第98話 王様のマシンガントーク
クラウスの出生の秘密をちょっと出し。
翌朝。カインが、
「わらのベッドなんて初めてだ」
と起きて早々文句をつけた。
「カインは元王様ですものねえ。いい? これが庶民の暮らしなの。ベッドの上にわら、シーツを敷いて、布団をかぶる。この布団だって、鳥の羽根は自分で集めなきゃならないの。私が魔法でベッドを作ってあげたのよ」
「はいはい、わかったわかった。すまなかったな」
朝食を済ませ、「アキラを借りるぞ」とカインに肩を叩かれた。元王様、元気いっぱいだな。
昨日、リリーが縫ってくれたロングジャケットを羽織る。
「カイン様、どこへ」
「お前に話しておきたいことがある。森へ行くぞ」
カインは、羽根付き帽子に、モスグリーンのマントを羽織っている。耳には翡翠のピアス、胸元には翡翠のペンダントが光っている。
「お前たちが探しているクラウスのことだ。あの子には兄が二人いた」
冷たい風の中、落ち葉をカサカサと音を立てながら歩く。
「我が子が二代目の国王として、即位した。私には孫が3人いた。まずヨーゼフが王位を継ぐ前に突然死んだ。次男ベルトラートは体が弱く、王位を継ぐには不安が残っていた。しかし、物事には順番がある。次男が王位を継ぐものだと、誰もが思っていた」
「……」
「ところが、彼は弟をラウネル城へ呼び出し、王位を譲って死んだ。突然だった」
「城へって……。一緒には暮らしていなかったのですか」
「ああ。クラウスは、婚外子だ。どこの誰が母親か知らん。私の孫だとは認めるが」
森の中の道をひたすら歩く。
1時間ほども歩いただろうか。
急に視界が開け、小さなお城にたどり着いた。
茶色のレンガで作られた、高い塔が印象的だ。城壁全体を蔦が覆っている。
「ここは、ただ、西の城と呼ばれている。クラウスはここで育った。間違いなく私の孫だが、顔を合わせたことはほとんどない。ベルトラートに呼ばれ、私に会いに来た時、一番に言った。『美しいひとと出会いました。私は彼女を王妃にするつもりです』と」
「……」
「予想通り、次男もすぐに死んだ。そしてクラウスが王位継承者になった」
何を、言いたい……?
「お前、親は」
「父はおりません。母は……仕事が忙しくて、放って置かれました」
「会いたいと思うか」
「……」
「私の両親は殺された。隣の領地の貴族にな。まだ子どもだった私は震え上がったが、兄ノアは怒りに燃えてラウネル全土を制圧する戦いを始めた。結果、この国がある」
「ノア様ですね」
リリーの初恋の人で、現在のラウネル王国の統一を成し遂げた、ノア様。
「彼の跡を継いで国王になったのがカイン様ですよね」
「そうだ。……ヴィルガー王国のルビーの話をしてやろう」
西の城は、今は住む者もなく、荒れ果てた庭園の花も噴水も枯れている。
カインは、落ちた枯れ葉を集めて火を付けた。小さな枝を少しずつ焚べて、焚き火はしだいに大きくなった。
深い湖の底のような、深緑の両目が空を映した。
「ヴィルガー王国は、ここからさらに北の国で、一年の大半を雪と氷に覆われている。寒いが、美しい国だ」
「行かれたことがあるんですね」
「友達がいてな。……これは、はるか昔のことになるが、子を奪われた王妃が、ルビーを持ち出し、殺されて怨霊と化した。王妃と王子を殺した一族は、国を奪った。一族の男子が生まれると20歳で死ぬ呪いがかけられていた」
話題がころころと変わるが、途切れない。
わざわざ森に連れ出して、クラウスが住んでいた城まで見せて、話す内容は他国のことだ。
「……見てきたように、話すんですね」
「ああ。そうだな……。呪いで子を成せぬまま死ねば、王家が途絶えてしまう。そのために、早く結婚し、子をたくさん作らねばならなかった。家を存続させるために」
何を言いたい?
他国の、家の事情を、何故僕に聞かせるのだろう。
「怨霊と化した、王妃様は……。彼女はどうなったんですか」
「私の友が、呪いを解いた。だからヴィルガー王国は続いている。最初の王家ではないが」
「ああ、呪いは解けているんですね、よかった」
今までの孤独を埋めるかのように、カインはよどみなく話し続ける。
何を僕に伝えたい?
センター分けの美しい黒髪に、炎の色を映して、元王様のマシンガントークは止まらない。
「我らも、ラウネルの最初の王家ではない。バラバラだった領地をまとめ、奪った上に座っている」
「はい」
「リリーもクラウスも、強固な意思を持っている。私にはないもの。そしてお前にもないもの。諦めない意思、執着、言い換えれば愛かもしれないが……。
全てが意のままになることはありえない、が、それでも自分を失わないで生きることは素晴らしいことだ。私にはできなかったこと。他者を利用し、目的のために手段は選ばない。王の資質には違いない。あの二人にはそれがある」
頑固なまでに目的を達成させようとする、リリーの粘り強さ。
「彼女は決して弱くない。へなちょこだと笑う、彼女の本質は岩山のような頑強さだ。……そして、お前も、よく似ている」
「カイン様。何を仰っしゃりたいのです」




