第10話 プリンセス・リリー・スワン
リリーが縫った服に着替えて、髪もばしっとセットして出かける。
「耳栓渡したっけ」
「シャーロットからもらいました」
家を出て、城の見える大きな広場まで歩いた。シャルルロア城のバルコニーが見える。
そのバルコニーに、ハープがある。
広場に集まった人々がそのハープを見つめている。
「来るわよ。しっかり見ていてね。ただし聴いちゃ駄目よ」
耳栓をしろとリリーに言われ、慌ててつける。
しばらくすると、真っ白なドレスをまとった、金髪の少女が姿を現し、そのハープを弾き始めた。
聞こえないけど、姿は見える。
リリーと同じくらいの年だろうか。
座っていても、背がすらりと高いのがわかる。スカートは大きく膨らませてあり、細いウエストが強調されている。遠目にもイヤリングと指輪がきらめいている。
頭にはティアラが乗っている。きっとダイヤモンドだろう。
この子はお姫様なのだろうか。
ハープの音色に誘われるようにぞくぞくと広場に人が集まってくる。
次第に、群衆の目の光が失われていく。
おかしい……。知ってる、この感じ。
何か、これ、ゾンビ映画のワンシーンのようだ。
思わず、リリーを見上げると、彼女の目は、バルコニーを凝視している。怒りの色を浮かべた、リリーの金色の瞳は、まばたきひとつしていない。
リリーに手を引かれ、広場を離れた。耳栓を外して「彼女は」と聞いた。
「名前はリリー・スワン。この国の女王よ」
「女王……ですか」
「彼女こそが、シャルルロアの女王。彼女が世界」
リリーは舌打ちをし
「私たちの標的よ」
と吐き捨てるように言った。
標的って……。ドレスを売るのではなかったのだろうか。
「あのハープを聴くと、洗脳されるわ。だから、この広場を通る時は、耳栓をしなさい。定期的に演奏しているから」
「……リリー様」
「なによ」
「あなたの仕事は、本当に仕立屋なんですか」
「ええ、そうよ」
間髪入れずに返された言葉に、これ以上の質問を許す空気ではなくなった。
女王を憎んでいるのだと、僕にだってわかる。
田舎から出てきたというリリーと、女王の間に一体何があったのだろう。
「……行くところが、あるのよ。さっ、アキラ行きましょう」
ふっと力なく笑うリリーが、僕の手を取った。
彼女の柔らかい指に包まれる。
綺麗に整えられた長い爪は、磨いてあってツヤがある。
人目を引くピンク色の髪も、出かける時は綺麗に梳かしてあり、いつも天使の輪が出ている。
僕は、彼女のことを何も知らない。抜けているように見えたり、人を射殺せるような目をしてみたり。
伝説のエメラルドを探していると、アルベルタが言っていた。
あと、人を探している。
あの可愛らしい女王は、なにか関係があるのだろう。
僕はリリーの手助けをしたい。
知りたいと思うと同時に知りたくないとも思う。
つないだ手を放して欲しくない。
あなたの秘密を打ちあけてほしいと思うのは僕のわがまま、なんだろうか?
同じ名前のお姫様。ようやく出番が。
2025/06/15 修正しました。




