第12話 川原で石を拾ってプレゼントを作ろう! 材料は無料! ※魔力が必要です
自宅へ戻ると、リリーは引き出しの中から袋を取り出した。
中身はアメジストの原石だ。加工前の物が20個以上ある。
リリーが手をかざすと、ポウ……とアメジストが光りだした。その中から一際輝くものを手に取る。
「これにしましょう。出かけるわよ」
アメジストを一度引き出しに戻す。外に出ると、リリーは玄関に置いてあったほうきを手に取った。
「後ろに乗りなさい」
言われたとおりに後ろにまたがり、リリーの腰に手を回した。
……細っ。
細いっていうかガリガリじゃないか。
「行くわよ。しっかり捕まって」
「はい……、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
フワっと風が吹いたかと思うと、勢いよくほうきは空に飛びあがった。
魔女が宅急便の仕事する映画で見たやつだコレ。
魔法学校の映画でもやってた……けど、待って待って待って、速い!!
「高いィィィィィィ!!」
「そりゃ高いさ」
長い髪が風になびく。
つかまっているのがやっとだったが、しばらくすると、強風の中でも目があけられるようになった。
「……わあ……」
城壁を一瞬で飛び、山をひとつ越えた。
眼下に広がる森、広く水を湛えた湖。
森の合間の村々、教会の屋根。
美しい人の、薄紅色の髪の隙間から、紛れ込んだ世界を見つめた。
池袋で死にかけた時、高い高いところから、暮らしていた街を眺めていた。
この空と、あの空はつながっているんだろうか。
どこか現実味のなかった美少女との暮らし、これは僕とリリーの現実なんだ。
森も川も生きていて、この世界でリリーは生きている。
そして遠くから来た僕も。
いつまでもこうしていたい。
僕のそんな願いは届くはずもなく、どこかの谷に降りると、リリーは川原に落ちている石を拾い、
「表面は普通の石なんだけど、赤く錆びているように色が半分混じっている石を探してちょうだい」
といい、拾い上げた石を僕に見せた。
「……サビ……ですか?」
「鉄鉱が入っている、めのうなの。見たらきっとわかるから」
こういう場合は、特別な石を探すのよと笑い、二人で川原をしゃがんで石を探す。
「アキラ、川の流れが速いから、近づいてはダメよ」
「はい」
そういう本人はズブズブと川に入っている。
迷いねえな。
ワンピースはノースリーブでスリットが入っているし、寒くないんだろうか。
「きゃっ!」
「リリー様!」
大きな石に躓いてひっくり返ったリリーの手を引っ張る。
「なにしてるんですか」
全身が濡れてしまったので、枯れ木を拾い、火を起こした。
「ごめんごめん」
濡れて、大きな胸のカタチがクッキリ出ている。ち、ちく……。いや、見たらバレる。
僕は自分のシャツを脱いで、リリーの服を脱ぐように言った。
「大胆なのね」
「濡れたままでは風邪をひきますから」
目をそらしながら、服が渇くのを待つ。
シャツの隙間から、下着が見えそうになるが、ここで盗み見るのはどうなんだろう。
「寒くないですか」
「大丈夫」
「……そうですか」
残念です。なんなら僕があたためましょうかと、言ってみたい人生だった。
むしろ、僕の方が少し寒いけど、我慢。
待っている間に、僕が拾ったいくつかの石を、リリーがノミで割り始めた。
器用だなあ。
ガンガンと岩石を半分に割っていく。
その中に、彼女の理想のものがあったようだ。
「これよ」
石の中に、まるで花が咲いたように別の色の石の結晶が浮いている。
「銀花石っていうの。宝石だけでも金属だけでも、この模様は決して出せないわ」
半透明の赤めのうの中に花が浮いているようだ。
「……すごく、きれいですね」
「キレイよね。自然が作った花柄って、珍しいでしょ」
手のひらの上で、キラキラと光る。
金属が作る花の模様を見つめた。
「石にも詳しいんですね」
「図書館の本の載ってる。友達が教えてくれたの。私は区別全然つかないわ、でも探し方を知っていれば見つかるのよ」
服を着替えて、ほうきでまた空を飛ぶ。スピードが結構出ているのか、頬に当たる風は冷たい。
色づき始めた森を越え、シャルルロアへ戻る。
「ねえリリー様!! 地元はどっちですか」
「逆よ。東の方向」
「帰りたくないんですか」
「帰りたいわ。今すぐにでもね」
自宅へ戻ると、「いつか君も、私の故郷に連れて行ってあげる」と彼女は笑った。
