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俺、改名する

 結局、司書選は中止を余儀なくされていた。


 俺が帰還した時にはまだタワーローズが数本残っていたし、それらへの対処も含めて投票どころではなくなってたから、致し方なし。


 もっとも、結論から言うと選挙なんてものは不要だった。


 なぜなら……。


「現在審査中です。しばらくそのままお待ちください」

「……なあ、なんでそんな他人行儀なの?」

「仕事ですので」


 町全体を巻きこんでの騒乱から数日。


 朝っぱらから図書館を訪れていた俺とミミは、相も変わらず事務的でわずらわしい入館手続を『受付嬢の』シルフィアにやってもらっていた。


 平坦な声音と冷たい眼差しに徹したシルフィアは俺のよく知る姿ではあった。


 少なくとも、瞼を腫らしていた時よりはずっとしっくりきている。


「だからってなぁ。ちょっとの間だけとはいえ仲間だったんだからさ、もっとこう、情緒みたいなのはないわけ?」

「私語は慎むようにと忠言されていますから。……ですが」


 シルフィアは咳払いをしてから。


「一人の図書館職員として謝辞を述べさせていただきます。このたびは本当に、ありがとうございました」


 と、喜怒哀楽をかき消した表情のまま、深々と頭を下げた。


「一人のビザールファンとしてはどういう意見になるんですかね」

「……それを私の口から言わせますか?」

「じょ、冗談だって。そんなムッとするなよ。美人が台無しだ」


 俺はキリッとした顔をして言った。


 まあ生涯ナンパ成功率一桁パーセントの俺じゃ様にならないので、普通にスルーされたわけだが。


 こういう時だけは伊達男が羨ましくなる。


「シュウト様、ミミは素敵なお言葉だったと思います」


 フォローを入れてくれるミミの優しさが沁みるな。


「あんたもせめて笑ってくれよ。すげー悲しくなるから」

「何度も申しますが、仕事中ですので」


 らしい答えだよ、まったく。


「二人とも審査が終わりましたよ。それでは、よき読書を」

「おう。じゃあな」

「いつもありがとうございます」


 ぺこりと礼をしたミミを連れ、蔵書室に向かう。


 先ほどの受付でのやり取りを見てのとおり、シルフィアが司書候補として王都に届け出られるようなことはなかった。


 今現在司書を務めているのは、それはもう言うまでもないだろう。


「おお、シュウトか! いやはやよく来た!」


 真新しい司書のローブに袖を通したビザールが、破顔して俺を迎え入れた。


「卸したてじゃぞ、中々よかろう?」

「ウキウキなのはいいけど、声でけぇよ、ジイさん。今度こそマジで解雇されるぞ」

「フフ、それは恐ろしい。多少の粗相は許してもらわねばな。なにせ久々の職務じゃ。そちらのお嬢さんも相変わらず麗しい耳をしておるのう」

「え、ええ」


 愛想笑いをしながら若干後ずさりするミミ。


 譲り受けた旧デザインの純白のローブは、今ではミミが着用している。ビザールのものはそれよりもゆったりとしていて色の基調も紫だ。


「だから触れようとすんなっての! ミミは俺のものだ」

「ううむ、妬けることを言いおって」


 これだからエロジジイは油断ならない。


 呪いが解けて元気になったジイさんは今日から職場に復帰していた。


 元気になった、といっても、そんな数日で肉づきが戻ったりはするはずもないので、依然として痩せ細ってはいるのだが。


 表沙汰になったパウロの陰謀は町中に衝撃を与えた。


 日頃見せていたあいつの人物像とはかけ離れた裏の顔に、多くの住民が失望したという。


 けれど小耳に挟んだ話では、自警団の本部でパウロに対面したビザールは、命を脅かされていたというのにさほど怒気を露にはせず、罵声を浴びせることもなかったらしい。


『下の人間に疎まれるのは、上司として当然じゃ』


 とかなんとか。


 器がでかいのか、お気楽なだけなのか。あるいは、長年目にかけていたパウロへの複雑な愛憎があるのか。それは俺に理解できることじゃない。


 とはいえパウロが重罪人であることには変わりない。ジイさんの解呪を済ませた後は余罪多数で即収監された。


 本さえ与えていれば大人しくしているので、他に比べて遥かに扱いやすい囚人なんだとか。


 ある意味では牢獄の中も、奴が望み続けた本に囲まれた生活といえるのだろう。


 で、なんでジイさんが司書を続けられてるのかというと。


 単純な話で、俺が受領書を破棄した。それだけである。


 懲戒免職に相当する規約違反自体がなかったことになった。俺がまだ魔術書を受け取っていなかったのでギリギリ踏み止まれたってわけだ。


 任期満了までは、少なくともビザールの時代のままだ。


「もしやとは思うが、もうじき町を去るのかの?」

「まあな。あれから遺跡をヘビロテして金も貯まったし」

「なら最後に言わせとくれ。お前さんには、本っ……当になにからなにまで世話になった。生涯で一番の恩人じゃ。感謝してもし尽くせぬわい」

「うっ、改めてそう言われるとそわそわするな……」


 あんまり感謝されるのって慣れてないからな、俺。


 だがここで丸損を受け入れるほど俺は美しすぎる良心を持っているわけではない。


 もらえるものはもらう。それがポリシーである。


