第1話 駅前崩落
池袋東口が崩落しました。
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2025/06/15誤字修正しました。
駅前が崩落した。
崩れ落ちたアスファルトの下で、ちぎれた右腕を見つめた。
どうして。どうしてこんなことに。
右腕がちぎれた。
好きだったクラスメートが夏休みの初日に転校した。
ストレートのロングヘアが風に揺れて、電車のドアが閉まった。
さよならと言った彼女の、薄紅色のグロスが塗られた唇が微笑みの形を残して、電車が走り去った。ホームでしばらく泣いて、僕、日向森暁は太陽が照り付ける池袋の東口に出た。
そして、駅前の道路が突然、陥没した。
「う……」
確かに死にたいとは思ったよ。
でも本当に死ぬことないと思うんだ。
彼女に読んで欲しかった漫画はまだ描き上がっていない。
ヒロインを一枚、描いただけだ。話の続きは頭の中にある。
どうして。
どうして。
僕の腕はちぎれてるんだ。
日向森暁は、これから漫画家になるはずなんだ。アスファルトの瓦礫、落ちてきた軽自動車、たくさんの人々に押しつぶされて、こんなところで死ぬはずがない。
隣の人は死んでいる。首がおかしな角度に曲がって、目玉が飛び出している。あああああと声が漏れているのは、きっと空気の音だろう。
その目は光を失っていた。
お願いだ。
「助けて」
助けて。
こんな結末は嫌だよ。
書きたい漫画がある。池袋のアニメショップで予約したブルーレイディスクを受け取りにいくはずだった。録画しているアニメもまだ見ていない。
失恋したばかりだったけど、これから新しい恋をする予定だった。
僕の夏休みはこれからだったのに。
そうめんを食べて、麦茶を飲んで田舎の祖父母の家に泊まりに行って、ねぷたに参加するんだ。ねぷたが終わったらアイスクリームを食べて、花火をするんだ。母のふるさとの花火大会は、小規模だけど、川に映る花火が美しい。それから。
「……母さん……」
助けて。
助けて。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
まだ死にたくない。
お母さん。まだ、まだ親孝行もできてない。死にたくない。
ふっと痛みが消え、体が浮きあがった。
「えっ」
いや、浮き上がっているのは体ではない。おかしな方向に曲がった自分の体に上に、さらに、土砂だのアスファルトだの通行人だのが積み重なっている。
積み重なっている。僕の上に。
土砂の中。
誰かの死体の下に僕の体が。
い し の な か に い る 。
浮かんでいるのは、体ではない。
それでいて、景色が見える。
魂が。抜ける。
ああ。こんな結末は嫌だ。
池袋の景色が眼下に広がる。
通いなれたビル、大きい電気屋。すべてが。
小さくなっていく。
死ぬのか。
僕はどんどん上に引っ張られている。
そして、何も見えなくなった。
ひかりのなかにいる。
輝く白い世界。何も見えない。
死ぬの。僕は死ぬのか。
初恋を失って、命まで失うのか。
こんな結末は嫌だ。
「助けて」
助けてあげようか。
女の人の声が響いた。
姿は見えない。
誰でもいいから助けてほしい。まだやりたいことが山ほどある。
「助けて……。僕を助けてください。誰でもいい、なんでもしますから、誰か誰か」
「私の友を助けてくれるなら、命だけは助けてあげる」
「やります、なんでもやるから」
「約束しましょう。私の友の目的が果たされた暁には命を返してあげましょう」
姿は見えない。
それでもいい。
「私と来なさい」
「僕を助けてくれるなら」
「それがあなたの望みなら」
光が消え、僕の体は落下していった。
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