第115話 流涕の春
カインの思い出話はここまでになります。
城内の教会の修復、湖水を流してしまったマーナサローワル湖周辺の整備、フレイアの供養をするための祭壇作りと、テキパキとレイフィアが指示をした。供養のために、フレイアの子の名前を調べる必要があり、史料の中からその名前を探した。
テオドール、と名前を見つけ、新たに墓を建てた。
王家の人間が、フレイアとテオドールのために花を捧げ、祈ることを決めた。
ハイラとメキラは、ラウネル王国で暮らすことになった。
ラトナこと炎のルビーは、ヴィルガー王城で保管されることになった。
黒百合の女神が、瞬間移動でいつでも帰れるのだからと、数日の滞在を許してくれた。
私はアイフィアから羽根帽子を贈られた。
「約束しただろう。よく似合っているよ」
羊毛のフェルトで作られた、新緑の色の帽子。白い水鳥の羽根と、カルラの羽根が飾りとしてついている。羽根は歩くたびに揺れて、光の加減でオレンジから青、緑、赤、と不思議と色が変わって見えた。
「ありがとう……。気に入った、とても」
「……良かった。さあカイン、帰らなくてはならないね」
「……うん」
「なにか困ったことが起きたら、いつでもおいで。力になる。レイフィアにもちゃんと言い聞かせておくからね。もし女神の力が必要になったら、炎のルビーも貸そう。約束だ」
「……うん」
「カイン、なぜ泣く? 私達は友達だ、ずっとこれからも。そうだろ」
どうか元気で。また今度。
さよならは言えない。何を言っても嘘になる。
あなたの前で嘘はつきたくない。
「……ああ、そうだ……」
私達は友達だ。
「良き王になれる。私が保証するよ。また会おう」
ラウネルへ戻り、しばらく経った。
レイフィアがヴィルガーの王位に就き、挨拶にやってきた。
「兄の形見です。ラウネル国王、あなたへ」
「……形見……?」
宝石箱を開けると、翡翠のような柔らかい緑色の石のペンダントが入っている。木の葉のような、涙の雫のような、なめらかなラインだ。新緑の木々を溶かしたような、透ける翡翠色。
湖に潜った時に、ハイラたちがくれた、竜のうろこだ。
水の中でも息ができる不思議な力がある。その時はもっと表面はゴツゴツとしていた。
「アイフィアは……。そんな……。どうして」
「フレイアの呪いは解けました。しかし兄にはもう体力が残っていなかったのです。肺を以前から患っていた。これは竜のうろこです。ひとつは兄の墓に、もうひとつは、あなたが忘れていったものです。兄が研磨してペンダントにしたものになります」
「……」
「あなたに羽根帽子を差し上げた。羽根帽子を贈ることは、相手の幸せと自由を願うもの。被っていてくれて、兄も喜んでいることでしょう」
「……同じ色だ」
「……ラウネル国王、兄は……あなたを利用したのです。当家にかけられた呪いを解くために」
「レイフィア殿。それは本心ではあるまい」
「……」
「利用しただけだって? 馬鹿な」
私たちはきっと同じくらい、想い合っていた。
「アイフィアは、私がこれ以上夢中にならないように線を引いてくれた。利用するだけなら、あんなに優しくしなかっただろう。彼にそう言えといわれたのだな」
「……手紙を預かっております」
ちぎれた便箋に、細く乱れた字で綴られていた。
自由に生きろ、私の分まで。
「ほら。彼は優しい人だ。……嘘がつけない」
レイフィアは握りしめていた拳を開き、涙を拭った。
「……ええ、そうです。兄に言われたのです。未練を残すことのないようにと。ですが……。兄は死の床で、カイン、あなたの名を呼んでいた。最後まで。会いたいと」
「また会えるって……。会えると言っていたのに……!」
そうか。
約束ではなかったんだな。
だが、私達は友達だ、ずっとこれからも。
竜のうろこのペンダントを首にかけた。
「……そう……。アイフィア……。そうか……」
「カイン……」
逝ってしまったんだな。
「……ああ……あぁぁぁぁぁぁ……!」
さよならは言わない。
泣いたっていうものか。




