第107話 ローズと黒百合の女神
ローズはリリーのおばあさんです。
「ローズ、黒百合の女神に会う許可を」
「別にいいけど……なぜ」
「友達を助けたい、こちらはヴィルガー王国のアイフィア」
ラウネル王国に無事に到着し、その場で王宮の馬車を用意させた。森の中を飛ばし、ラウネルの村に駆け込んだ。
兄ノアの花嫁になるはずだった人の自宅は、相変わらず薔薇とハーブの庭に囲まれていた。
挨拶をし、要件を切り出す。
「彼はこのままだとあと3ヶ月で死ぬ。なんとか呪いを解きたい」
「……呪い?」
「無礼を承知でお願いする。黒百合の女神を貸して欲しい」
「……彼女はもう、埋めたの」
「あなたと黒百合の女神が……あまり、仲が良くないのは知っている。私は頭を下げることを厭わない。彼女をくれとは言わないから、貸して欲しい」
ラウネル王国を統一し、兄・ノアは人柱としてすぐに死んだ。その際に、女神と仲違いをしたことまでは知っていた。
「あなたを戦いに巻き込んだ、挙げ句に悲しませた兄の代わりに何度でも謝るから」
「やめなさい、謝って欲しいわけじゃないのよ。それが運命だったのよ」
……運命なんて言葉で、片付けるのか。
彼女は悲しみを簡単な言葉で蓋をしようとしている。兄は死んだばかりだ、わからないでもないが、ここで引くわけにはいかない。
落ち着け。
「……違う。ローズ、聞いて。運命と決め着いて、行動しないのなら、それは違う。アイフィアと兄の場合とは違うが……。人の行動がこの呪いを生み出したなら、これからの行動で結果を変えることもできるはずだ」
「私とノアは、女神の力に頼って、結果として彼は死んでしまった。カイン、あなたはもう、国王なのよ。他国のことに口を出すことないわ。放っておきなさい」
落ち着け、落ち着けと胸を押さえる。
済んだことは変えようがないが、未来まで諦める必要はない。
あと3ヶ月ある。
「友達ひとり救えないで、国を治められると思うか」
「死んだらなんにもならないと言ってるのよ」
「友達が死ぬのをただ黙って待っていろと? 何もしないで諦めるなんて私にはできない」
暗く沈んだ目で、部屋に引きこもることもできない。
「……私の近くに居るものは、みんな死んでしまう」
「どうするっていうの」
「女神に聞く。皆が幸せになれる方法を」
しぶしぶとローズは立ち上がり、着いてきて、とドアを開けた。
ラウネルの村の中心部にある学校へ入ると、濡れるのも気にせずに噴水の中に入っていく。
噴水の下部にある獅子の牙を引くと、池の縁石の一部が動き、水が流れ出した。
「……!」
池の底には、鉄の扉があった。
「行くわよ」
池の下に階段があるとは。
どこまでも続くかと思われた、湿った階段を降りていく。
階段を降りた先には、小さな部屋があった。不思議と、その場所は明るく、ほのかに光がある。
私たちは、部屋の真ん中に立っている、『彼女』を見つけた。
「久しぶり」
「……あら、ローズにカイン。会いに来てくれたのね」
黒百合の女神。
兄とローズに協力し、ラウネル王国を魔力を持って統一した。人ならざる者。
「……何の用? 私とはもう会いたくなかったんでしょ?」
「力を貸して欲しい。私じゃなくて、この子が」
私よりもずっと背が高く、闇に溶け込むような黒髪。兄が生きていた時は、遠くから眺めるだけだった。
「友達にかけられている呪いを解きたい」
「呪われるようなことをしたの」
「彼の先祖がだ。彼は悪くない。……黒百合、私は、あなたを資源だと思ってる」
「資源!? この私を!?」
「あなたの持ち主はローズで、話すことはできても、私には使えない。勇気ならあるが、力がない」
「そうねえ」
「兄達は、あなたに聞き方を間違えた」
なんでも叶えてくれる、の意味を、兄たちは理解していなかった。
「こうしてほしい、と言えばあなたはなんでも叶えてくれた。兄の死をもって国を守ろうとした時も」
「私は言われたことを叶えてあげたじゃない」
「ああそうだ。間違えたのは私達の方だった。『こうして』ではなく『何か方法はないか』と聞けば良かったのだ」
みんなが幸せになれる方法は。
兄が死に、姉になるはずだった人は心を閉ざして村へ帰ってしまった。私はひとりぼっちで王になった。
はじめて好きになった人は、呪われていて殺される予定。
「助けて欲しい」
「なら、勇気を示せ。お前が私に相応しいという証を」
黙って女神とカインの会話を聞いていたアイフィアが初めて口を開いた。
「勇気なら、すでに示された」
「なに?」
「私はアイフィア。彼は私のために、化け物の出る海を渡った。自分が海の藻屑に消えるかもしれないというのに」
「それは無謀というのではなくて?」
「幽霊船を焼き払った」
「なにそれ詳しく!」
もちろんですと、礼儀正しくアイフィアは一礼した。
「彼は私に生きる勇気をくれた。女神よ、力を貸してもらえないだろうか」
黒百合の女神は頭から足まで舐め回すようにアイフィアを見つめ、髪を掻き上げた。
「アイフィア、あなたはカインに言われて着いてきたの?」
「私が望んで、着いてきた。黙って待っていてもどうせ死ぬのだからな。冒険がしたかった」
「なるほどなるほど。わかるわかる。そっちの二人。あなた達、人間じゃないわね」
ハイラとメキラは膝をついて答えた。
「はい、女神よ。我らは仏に仕える天人」
「あなた達も、カインが仲間にしたの? 言われて着いてきたの?」
「はい。オレはハイラ。船乗りを探していたから、オレから頼みました。ついでに、幽霊船を燃やすのを手伝ってもらった」
幽霊船に囚われていた友達を助けてもらったのだと、説明する。
危険なルートを選んだだけで、普通は遭遇しない幽霊船に襲撃されたことを、ハイラとメキラは面白おかしく話してくれた。
「……カイン、あんたには人を従わせる、いや、集める才があるのかもね。望んでも皆が得られる力じゃない。死にかけの王様に、別の神々に使える天人……。いいじゃない」
ポン、と彼女の手が頭を優しく叩いた。
「面白そうだし、一緒に行くわ。私、退屈はキライなのよ」
「……ありがとう、感謝する!」
地上へ戻り、ローズを自宅まで送る。
「黒百合、この子を危険な目に合わせたら今度こそ許さない」
「私を求めてきたのは、この子の方よ」
今にも殴り合いになりそうな二人の間に、アイフィアが割って入った。
「カインを巻き込んだのは私だ。必ず、二人共お返しします。ヴィルガー王の名にかけて」