 ではどうすればいいのかというと、結局のところ図書館が俺個人に直接本を渡さなければいいだけなので、一旦どこかの協力的な団体に寄贈する。


 それから俺が団体を経由してスッと受け取れば完成。


 この露骨な三店方式により、ジイさんが規則に抵触することなく蔵書の譲渡ができるってカラクリだ。


 で、だ。俺が今日ここに来ているのは、その本を選ぶために他ならない。上級魔術書のチェックを任せていたミミを連れてきているのもそれが理由。


 話は前日のうちにまとまってある。


 登記上の手続は全部図書館側でやってくれるとのことなので、特に俺に負担はない。


 そのまま持ち帰っていいと説明を受けている。


「さて、どれにするかな……っても俺じゃ分からねぇか」


 ということで。


「ミミが決めてくれるか? なんでもいいぞ。別に上級魔法ってやつが威力がどうこうってもんじゃないのは知ってるし」

「はい。ミミはこの魔術書が気に入りました」


 ほう、もう心に決めてあったのか。


 ミミがハシゴをうんしょと上って書棚から抜き取った魔術書の表紙タイトルは、なになに、『かまどの火のグリモワール』……?


「自在に加減を調節できる火を起こせる魔法だそうです」

「なんでまたこんなものを……ああ、あれか。料理の教本とかも見てたしな」


 俺の言葉に、ミミは山羊の耳をへにゃっと曲げて恥ずかしそうにした。


 ううむ、なんていじらしいんだ。


 そんなかわいい仕草と想いをされて断れるわけがないだろう。


「いいぜ。これにしよう。ミミに使ってもらうためのものなんだから、ミミが欲しがってるものが一番だ」

「はっ、はい! わがままを聞いてくださってありがとうございます、シュウト様」

「わがままなんかじゃないだろ。俺にだって嬉しいことだしさ。いつかうまい飯作ってくれよ」

「たくさんたくさん、ミミはがんばります」


 ミミはにこりと純真な少女のように笑った。


 ちなみに火力最大にすれば攻撃にも使えるらしい。一般のご家庭では絶対に真似してはいけないな、この使い方。


「それにしても、料理か。そういや……」


 図書館からの帰路で、俺はふと大量に買いこんだ香辛料のことを思い出した。


 無用の長物だと思っていたが、やっと使い道ができたか。


「もうちょい補充しておいてもいいな。露天市場まで行ってみるか」

「ふふ。ついていきます、シュウト様」


 本当の目的を察したようにクスリとするミミ。


 バレバレだったか、さすがに。


「やあ、いらっしゃい」


 フラーゼンは営業用なのか元々なのか区別のつきにくいスマイルを、いつもと同じように浮かべて店頭に立っていた。


「今日こそは商売させてくれるかな? このところ、お客さんとは違う関わりばかりだったからさ」

「ちゃんと冷やかしじゃなく買っていってやるよ。……まあ、それも用事ではあるんだけど、一応顔くらいは出してからにしようと思ってな」

「そうか。もうウィクライフを離れるんだね」


 多くを語る前にフラーゼンは言い当ててきた。


「お前には世話になったからな。お前がいなけりゃ分からない事実ばかりだったよ」

「別れの挨拶だなんて、なんだかお客さんらしくないなぁ」

「うるせーよ! もういい、お前にセンチメンタルなことを期待した俺が馬鹿だった」


 俺は照れを隠しながらぶっきらぼうに瓶を三個ほど選び、対価を支払う。


「お買い上げありがとうございます。またのお越しを」

「旅に出るって言ってんのに『またの』って、きつい皮肉だな」

「皮肉になるかどうかは、僕にもお客さんにも分からないよ」


 未来は読めないからね、と、理詰めの天才は去り際にそう悟ったようにつぶやいた。


 こいつの目で見えている世界ですら、未来にまでは繋がっていないのか。


 そう考えると妙に勇気が湧いてくる。学問を修めていても分からない、先の出来事なんてものを、俺が気にしても仕方ない。


 これからもやるようにやって、なるようになるだけなんだろうな。


 じゃあな、相棒。


 ……なんて似合わないことを考えながらホクトを待たせている宿に戻ろうとしたのだが、その道の途中。


 ネコスケとばったり出会った。


 奇遇ですにゃー、なんて話しかけてこないあたり、もしかしたら俺を待っていたのかも知れない。


 なにやら浮かない顔をしている。


 表情が暗いと色鮮やかなはずの青緑の髪までくすんで見えてしまうから不思議だ。そのくらいネコスケは顔色に感情が表れやすい。


「お暇をいただきましたにゃ」

「うん」

「長いお暇をいただいたんですにゃ」


 要するに、クビになったらしい。


 クビ、という言い方が悪いが、すっかり快復したビザールはネコスケの手を借りずともよくなった。変化を愛するネコスケの気質を汲んで契約解除したのは思いやりではある。


「じゃあまた求職活動か。それまでは自宅通いだな」

「う~、知ってるくせに……」


 ネコスケは泣きそうな声をして。


「おうちがないのですにゃ!」


 と、「だろうな」と苦笑してしか返せないことを言った。


 パウロの供述によって明らかになった森の中の隠し部屋は、今では学者たちの格好の研究対象になっている。


 とてもじゃないがネコスケがのんびり住めるような感じではない。


「今のミャーは住所不定無職ですにