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第11話 りんご商業会館 3階大ホール 11:00~15:00 ~ギルドに集まれ!~ 

友達ってどうしたらできるんですかね。そんなお話。


 白い石の建物に、機織り機がデザインされた看板がかかっている。


 重厚な扉を開けて建物に入ると、赤いカーペットが螺旋階段に敷かれている。

 豪華なシャンデリアのきらめきと相まって……ここがどういう建物なのかわからない。

 3階まで階段を昇る。

 小さな受付があり、リリーはコインを渡し「ギルド長に面会の約束をしている」と告げた。

 


「ギルドというと組合ですか」

 ダンジョンにでも潜るのかな。

「そうよ。商人の組合。はいコレ、持ってて」

「……短刀じゃないですか」

「見えるようにね」

「刃物なんて扱ったことありません」

「使わなくていいわ。みせかけだけよ」


 私はこれがあるから大丈夫、とアメジストの指輪を見せた。

 何が大丈夫なのか。言われた通り、短刀を腰につける。


 中に通されると、一斉にリリーに視線が集まった。

 商人たちの集まりを想像していたが、まるで酒場のような雰囲気で、体格のいい商人とはいえない男たちがひしめき合っていた。

「お姉ちゃん。ここは、お姉ちゃんみたいに可愛い子が来る場所じゃないよ」

「用があるのはギルド長だけよ」

「子供が来る場所じゃないっつってんだ」

「私は布を買いたいだけよ。正規のルートでね」


 すっと進み出てきた背の高い、細い目の男が、

「お嬢さん。子供が来る場所じゃない。ここは他国と取引した貴重な素材を商っている。町の仕立屋風情が買えるものはおいてないよ」

「ギルド長を出さないつもりかしら」

「さあお引き取りください。おい、つまみ出せ」


 体格のいい髭面の男が、リリーのワンピースの胸倉を掴んだと同時に、リリーの手元から紫色の閃光がひらめいた。

 嵌めていた指輪が、一瞬で長剣に変化している。迷いもなくリリーは、男の腕を切り落とした。

 

 アメジストの剣。あんなもので。


 吹き飛んだ腕が、背の高い、細い目の男の顔を直撃した。腕を切り落とされた男の叫び声に、騒然となった。


「こっちは、商売の話をしにきただけなのに、追い出そうとするなんて、失礼じゃなくって」

「……リリー様」

「アキラ。剣を抜きなさい」

 簡単に言われたも、手が震えて、引き抜けない。

 腕を切り落とされた男のうめき声に、周りの男たちも腰が引けている。 

 気丈にも仲間たちが傷口を布で押さえてやっている。

「私は商売がしたいだけ。通さないなら……」


 リリーは剣を下さずに「精霊の名において」と、すぐ横にいる僕にも聞き取れないような小さな声で呪文を唱えた。

 すると、建物が大きく揺れだし、テーブルの上の酒瓶やグラスが転がり落ちた。

「じっ、地震……!?」

 恐怖の叫びが広がり、男たちはようやく道を開けた。

 部屋の反対側のドアが開き、がっしりとした大男が現れた。


「おいおい、なんの騒ぎだ」

「面会予約はしておいたはずだけど。リリー・ロックよ」

「……お前さんか、思ってたよりガキじゃねえか。あちこちの店を潰してまわってるようには見えねえな。地震とか何年ぶりだよ」


 ギルド長は、怪我人を下がらせると、転がった椅子や酒を拾い上げた。


「本物の精霊を従えたモンを相手にしちゃいけねえ。お嬢さん、部下が失礼を」

「構わないわ。こちらで扱ってる布を使わせて欲しいだけなんだけど」

 リリーは布袋を取り出し、無造作にテーブルに置いた。

「ラウネル産のアメジストよ。前金として」

「……本物だろうな」

「どうぞ、調べてみて」


 研磨済みの大粒のアメジストが袋から転がり出る。

 ギルド長が調べている間に、リリーはアメジストの長剣を指輪に戻していた。

 

