俺、渇望する
「はぁ? そりゃ珍しいな、ここにはそんなものまで置いてあるのかよ」
「んー、置いてあるというか、造ってるというか?」
どうやらワイン以外の製造も手がけているようだ。
それを割らずに喉で飲んでいることにもびびるが、なによりも。
「蒸留酒も造れるのか? マジで?」
「そう! むっふっふ、ウチの他には数えるほどしかないよ~? ブランデーやウィスキーを造ってるところなんて」
アリッサはふふんと余裕でFカップはありそうな胸を張る。
「リステリア大教会はね~、ドルバドルきってのお酒造りの名所なの。技術も設備も人員もみーんな揃ってるし、それこそ聖地ってやつだねっ!」
な、なんだと……。
聖地の意味変わってきてる気がするが、こいつは驚きだ。
俺は醸造酒よりどちらかというとキレ味鋭い蒸留酒のほうが好みだ。だが転生してからというものの果物や麦を発酵させた醸造酒にしかありつけていない。
それはそれでうまいのだが、心のどこかでは物足りなさを覚えていた。
まさかこんなところで希望の品を拝めるとは。
「製法が一般化されてないから、こんな激ウマなお酒の販売権を独占できてんのよねぇ、うちらって。そりゃもうガッポガッポ儲かって笑いが止まりませんわよ」
ぬひひと女らしからぬ笑い方をするアリッサ。
で、話を更に聞くと。
こいつは酒造事業を全面的に任されているのだそうだ。
品質チェックのため頻繁に試飲を行っているから、式典祭典の時以外はほぼ毎日酩酊しているとのこと。
「……ホントか? 単に飲みたいだけじゃないのか?」
「それもある!」
やっぱりな。
ただ酒の味にうるさいアリッサが監督し始めてからクオリティが飛躍的に高まり、売れ行きが好調になったのは事実らしい。
その功績が認められて聖女まで昇り詰めたそうだが、いやはや出世街道にも裏ルートってのはあるもんなんだな。
「この施設のことは分かった。でもさ、実を言うと俺が本気で知りたいのはそういうんじゃないんだよ」
「じゃあどういうの?」
「地下層についてだ」
「地下層? ……あー、そかそか、司祭様に言われて来たのか!」
アリッサは瓶の底でポンと手を打つ。
「今から行っちゃう感じ?」
「まあな」
「それじゃあちゃんと教えとこうかな」
こほん、とわざとらしい咳払いをしてから。
「水を守ってほしいんだよね、あたしらからしたら」
と赤ら顔のまま言った。
「あそこは魔物がたくさんいるからねぇ。あんまり数が多すぎると地下にある水脈が汚されちゃうのよ。特に腐った連中なんかは最悪!」
「へえ」
「ほら、うちって汲み上げた地下水を使ってるじゃない?」
ご存知みたいなテイで話しかけてきた。
「お酒を造る上で水の良し悪しは死活問題っ! リステリアのお酒がおいしい一番の理由も質のいい地下水が汲めるからだしさ」
それは理解できる。日本でも基本的に銘酒は名水の産地で造られてたからな。
「蒸留酒には綺麗なお水が必要不可欠だからね~。せっかくの澄んだ地下水を台無しにされたら困るってものですよ、ええまったく」
「はあ。じゃあなんだ、酒の出来栄えを保つために教会側で依頼を出してるのか」
「そゆこと!」
持ち帰った素材が討伐の証拠になるわけだな。
にしても、そんなのが真の理由か。
教会というから随分とお堅い場所なんだろうなと想像していたが、案外俗っぽい考え方がされてるようで俺としては親近感が湧く。
そうと分かれば違うモチベーションも生まれてくるな。俺だってどうせ飲むならうまい酒のほうがいい。
金を稼ぐことが飯のランクアップにも繋がる。これこそ一挙両得じゃないか。
「今日は外食だな、うん。帰りにどっかに寄ろうぜ」
俺はミミら三人に向けてそう伝えた。
「なになに、飲み会の打ち合わせ? 町中にはうちの直営店も出てるからそっちもよろしく頼むよっ!」
「そんな事業にまで手を広げてんのかよ……まあ寄ってはみるけど」
「お兄さん毎度! ……あっ、そうだ」
そう思い出したようにつぶやくと、アリッサは突然、ことあるごとに揺れているたわわに実ったメロンが眩しい胸元に無造作に手を突っこんだ。
「これ、あげとく」
取り出したのは手の平サイズに折りたたまれた地図だった。
例の地下層の構造が大雑把にではあるが記されている。
ってか、その前にどこに隠してんだよ。めっちゃ人肌に温まってるんだけど。しかもなんかいい匂いがするし。おいおい最高か。
「大事に使うこと! アリッサお姉さんとの約束だよっ!」
手をひらひらさせて見送るアリッサを残し、早速俺たちは地下層へ。
教会のすぐ近くにあった魔法陣から一番最初のフロアに降下する。
いちいち遠出する必要がないというのは楽でいい。
移動は一瞬だった。以前に体感した移送魔法とまったく同質のように感じた。
「うわっ、というか……」
暗っ!
