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【完結】へなちょこリリーの大戦争 ~暁の魔女と異界の絵師~  作者: 水樹みねあ
第9章 雪と氷と呪いの女王~ヴィルガー王国編
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第116話 再会と約束



 僕はルビーのことを尋ねた。

「カイン様、ルビーは貸していただけるんですね。それは、黒百合の女神のお姉さんのルビーなんですね」

「ああ、そうだ」

 リリーが、

「そのフレイアという化け物は封じ込めてあるだけなんでしょ。使えるの。使えなければ意味がないわ」

 と首をかしげた。

「……そのフレイアを満足させてやりたいのだ」

「満足? あなたのアイフィアを苦しめた相手を?」

「ああ、そうだ。かつてメキラたちが、教えてくれた文言がある。

『彼は我を罵った、彼は我を害した、彼は我に打ち勝った、彼は我から強奪した」

という思いを抱く人には、恨みは止むことはない』。どこかで許さねば、苦しみはずっと続く。フレイアには、テオドールという子供がいた。その子の姿を見せてやりたい。アキラ、お前の魔法があれば、可能だろう」

「わかりました。他国に巫女の友達がいます。協力を頼みましょう」


「もうひとつ。いいかしら。メキラとハイラって異国の者はどうしているの」

「この国で暮らしているはずだが。去っていなければ」

「連れていきましょうよ。仕事を最後まで見届けてもらいましょう」

 それもそうだ、とカインはメキラとハイラの自宅へ赴いた。


「……カイン……? 亡くなられたはずだが……」

「久しぶりだな。なぜ、若返っているのだ?」

 ガーネットの妖精の力で、今だけ生きていた時の姿なのだと説明する。

「ヴィルガー王国のフレイアを天へ帰す。協力してくれるか」

「もちろんです。お供いたしましょう」


 即座に、銅の国・カルコスへ移動する。

 アカネとレッカは大喜びで迎えてくれた。

「アキラ、リリー! 久しぶり」

 女王は病から回復し、アカネはまだ巫女として、レッカは神官として働いている。

 死者の魂を一時的に呼び出してもらえないかと事情を話すと、アカネは快く協力してくれた。

「死者に納得してもらって成仏させるなら、本人に死んでいることをわかってもらう必要があるわ。可能なら、その国の、死装束を用意してほしいのだけど」

 日本じゃないから、死装束という考え方があるかどうか。

「ところで、そちらの二人は?」

 とアカネ。

「メキラという」

「ハイラだ」

「え……うそ……? ……十二神将……?」

 本来の所属を言い当てられ、ハイラは目をぱちくりさせた。

「……私のいた日本では、薬師如来という仏様がいたのだけど……。その部下がたしか」

「詳しいな」

「近所にお寺があったの」

「巫女殿は日本の……。そうか、我々同様、この世界の者ではないのだな」

 どれだけの転生者がこの世界にいるのかはわからない。

「仏様ともなれば、別の世界へ行き来できるのね」

 とりあえず行こうと、ヴィルガー王国へ向かった。

 