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「紹介したっけ? うち、もう一人同居人がいるんだけど」
「紹介はされてませんが、お会いしています。1階にいらっしゃいますよね」
「驚かないのね。じゃあ話は早いわ。彼女、一応、神様だから怒らせないようにね」
リリーはドールハウスの窓をコツンと叩き、「お話したいんだけどいいかしら」と呼びかけた。
窓から、にゅっと白い腕が出てきて「いらっしゃい」と、黒百合の女神が顔を出した。彼女の指に触れると、僕とリリーは窓に吸い込まれた。
ドールハウスの中のソファに座る。
「何の用かしら」
「この銀花石にちょっと、加工して欲しいの」
「あら素敵。赤めのうね」
彼女に石を差し出すと、「どうするの」と黒百合の女神は尋ねた。
「こっちの石と、同じ大きさにして欲しいの」
差し出したのはアメジストだった。どうやって加工したのか、ハートの形にカットされている。
「これでいいかしら」
黒百合の女神が一度石を握り、開くと、まったく同じ大きさになっていた。
……石なのに。
「で、どうするの」
「ネックレスを作るの。プレゼント用よ」
アキラの提案でね、と笑う。
「……人にプレゼントするんでしょう。止めた方がいと思うけど」
「え、どうして」
「リリー、あんたが作ったアクセサリーはちょっとした魔法の道具になるわ」
「大丈夫よ、普通のネックレスだもの。アルベルタは普通の子だし」
「……知らないわよ」
黒百合の女神が、もう一度手の中の石を握りしめた。
強い光が石に吸い込まれたのがわかる。
「……ま、普通の子には扱えないか。いいでしょ」
見てみなさいと、銀花石を渡された。
赤めのうの中に、銀色の花が浮いている石。
魔法がどういったものか、僕にはわからない。しかし、ほのかに光る様子はその石が普通の石でなくなってしまったことがわかる。
黒百合の女神のドールハウスを出て、リリーは工具を棚から取り出した。
アメジストを台座にはめ込み、その裏側に、銀花石をはめ込む。何種類かチェーンを重ねてボリュームある豪華なネックレスに仕上がった。
赤めのうには良縁を呼ぶ力がある、とリリーは作業をしながら言った。
「アルベルタはいい子だから、好きな人と幸せになってほしいの」
「……そうですね」
「アルベルタと私は、表と裏。ああいう、素直で優しい子になりたかったのだけど」
「あなたも優しい人です。僕はそう思います」
どうして、リリーは、そんなに自分に自信がないのだろう。
僕の言葉に微笑むと、リリーは
「届けたいのだけど、照れくさいから一緒に来てくれる」
と、立ち上がった。
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「リリーから来てくれるなんて。どうしたの」
食事時にごめんなさいねとリリーは先に謝った。
小さな宝石箱を、僕がリリーの工房にあったハギレとリボンで、わざと下手にラッピングした。
この方が手作り感が出るかと思ったのだ。
少し恥ずかしいんだけど、とリリーはうつむきがちに「コレ」とプレゼントを差し出した。
「あら……。リリーからプレゼントなんて……。ありがとう、開けていい?」
「ええ」
中からネックレスを取り出し、素敵、とアルベルタは微笑んだ。
「……」
「……リリー様、ちゃんとお話ししなきゃ」
家で何て言うか、練習したでしょうと、ひじで突く。
勇気を出して。
アルベルタは、あなたからの言葉を待ってる。
「私の、あなたの友情の証として。他の人に使わせないこと。おまじないをかけてあるから。……その……、受け取ってくれる」
つっかえつっかえ、リリーは顔を真っ赤にして、ようやく言い切った。
アルベルタは黙ってリリーがポツポツと話すのを見守っていたが、やがて、
「嬉しいわ……。言葉にできないくらい」
と、リリーを抱きしめた。
「店に来てくれるのも、屋敷に呼んでくれるのも、本当は嬉しかったの。いつもあなたの方から、優しくしてくれてたのに」
「リリー、いいのよ。私だって、リリーが親切にしてくれるの嬉しかった。いつも親身になって話を聞いてくれるじゃない」
「私と友達になってくれる?」
「私たちはもう友達でしょ」
アルベルタが背伸びをしてリリーの額に口づけした。
「……」
ちょっと。キスはいらないんじゃないっすかね!!
