』
「あなたは誰ですか」
遠くから呼びかける声に答えるが、向こうからの返事はない。
相手には、僕の声は届いていないようだ。何を聞いても、明確な答えはない。
僕は目を覚ました。
夢というには、あまりにもはっきりした声だった。
きっと、僕と同じくらいの年齢の少年……だろう。
誰だったのかな。
僕はベッドから抜け出し、カーテンを開けた。リリーはまだ寝ている。
手を出す勇気なんてなかった。知ってたー。
「は……はたらきたくない……」
「どんな寝言だよ……」
朝食を済ますと、一人の時間だ。気を取り直して、自分の部屋でイラストを描いた。
リリーに連れられて街にお出かけしたり、石探しに付き合わされたり(そして川に落ちる主人)で、意外と絵を描いている時間はない。
同じキャラを何枚か描いている。白い魔女の服と、黒いドレスの正装バーション。
そろそろ名前が思いついてもいい頃なんだけど、なんせ話がまだまとまってないからな。
変身前のビジュアルも描いておこう。ツインテールが好き。
ボーカロイドの彼女みたいな、長めのツインテールではなく、個人的には短めのツインテールが好きだ。リボンは赤がいい。
瞳の色も、赤がいいかな。
紫の方がいいかな。
そろそろお昼になる。リリーの分の食事を用意して、ドアをノックする。のろのろと起きだしてきたリリーを着替えさせる。
メイドとか雇った方がいいのではないか。
「あー……。働きたくない、ずっと寝てたい」
「自営業が何言ってるんですか。店を開けてください」
「シャーロットに店番させるから大丈夫よ」
「それなら、アルベルタとパーティーにでも出かけたらどうです」
「それがいいわね」
「いや、だから働けよ」
リリーは短い手紙を書くと、シャーロットに言いつけて届けさせた。
「アキラは昼まで何してたの」
「絵を描いてました」
「えー」
「そういうのいいですから」
ちょっと見せて、と彼女が言うので、部屋からイラストを持ってくる。
「あら……可愛い。この黒い方、素敵ね」
イメージとしては王族のドレスだが、なんせ王族なんて見たことないから、ゲームやファンタジーのイラスト程度の知識しかない。足元まで隠れる丈の、ゴージャスなドレスだ。
「これ、作っていいかしら」
「……え、はい、それは構いませんが」
リリーが仕事をする気になったので、良しとしよう。
彼女は食事を5分で済ますと、階下の工房で早速仕事に取り掛かった。
……僕は、服というのは、型紙に従って、布を裁断して、仮縫いとかをして縫うものだと思っていた。
「できたよ」
「……なんで、10分でドレスが縫えるんだ……。おかしいだろ……」
「縫ってないもの」
「え」
「私は、物の形を変えられるの。言わなかった?」
「聞いてません」
見ててね、とハギレをつまむと、パッと光って、リボンの形になった。
「……」
形を変えるって、そういうことか。
そういえば、ギルドで用心棒の腕を切り落とした時、アメジストの指輪が長剣に変化していた。
「小さいものしか、扱えないけどね。君のベストと半ズボンを作った時も、その辺にあった布で作ってあげたでしょ」
「……はい」
「もし、私が死んだら、元の形に戻っちゃうから気をつけてね」
どうやって気をつけろと。
「でも、ベースの形を作っただけだから、これにレースとかリボンとか足して、フリルをつけたりして完成よ。まあ、私にしかできないでしょうね」
ふふん、と誇らしげにリリーは胸を張った。
仕上げは、細かいところは手作業らしいが、それでも、あのスピードはまるで魔法だ。
作業している姿を、彼女は基本見せない。鶴の恩返しのように。
このドレスは、きっと金持ちに売られていくのだろう。
「さっきの絵を、もう一回見せて」
今度は白い魔女(名前はまだない)のイラストを、リリーはじっと見ていた。
「スカート部分がどうなってるのか、わからないわ」
「薄い生地を、花びらの形に切って、たくさん重ねてあるんです。こう、ひらっと開くようなイメージで」
「なるほど。……めんどくさいわね」
「まあ漫画ですから。実際に着ることをイメージして描いてるわけでは」
僕が画力ではうまく表現できない。
「ちょっと黒百合に手伝ってもらいましょう」
ドールハウスの窓を叩いて、黒百合の女神を呼び出す。
たまにはお茶をどうぞと、家から出てきてもらう。紅茶と買い置きのクッキーを用意し、リリーは僕の絵を彼女に見せた。
「あら上手ね」
「この服なんだけどね、どうやって縫ったらいいかわからないの。ポンって絵から出てきてくれたらいいんだけど」
「その子を変身させたらいいんじゃないの。一時的にだけど」
「そんなことできるの」
「やったことないけど、その絵を描いた本人なんでしょ?」
詳細にイメージをしてと黒百合の女神は言い、聞き取れない小さな声で呪文を唱えた。
くらっとめまいがして、僕は一度目を閉じた。
「目を開けて。もういいわよ」
何が起きたのか、すぐにはわからなかった。
……手が、小さい。
胸が……ある!?
シャツとベストと半ズボンは、白いドレスに変わっている。
薄い半透明の布を、花びらの形に切って重ねたイメージ。
儚げなスカートから、伸びる足は、女の子のそれに変わっている。
柔らかい、ふくらはぎ。
小さな白いショートブーツ。
顔を上げると、リリーは目を見開いて絶句している。
おそらく、僕も同じ表情をしているんだろう。
「鏡見てごらんなさいな。可愛いわよ」
黒百合の女神はくっくっと笑って、姿見を指さした。
これが僕……だと……!?
小さいながらも、胸もある。
髪まで柔らかい気がする。
銀色の髪、アメジストの瞳。
これが……女の体……。
ぱっちりとした目の形といい、長いまつ毛といい、僕の絵より可愛い。
ピンクの唇も、ほっそり白い腕も、イメージ通りだ。
自作の、オリキャラの、作者によるコスプレ!!
なにこれ恥ずかしい。
でも鏡に映る僕は、心の中にいる魔女。大きな瞳が僕を見つめてる。ガーネットのついたロッドも、最初から装備している。ただ、デザインの変更点も気づいた。帽子とか、ティアラとかリボンとか、頭の装備品はいるな。地味だな。
会いたかった。
君に会いたかったと、心の中でつぶやく。
『ガーネット。それが私の名前』
僕ではない声が、答えた。
「……似てるわ。あの子に」
「リリー様?」
「……なんでもないわ。思ってたより美少女ね」
声まで女の子なのねとリリーと黒百合の女神は驚いた顔で、僕の髪を撫でた。
「よし出かけよう」
「別にいいけど、私の魔力で変身させてるんだからね。自力で元に戻れないからね、忘れないでよ」
少しの間部屋に戻り、思わず、胸にさわってみる。
リリーの胸とも違う、ハリのある感触。
ちらっと服の下の素肌を確認する。……真っ白の肌に、ほんのり薄紅色の先端に触れてみる。
体に電気が走るような刺激に思わず声が出る。
ネットでこっそりエロ漫画を見た時のような罪悪感。「ダメ」とすぐに指を引っ込める。
……下は、どうなっているんだろう。
当然、男のカタチはない。下着をおろして、確認したい。
そう、自分の体なんだから、確認したいだけだ。
「なにしてるの、早く来なさい」
「はっ、はい」
廊下からリリーに声をかけられて、慌てて部屋を出た。
2025/07/08誤字を直しました。