湿った土の臭いが立ちこめているからここが地下層とやらだということはなんとなく分かるが、明かりが皆無だからまともに周りが見えない。
「ホクト、ランプを出してくれるか?」
俺はホクトが担いでいるカバンを頼ろうとするが、それより先に。
「口の中でほどける肉を煮込むための火!」
ミミが何事かを口ずさむ声が響いた。
するとどうだ、ポンッと小さく空中に灯った火が俺たちの周囲をぼんやりと照らし始めたではないか。
火はふよふよとミミに付き従うように浮遊している。
さながら文鳥のように。
「これ、まさか『かまどの火』ってやつか?」
ミミの手には図書館から譲られた魔術書がすっぽりと収まっていた。
「はい。長時間使い続けるのにちょうどよい弱火、だそうです。ランプの代わりにもなるかと思いまして」
どこかかわいげのある火を、うっすらと笑みをたたえて見つめるミミ。
実際ランプの役割は完璧に果たしてくれている。どうやら火の軌道は正確にコントロールされているようで、決して俺たちに接触はしない。
料理用の魔法、という名目の割には、意外と汎用性がありそうだな。
なによりこれを照明に転用しようというミミの柔軟性が素晴らしい。俺は思わず「ううむ」と唸ってしまった。
「ところで凄い名前の魔法だな」
「ええと……そう載っていましたから」
ミミは目線を少しだけ伏せて恥ずかしそうにした。
それはともかくとして。
照らし出された地形を確認する。おおまかな造りは坑道や洞窟と似ているが、四方八方を覆っているのは岩石ではなく土だ。
道幅、高さ共に五メートルくらいか。広くはないが、特別狭くもない。
「この湿潤、気力体力を奪われてしまいそうでありますな。精神統一せねば」
ホクトが顔をしかめているとおり、梅雨時以上にジメジメしていてとてもじゃないが快適な空間とは言えない。
ここが地下層の第一フロアか。
近くに他の冒険者の影はない。スタート地点で長居する意味もないってことか。
「にゃっ? ご主人様、壁の向こうから音が聴こえますにゃ」
ナツメに促されるままに耳を済ませてみる。
極力静かにして――。
「って、全然聴こえねぇんだけど」
「あっちから水の音がするんですにゃ。チャプチャプって」
「本当かよ」
「間違いありませんにゃ!」
視力だけでなく聴力もナツメはいいらしい。
なんなら五感全部が優れてるんだろうか。ともあれダメ元でナツメが指差した方向の壁に耳をくっつけてみる。
「おっ、これのことか」
確かに溜まった水が揺らめくような音が、かすかにだが聴こえてくる。
「貯水層でしょうか。ここから地下水を汲み上げているんですね」
俺の隣でミミが同じポーズをしていた。
この壁の向こうに町の水道事情を支える何百何千リットルもの水源があるとは到底信じられないが、こうして聴こえるからには事実なのだろう。
しかし地下の魔物が増えると水が汚れるということは……。
……あまり深く考えるのはやめとこう。
ミミが浮かべた火に導かれながら、手頃な魔物を求めて先に進む。
数分ほど歩くと展開があった。
「主殿、重々警戒を」
「おう。俺にも見えた」
ホクトの一歩前に出た俺はツヴァイハンダーを構え、道すがらに出くわした奇怪極まりない魔物に注目を合わせる。
人型の骨だ。まんま骸骨である。
それが何体もの群れをなしていた。
ないはずの眼球で俺たちを恨めしそうに睨みつけてくる。連中がのっそりとした動作で一歩踏み出すたびに、膝や腰の骨がカラカラと高い音を立て、真夏の怪談じみた不気味さを演出していた。
「肉が一片も残ってないのに、どうやって生きてんだ、ああいうのって」
素朴な疑問を抱きつつも俺はスケルトン軍団との距離を詰める。
先手を取って。
「ううお、りゃあああああ!」
裏返る一歩手前の雄叫びを上げ、ツヴァイハンダーをフルスイングする。
このくらい大きな声を出さないと力が入らない。
この無闇にでかい剣を扱う際は重量を活かすために縦振りすることが多いが、今回は黄金色の刀身を寝かせて水平に薙いでいた。
それが大声の理由である。
当然俺の腕力では鈍い剣速しか出せないが、鈍いなりに、複数まとめて攻撃。
骨が一斉に砕け散る、乾いた音が鳴り渡った。
傷の軽微な奴には地面から突き上がらせた土の槍で追い討ちをかける。足の骨が粉砕されたのを確認してから、もう一度薙ぎ払いを浴びせる!
またも軽快な骨の破壊音がカーニバルを織り成した。
「よし! あと一体か」
だがそれには。
「にゃっ!」
半歩遅れて飛びかかったナツメのナイフが刺しこまれていた。
肋骨の間にグサリと刃が侵入しているとはいえ、肉を持たないスケルトンなのでもちろん血は噴き上がらない。
だがナツメの狙いはそこではなかった――巧みにナイフを滑らせて骨組みを外し、わずか十秒足らずで上半身をバラバラに解体してしまったのだから。
驚く俺にナツメは「模型屋さんで働いてた時の要領ですにゃ」とケロッとした顔で言ってみせたが、うーむ、凄い。
形態を維持できなくなった魔物たちは例外なく煙となる。
「ふう、片付いたか」
「お見事であります! 相変わらずの豪胆な戦いぶりですな」
「別に肝は凄くないけどな、俺。戦い方がそれっぽかったってだけだし。こいつが勝手に豪傑に仕立て上げてくれてるんだよ」
ホクトが手渡してきたワインで渇きを潤しながら、俺は地面に突き立てたツヴァイハンダーの柄に手を置く。
一応格好つけたつもりだったのだが、なにせこいつは分身と呼んでいいレベルで俺の身長と寸分違わない規格をしているから、肘と肩が上がってしまってあまり見栄えのいいポーズにはならなかった。
しかしまあ、弱い。
落とした金額も一体につき6000Gとパッとしない。まだまだ序の口ってとこか。
けれども司祭は「浅い階層でも手強い」と解説していたから、こいつらより歯応えのある魔物はまだまだいそうだな。
更に前進。