多少傷ついた胸を押さえて、僕は顔を背けた。
二人が仲良くなるのを手助けしたのは自分なのに。
なんでこんなに腹が立つんだろう。
「約束よ、このネックレスは他人にさわらせないでね」
「わかったわ。上がってお茶でもどう?」
「今日はもう帰るわ。仕上げなきゃいけない仕事があるの」
そうでしたか?
またねと手を振って、アルベルタの屋敷を辞した。
ぽてぽてと帰る夜道で、リリーが
「今日はプレゼントを一緒に考えてくれて、ありがとう」と、消え入りそうな声で言った。
お礼、ですよね。
声が小さーい。
デカいのはおっぱいだけですか。
「照れ屋な主人を持つと、従僕も大変です。アルベルタが喜んでくれて、本当に良かったですね」
「ええ。アキラのおかげよ」
リリーの手が、僕の頭を引き寄せた。
ぽふん、と柔らかい胸元に、埋まる。
「……ありがとうね」
「……はい……」
マシュマロに挟まれているみたいだ。
これはご褒美と思っていいんですよね。
夢見心地の感触に、時間を忘れる。
実際にはほんの数秒だっただろう。
「ぶえっくしょん!!」
「えっ!?」
リリーがおっさんくさいくしゃみをして、慌てて体を離した。
「いやー、さっき川に落ちたじゃない、さっきからちょっと寒くって」
「それ風邪です!!」
どこか抜けてる主人を連れ帰り、シャーロットを呼んだ。
「パジャマ持ってきてください、早く」
「なんだなんだ」
「川に落ちたんです」
「なんでまた……」
着替えさせて、さっさと寝ろとベッドに寝かせる。
「あら、意外と大胆なのね」
「はあ!? 僕は心配して」
「あっためてくれる?」
待って待って、ほんと待って。
心の準備ができてない。
「……主人が風邪っぴきなのよ。早くしなさい」
「……」
これ、逆らったらダメにやつだよね。
従僕としては、逆らっちゃだめだよな、うん。
パジャマに着替えて、お邪魔しますと、ベッドに潜り込んだ。
「……あー、やっぱり体温高いわね」
「もう子供扱いしないでください」
ぎゅっと抱きつかれて、納得する。
うん。子供扱いじゃなくて、抱き枕扱いだコレ。
以前、なんか眠りの魔法をかけられたことがあった。
お願い、魔法は使わないで。
少しだけでいい、僕だけに時間をください。
「……頭痛とか、してませんか?」
「ええ」
「リリー様のふるさとは、あったかいところですか? 寒いところですか」
「この国より寒いかな。雪はすごいし、月の半分は太陽が出ない」
青森みたいだな。
正月に母の地元に行ったときは、道路まで凍ってて、滑って怖かった。
「夕方にはもう真っ暗でね」
「わかります。太陽が出ないのがこんなに寂しいのかって思いますよね」
「そうそう。アキラ、君の名前は、どういう意味」
「そうですね、『あかつき』っていって、夜明けという意味です。この国の言葉と違って、ひとつの字で表します」
この世界には漢字はなさそうだから。
「いい名前ね。だから君はこんなにあったかいのかしら」
闇の中で握られた手を、そっと握り返した。
「あなたの手も、温かいです」
「ふふっ、ありがとう」
抱きしめられているのにまかせて、手を握ることしかできない。
僕だって男なのに。
もっと大人だったら、許されるんだろうか。
踏み込めないその線の内側に滑り込みたい。
君はなにもできないのね、と言われているようで。
「……リリー様」
「おやすみ」
聞き取れない異国の言葉で、僕はまた、すっと意識が遠のくのを感じた。
2025/06/15 修正しました。




