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第100話 新しい一年に

やっと100話目到達しました。


「王になれ、と。私に? 本気で言ってる?」

「ああ、もちろんだ」


 死んでまで兄に縛られている、私は自由になりたい。


「生きている人間が国を統べるのが筋だ。リリーが選ぶなら、別にお前でも構わん」

「……選ばれるはずが」

「お前が王にふさわしくないと思えば、クラウスを消せばよい。血にこだわりなどはないのだ」

「カイン様。クラウスは……家族ではないのですか」

 艶のある黒髪の間から、深緑の大きく瞳が刺すような光を見せた。

「クラウスが王位継承になる前、あの子の兄二人が死んだ。偶然だと本気で思えるか?」

「彼がなにかしたと、そうお考えなのですね」

「……別に誰でも構わないのだ。国を守ってくれるのであればな。お前はリリーに協力してくれるのであろう。協力を求めるなら知っている情報を与えなくては。この国は私の国なのだからな」

「……」

「クラウスを嫌っているのではない。だが、王としてあの子が最善なのかどうか。そんな時に、お前が現れた。黒百合の女神以外の妖精を連れて。選択肢が増えたと思った」

「……」

「もちろん、私の言いなりになる必要はない。お前の王はお前でなくては」

 元国王の、小さく白い手が、ぎゅっと羽根帽子を掴んだ。

「私は兄の生き方に振り回されて王になった。お前に、同じ轍を踏んでほしくない。自分の望むままに生きろ」

 カインの意見は彼のものであるが、自分の生き方を全うしろとも言う。

 90歳まで生き、魂だけになっても王家に縛られている彼は、細やかで優しく親切だ。

 だが、リリーの希望も、彼の希望も、すべて叶えることはできない。どちからだ。

 私はリリーといたい。

 クラウスを助けられなかったら。

 甘やかな誘いだ。

「……カイン様。今すぐに決めることではありません。そろそろ戻りましょ?」


 村に戻ると、リリーは肉屋から戻ってきたところだった。

 新年の祝のために、家の主が肉を焼いて切り分け、夕食にする。

「家族が揃って、来年も過ごせるように」

 肉屋で捌いてもらった鹿肉を、庭で焼く。石を組んで、鉄の板を渡す。

 薪を組んで火を付け、リリーが肉に串を刺した。

「私にはもう家族がいないからね。アキラがいてくれて嬉しいわ」

 火が薪に廻るまで、枯れ枝をくべる。鉄板が熱くなるのを待ち、鹿肉を乗せた。

 その横でパンを焼き、人数分に切り分ける。

 リリーと僕、カインの三人分だ。家族でもなんでもない組合わせだが、台所から持ってきたりんごを焼いたり、チーズを乗せたりして、焼き上がるのを待つ。

「もういいかな」

 ナイフで切り合わると、少し中は生焼けで、肉汁が滴り落ちた。血の味がするので、もう少しだけ焼いた。

「……おいしい……」

「肉食ってる感じするわね」

 王家の血にこだわりはないと語るカインも、はぐはぐと食べている。

「体があるのは最高だな、メシを食ったのは何年ぶりか」


 食事を終えると、「城に行くわよ」とリリーが立ち上がった。

 カインを元の小人サイズに戻し、僕の服の胸元に入ってもらう。


 城下町では、いたるところで焚き火や松明がたかれ、真昼のような明るさだ。酒を飲んで踊る民衆、出店では焼いた肉が振る舞われ、新年を祝う空気が溢れている。

「私は城に行くけど、どうする? このへんにいる?」

 出店を見て待ってると、城に入っていくリリーを見送った。

 これから何が始まるのかと、買ったホットミルクをカインと飲みながら、城下町を歩く。


 日付が変わった頃、急に民衆が移動を始めた。こっちだと手をつないで、はぐれないようにカインと城へ向かって歩く。

 バルコニーの扉が開かれ、黒いドレスに着替えたリリーが手を振った。

「クラウス様万歳!」

「未来の王妃様に乾杯!」

 バルコニーで手を振るリリーを呆然と見つめる。

「……彼女は、王妃候補。この国は王子の不在を隠している」

「……」

「これが今の王家の姿だ。村娘に王子の救出を押し付け、知らんぷりだ」

 とカイン。おいでと手を引かれる。

 城門の裏手を堀に沿って歩く。住み慣れた彼の城だけあって、誰にも怪しまれることもなく城内に入り込むことができた。

 

 城の塔の、彼の部屋に戻る。王国を見渡せる窓を開け放ち、黒い森と星空を眺めた。

 冬の空気が、部屋の空気を爽やかなものにした。

 闇の中で、カインは窓からを身を乗り出した。

「あれは演出だ。クラウスが健在だという」

「未来の王妃様、扱いなんですね」

「リリーは王妃にふさわしい女だ。執着が強く、根性がある。その力は民衆を味方につけるだろう。国を守るために使う力を、彼女は持っている」

「女神の力を持った王妃様……ですか」

「そうだ。リリーは、自力で村人から王妃に上り詰めようとしている。髪の毛1本ほども諦めなていない」

 暁の魔女。シャルルロアでは、そう呼ばれていた。出会った時は、仕立て屋さんだった。

 故郷では、未来の王妃様。

「リリー様はすごい魔女です」

「お前もだ」

「えっ……」

「私の姿を絵に書いて、魂を移した。そんなことができるやつと、生まれて初めて出会った。

お前こそ、すごい魔女だ」

 僕の肩をバンバンと力強く叩く。

「……お前は、まともではない」

 褒めているのだぞと、口の端を上げて彼は僕の目を覗き込んだ。


「命とはなんなんだろうな」

「難しいこと聞きますね。それに、近いです」 

「与えられたはいいが、自分の意思で生きることは難しい。流され流され、生きていく」

 両肩に食い込んだ彼の小さな手の指が、痛い。

「百歳近くまで生きても、手に入らなかった物も多い。何のために生きているのかと思う日々だった。異界からやってきた魔女よ、何故、私達は命を与えられたのだろう。お前と出会って、また悩みがぶり返した」

 人のせいにすんなよ、元王様。

 でも、この人は。

 なにかやり残したことがあるのだろう。

 13歳の体で、老人の心を持っているのに、リリーと同じ傷ついた瞳をしている。 

「生きようとする意思、ではないでしょうか」

「……ほう」

「リリー様は、夢を叶えるために生きています」

 強固な岩のような心に執着を抱えて。そんな彼女はダイアモンドのように眩しくて。 

「カイン様は、流されてこの世界にやってきた僕を、すごい魔女だと言ってくださいました。

もといた世界で死にかけて、この世界にきました。偶然とはいえ、救ってくれたのはリリー様です。魔女としての力をリリー様のため使いたい。彼女と一緒にいたい、でも、クラウスを殺……、いえ、排除したいとは思いません。カイン様、何か心残りがあるなら手伝います」

「……なんだと」

 明らかに彼の表情は輝き、驚きに見開かれた目はすぐに三日月のように細められた。

「ふ。それはありがたい。リリーが見込んだだけのことはある」

 ぎゅっと肩に腕を回され、耳元で協力しろと囁かれる。

「僕にできることなら」

「ああ。だが、お前の心もわかったぞ」

「……」

「闇に飲み込まれることのないように」

 話に付き合えと、彼はクッションと毛布をクローゼットから取り出して投げて寄越した。大晦日から正月の、徹夜していいテンションは、異国でも同じようだ。

「朝日が昇るまで一緒にいろ」

 そして、僕は、彼の長い思い出話に、付き合うことになる。




来年もよろしくお願いいたします!

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