 テオドールの墓は、整備された花壇に囲まれ、一年中花が絶えることはない。


 現在のヴィルガー国王の案内のもと、テオドール王子を復活させることになった。

「ラウネル国王の紹介で訪ねてきた者には、協力しろと言われている。そしてあなたが……、ラウネル国王なのですね」

 彼は、カインの思い出の中で見た、レイフィアによく似ていた。

 先代の王と友と伝え、カインは「フレイアの魂を鎮めたい」と申し出た。

「この国では死者を弔う時、専用の服はある?」

「基本的には白いものを着せて埋める」

 長い呪いを今度こそ解けるのならと、墓へ案内された。




「王子テオドールよ、我が声に応えよ……」

 アカネが炎を焚いて、祝詞を唱える。

 古い魂を呼び出すなんて本当にできるのかとカインは訝しげにその様子を見つめている。



 すると、炎の中から、子供の姿が浮き上がって、形を作った。



「あなたがテオドール王子ですか」

『そうだけど……。ここは……』

 小さな体を震わせて、金髪の王子の魂が声を発した。

「母親に会いたくはありませんか」

『……会いたい……。僕と母様は……殺された……』


 アカネの合図で、僕はロッドを取り出し、その姿を絵に描いた。

「描かれし者よ、我に従え!」


 すると、物質化したその絵の通り、テオドールは本来の姿を取り戻した。


「僕は……。この体は何故……」

「テオドール王子、フレイア様にお会いください。彼女はあなたを失った悲しみから、怒りに囚われております。お救いください」

「……」

「こちらへ」

 リリーが死装束を縫うため、簡単にサイズを図る。

 城にある布を用意してもらい、リリーが縫製を始める。 

 テオドールは王宮を見上げ、間違いなく自分が育った城だと目を細めた。

「この温室はまだあったのだね。母様は薔薇がお好きでした」

 それならと白い薔薇を切り、花束にした。

 リリーが服を縫っている間、フレイアの呪いで、現在のヴィルガー王家の子どもたちが呪い殺されていたことを再度説明する。


「これを」

 教会の一角から、現在のヴィルガー国王が、フレイアの魂が封じられたルビーを宝石箱から取り出した。

「あなた様とフレイア様を謀殺し女神のルビーを奪った罪をお許しください」 

「……僕のルビーだ。刺し殺されて湖に投げ込まれた。許せというの」

「はい。その上で、フレイア様にも安らかな眠りについていただきたいのです」


 わけもわからぬまま殺されたテオドールにしてみれば、許せというのは図々しい願いだろう。

「でも……母様を放っておけないね……」


 リリーが服を魔法で縫い上げ、手早く着せる。

「さあ、いいわよ」

 テオドールが、ルビーを握り、呼びかけた。

「……母様……。いらっしゃるのなら、答えてください」

 すると、手にしたルビーが強烈な光を放った。

 光が消え、ぼんやりとした人の姿が、やがて女の姿になった。

「……我が子よ……。テオドール……。貴方なの……」

「母様。僕です。この者たちが僕を蘇らせてくれました」


 カインがすっとフレイアの前に進み出た。


「久しぶりだな、女王よ」

「お前はあの時の……。アイフィアにくっついていた子供だな」

「あれから長い年月が経った。アイフィアはもう死んでしまったよ」

「今更、何用だ」

「……フレイア、ヴィルガー王家を許してはもらえないだろうか」

 僕からもお願いと、テオドールが手を差し出した。


「母様。我らの時間は過ぎ去ったのです。もう恨むのは止めて」

「……」

「僕は母様とお連れするために眠りから目覚めました。参りましょう。彼らは謝ってくれました。王の器量を持って許す時が来たのです」

「まだ復讐は終わっていない」

「今、終わらせるのです。母様、もう生き返ることはできないのです。いくら殺しても、何も変わりません。過去を追っても、未来を願っても駄目なのです。今を受け入れましょう」

「今……」


 すっとリリーがフレイアの分の白いドレスを差し出した。テオドールが、母親に差し出すと、フレイアは従来の美しさを取り戻した。


「……解った。もうお前たちの働きに免じて。……子を困らせるものではない、な」


 メキラとハイラが読経すると、その声に乗るかのように、二人の姿は空へ消えていった。



---



 アイフィアに会いたいと、カインが墓所の一角へ歩き出した。

「最後まで付き合ってあげましょう」

「はいリリー様」

 アカネに頼み、アイフィアの墓の前で祈りを捧げる。


「……カイン……? カイン、君なのか……」

「うん、アイフィア……。会いたかった」

 銀髪を真ん中で分けた、涼し気な若い王の姿が現れた。色白の肌に、アイスブルーの瞳がきらめいた。

 子供の姿に戻っているのはアキラの魔法だと説明し、フレイアを成仏させたと報告する。

「良き王になったのだな。よくやったカイン」

 帽子ごしに撫でられて、カインは目を細めて笑った。


「……あんな笑顔、初めて見たわねえ……」

 とリリー。

「ラウネルの魔女たち、礼を言う。友に久しぶりに会えた」

「カインがあなたとの思い出を話してくれました」

「そうか。……カイン、じゃあ、行こうか」

 こちらへおいでと、アイフィアはカインに手を差し伸べた。

「行こう。私と来なさい」

「……」

「肉体は死んでいるのだろう。これからは永久に……一緒だ」

 リリーは、

「カイン、あなたは私達を助けてくれたわ。引き止める権利はない。……あなたの、望みのままに」

 カインが下を向いていたのは、ほんの数秒だっただろう。

 ゆっくりと、首を横に振った。


「ごめんなさい。一緒にはいられない」

 今はまだ。。

「……カイン。顔をあげて」

「……やらないといけないことがある。私の孫が、隣国に囚われている」

「本当にお前が、やらなくてはいけないことか? 生きている者たちにまかせたらどうだろう」

「……確かにそうだ。そう思う。しかし、この者たちはすでに死んでいる私に付き合ってくれた。あなたに会いたいという私の望みを叶えてくれた。アイフィア、あなたは私の命を生かしてくれた。今度は私が、年若い者を助ける番だ」


 ややあって、アイフィアは笑い、カインの帽子をポン、と軽く撫でた。


「待っているよ。旅が終わったら、今度……。会いにおいで」

「約束して」

「ああ。約束だ」

「さよならは言わないからな。……じゃあ、また」


 納得したのだろう、空に溶け込むようにアイフィアの姿は消えていった。

「……アキラ、礼を言う。彼にまた会えた」

「いいんですよ。ルビーも借りれましたし」

「お前たちを利用した。なぜ怒らない」

「こんなの利用されたうちに入りませんよ。なあアカネ」

「ええ。友達の手伝いをしただけ。霊を呼ぶなんて朝飯前よ。アキラの友達なら、あなたも友達よ、そうでしょ」

「カイン様。自分の心をさらけ出した人を助けたいと思うのは普通のことです。あなたが喜んでくれたなら、僕も嬉しいです」

 涙がこぼれそうになったのだろう、ぐっと顔を上げて、カインは手の甲で目を拭った。

 リリーがカインの肩をパンっと叩いた。

「よっし! さあ王様、旅を続けましょう。アカネ、送るわね」

 

フレイアとカイン、アイフィアとカインの結末、祈りは届く。

物語は続きます

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