第121話 雪山のブランシュ
氷河の地下に潜ります。
カインに導かれるまま、クレバスへ降りていく。
大地を割る凍りついた割れ目は青く、冷気が指を強張らせた。日の光の加減なのか、水色の壁は地底から光るようだ。
「トレニア、寒くないか」
コートに、事前に買っておいたニット帽で耳を隠して、マフラーをぐるぐる巻きにしている。完全装備でもまだ寒そうに震えている。
「平気よ」
「俺はもう帰りたい」
忘れかけていたが、シャーロットはそういえば猫だった。
「まあそう言うな。寒いなら彼女に手をつないでもらえ」
カインが笑いながら先へ進む。
クレバスの底は数メートルの幅があり、上を見上げるとわずかに切り取られた空が見えた。
「強い力を感じる。こっちだ」
「……もしクレバスが崩れたら、どうします」
「その時は全員死ぬか、黒百合が先に気づいて脱出させてくれるか、ふたつにひとつだな」
カインはまっすぐにクレバスの底をずんずん進んでいく。
誰か、立っている。
近づいてみると、女の子のようだ。
銀髪のおかっぱ頭、氷のように透明な肌をしている。
白いブラウスは、……半袖だ。
「アキラ。ここは私にまかせろ」
「はい」
「こんな氷の底に、半袖でいる子供なんて人間なはずがない」
メキラに、「お前たちは待て」と言い、 カインはその少女の前に進み出ると、
「こんにちは。お嬢さん、私たちと同じように、迷ったのか?」
と膝をついて手を取った。
「あなた、だあれ? まよったの?」
「ああ。観光していたんだが、クレバスに落ちてしまってな」
「観光客はここには来ないわ。ここはね、わるい人を閉じこめてあるの」
「悪い人?」
「うん。私のともだちのじゃまをする、わるい人」
カインは、うんうんと頷いて、
「名乗るのが遅れました。私はカイン。お嬢さん、お名前をうかがっても?」
「ブランシュ」
「ブランシュ。悪い人を閉じ込めているなら、ここにいる君は、悪い子なのかな」
「違うもん」
「それなら、なぜ、ここに?」
山の中の、更に地の底だ。
子どもが一人で生きれる場所ではないだろうに。
「この山は私の家なの。ともだちはシャルルロアのお城に住んでる」
「友達は君を、悪い人の見張りにしているのか。ひどい友達だな」
「違うの、リリーのためだからいいのよ。私たちはつながっているから」
「リリー……? リリー・スワンのことかい?」
ビンゴ、だ。
カインは振り返ってウィンクをしてみせた。
「ここが家なのか。お邪魔をして悪かった。みんな寒いし、もう戻るぞ。……ブランシュ、一緒にお茶でも」
「私はいいわ。中はあったかいの」
意外な情報に、トレニアが食いついた。
「ここは火山だと思うんだけど、もっと奥は暖かいの? お邪魔してもいい?」
「ええ。こっちこっち」
ブランシュが氷の回廊を駆け出しだ。まっすぐよと案内され、さらに奥へ歩を進める。
水色から深い青へ、そして氷の壁が真っ暗になる。さらに地下へ進むと、突然、巨大な空間に出た。熱気が冷え切った身体に熱を与えた。
ぽっかりと開いた空間に、繭のような巨大な石が、浮いている。
『石の中にいる』
ここだ。
「悪いひとたちはここに閉じ込めてるの!」
ほんのりとオレンジ色の光が、周囲からにじみ出ている。……この山は、活きている。
「リリーがキライって言った人を、ここに閉じ込めているの。ともだちが困ってたら、助けるのが普通でしょ」
この石の中に人間を閉じ込める、とは。どうやってだろう。見た限り、大きな石で、扉があるとか出入りする穴があるわけではない。
「……ブランシュ、中の人は、生きているのか?」
「当たり前でしょ。殺したりしないわ」
もっとも、人の寿命以上は生きていられないだろうから、出さない限りはいつか死ぬということだろう。
僕は、ブランシュの前に少し屈んで話しかけた。
「ブランシュ、悪い人を閉じ込めているんですよね。お城のリリー・スワンが許したら、出してくれるんですか」
「うん。たぶんね。リリーはとってもやさしいから」
「……優しいんだ?」
「とーっても優しいわ」
「それなら、僕も友達になりたいです」
「いいよー、私のともだちなら、リリーのともだちよ」
これでチャンスを作れる。
「また会いに来ます」
その時は、戦うことになる。
また来てねと手を振る彼女を残し、地底を後にした。
地上に戻ってから、ずっと黙っていたトレニアが声を張り上げた。
「ちょっと、何を考えてるのよ!!」
「トレニアさん」
「あの娘は、明らかに人じゃなかったわ。おそらく、彼女がダイアモンドナイトの本体、」
「問題ありません。友達になってしまえば、懐に入るチャンスもできます。クラウス王子を救出するなら、リリーがいる時でなくてはいけません」
「どうしてよ?」
「うっかり戦いに巻き込まれて、死んでしまうかもしれないじゃないですか。でも、王子を助け出せれば、リリー・スワンを殺さずに済むかもしれません。僕は、リリー・スワンの弟と友達なんです。ブランシュと戦って、あの場所からクラウスを救い出せば、リリー様は納得するでしょう。リリー・スワンを殺す必要はなくなります。子供の姿をしていますが、ブランシュはダイアモンドナイトです。罪悪感を覚える必要はありません」
「リリー・スワンを助ける気なの?」
「正直に言いましょう、僕の魔力で、そこまでうまく行くとは考えていません。ですが、ブランシュを倒し、クラウスを助ければ、結果としてリリー・スワンを殺さずに済むと言いたいのです」
誰も死なせないとするなら、の考えではあるが、僕の頭ではこれ以上のことは思いつかない。
「アキラ。『うっかり戦いに巻き込まれて、死んでしまうかもしれない』のは、ブランシュか、それともクラウスか。お前か、リリーか」
「……」
90まで生きた王様は怖い。見抜かれてしまいそうで、口をつぐんだ。
「まあいい。シャルルロアへ戻ってリリーと合流しよう」
帰る前に、リリーに土産を買おうとカインは笑った。
メキラがぽんと肩を叩いた。
「アキラ、一人でできることは少ない。思い詰めれば良い案は浮かばないものだ。なんでも話せ、別の策が浮かぶこともある」
「メキラさん」
「本音をすべて語る必要はない。だが、みんな仲間だ」
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