「間違くなく本物だな。これをどこで。こんな大量に」

「彼氏からもらったのよ。山持ってたの」

 ふうんと、ギルド長はアメジストを袋に戻した。

「リリー・ロック、店の出入りを許可してやろう。庶民向けの服は品質や価格は統一すること。ただし、営業は自由だ。王侯貴族に売りたいなら構わない。ただし、自分でなんとかするこった」

「それで十分よ。庶民に売るようなものはここの布でなくて構わないもの」

 店まで運んでやる、とリリーと僕は倉庫に案内された。


 上の階の倉庫には、色とりどりの生地のサンプルが並べられている。

「これこれ。黒蝶から作られたって触れ込みのコレ」

「黒蝶絹だ。一番高い」

「いまある分、買い取るわ」

 顔色ひとつ変えずに、リリーはさらにアメジストを取り出した。


「足りるでしょ」

「……おいお嬢さん。これを国まで運ぶのに、どれほど人手がいるのかわかってんのか」

「そのアメジストが本物だってわかるなら、足りるはずよ。偽物を混ぜようとしないことね」

 店に運んでねと、生地のサンプルだけ受け取ると、リリーは踵を返した。


「リリー・ロック、あんた、ラウネルのモンか」

「ええ」

「精霊を連れたアンタが、なんで仕立屋なんてやっている」

「お金がなきゃ生きていけないもの。そうでしょ。それに私が精霊を連れているってどうして決めつけるのよ」

「普通の魔法使いはいくらでもいるが地震を起こせる奴はそうそういない。リリー・ロック、帰る道に気をつけるこった」


 アルベルタが以前、あんなやり方は恨まれると忠告したことがあった。

 彼女は交渉が下手な上に、目立ってしまう。無駄に敵を作るタイプだ。


 りんご商業会館を出ると、「おやつでも買おう」と彼女は暢気に歩き始めた。

 いやいや、おやつとかいいから。さっきと帰りましょうとさえぎる。

「帰り道に気をつけろって言われたばかりじゃないですか」

「いやー、狙われる時は狙われるし、殺されるときは殺されると思うわよ。でも金を持ってる客を殺す馬鹿はいない」

「殺されるような覚えがあるんですか」

「ええ」

「……」

 しゃがまれて、頬をそっと包まれる。


「大丈夫よ、君は私が守ってあげる」


 ねえリリー様。あなたは何と戦っているの。

「黒蝶絹ってなんですか」

「詳しくは知らないわ。ただ、この光沢、すごいでしょ? 私の服、デザインが地味だから目立つ布を使おうと思って」

「目立つって。それだけのために、人の腕を切り落としたんですか」

「だって、ギルドが良い布を独占してるんだから。こっちは売ってって言ってるのに」

「いやうん、そうですけどね!?」

「アイツら、商人に見えた? 見えなかったでしょ。警備もできない警備員は殺されても文句言えないでしょう」

 微笑みながら言うセリフじゃない。


「……さっき、貸したナイフを返してくれる? 危ないから」

「……いいや。持ってます」

「抜くこともできなかったじゃない」


 確かに。

 台所で使うようなナイフではない。刃に厚みがあるものだ。

「僕に持たせてください。何かあったら、あなたを守れるように」

「返しなさい」

「嫌です」

「アキラ。お前が手を汚す必要はないのよ。危ないから」

「子供扱いしないでください」

 僕は何に腹を立てているんだろう?

 根負けしたのか、リリーが「じゃあ持ってなさい」と諦めて立ち上がった。

 背中が怒っている。

 

「僕は心配なんです、あなたが。アルベルタも心配しています」

「……どうして、いまアルベルタが出てくるのよ」

「彼女も、あなたを案じているんです」

「……なんでよ」

「友達になりたいと、彼女は思っています」

「私だって。でも彼女は貴族、住む世界が違うの」

「そんなことは関係ありません。友達になるのに身分は関係ないでしょう。それに彼氏がいたんでしょう」

 リリーは腰に手を当て、じっと僕の目を見た。

 馬車が激しく往来する午後の街道で、何かを言いたそうに困った顔をして見せる。

 きっとこの人は、本音をさらけ出すのに慣れていないのだろう。我慢をしているのではない。

 吐き出していいのかも、きっとわからないのだろう。


 僕が子供だからか。


 人づきあいが下手で、口下手な、僕の母に似ている。

 先にこちらから話さないと、だんまりを決め込んでしまう。

「彼氏さんは」

「貴族の長男だった。もう会えない人だけど」

「……そう、ですか」

 別れたのか死んだのかどっちだ……?


「子供扱いしたのは悪かったわ、ごめんなさい。私が持たせたのに。でも、アルベルタの話はまた別よね。何か言われたの」

「話をしました。あなたの気持ちはともかく、彼女は……、もっと仲良くなりたいと望んでいます」

「私はただの服屋のお姉さんよ。友達なんておこがましい」

「向こうが望んでいるなら、問題ありません。なにか理由があるんですか」

「いずれ私は国に帰らなければいけないの。その時に失うくらいなら、仲良くならない方がいいわ。辛いもの」


 じゃあ僕は?


「僕はいずれ元いた世界に戻ります。それでも僕は、あなたのことを、もっと知りたいと思う。僕の気持ちも……迷惑でしょうか」

「そんなことは」

「友達になってと言ってくれたのは、あなたの方です。あなたにとって友達とは、使い捨てですか?」

 そんなことはないはず。 

 見えない壁を作って自分を守っているつもりのリリー、壁といっても、薄い薄いモノ。どこか本当の彼女が透けて見える。

 あなたを放っておけない。

 恋人がいるとしても。


「ずいぶんな言われようだこと。アキラは真面目なのね。うんざりするわ」

「……」

「キミをあしらうのは難しいみたい。飲み物買って、話しましょう」

 剣術道場1階のコンビニっぽい店で、飲み物を買った。

 木で作られた水筒に入れられている。ケモケモ花ティーという名前のお茶を彼女は買い、僕に手渡した。常温のせいか、非常に甘い。ナニコレ。薬草茶と書いてあるが、この甘さは自然のものなのだろうか。

「美味しいでしょ」

「えっ、ハイ」

「ほっとするのよね、この甘さが」

 街の中心の広場の噴水に並んで座る。

 リリーの長い足と、白い胸元に、通行人が振り返る。

 僕はこの人に秘密はあっても、嘘はないと信じたいのかもしれない。

「地元に友達がいるんだけどね。彼女は、ケンカした時も、自分から家を訪ねてくれるような優しいコでね」

 突然の自分語りですか。

「シャーロットの彼女さんですね」

「うん。私、どうやったら人と仲良くなれるのはよくわからないの。その子はいつも優しかったら。何もしなくても、私たちは友達だった」

「親友がいるなんて、羨ましいです。その方はともかく、アルベルタと友達になれない理由にはならないと思います」

「どうしたら友達だと思ってもらえるの」

「……」

「私、わからないのよ」


 思ってたより深刻だ。

 どうして、彼女はそこまで自分に自信が持てないのだろう。

「アルベルタは……、すでに友達だと思ってくれています。リリー様も同じだと、伝えればいいんです」

「……」

「プレゼントとかどうでしょう」

「物で釣るの」

「見えない気持ちをあらわすのに、目に見える形にするのはおかしいことではありません」


 きっとアルベルタは喜んでくれると思う。

 

「いずれ離れることになったとしても、今、友情を表すのが、悪いことでしょうか」

「信じてもらえるかしら」

「素敵なドレスを作れて、パーティーでも人気者で、ヘアメイクも上手なリリー・ロックと友達になりたくないなんてことはありません。それらが、努力で得たものだったとしても、今のあなたは素敵な人だと、僕は思います。酔っぱらってゲロ吐いたりしますけど」

 いきなり相手の腕を切ったりしますけど。

 自分のことを偽物だと笑う。それがなんだというのだろう。

「もしダメだったとしても、仕立屋とお客様に戻るだけです。違いますか」

「……そうね。アキラの言う通りだわ」

「なにかプレゼントを考えましょう。きっと喜んでいただけると思いますよ」

商人ギルド・

ヨーロッパ中世都市の商人の組合。遠隔地商業を営む商人を中心とするが,手工業者をも含みすべての営業者の利害を守る総合的組合として,商業取引の安全をはかり,また営業の独占等を維持した。(コトバンクより引用)


2025/06/15誤字直しました。

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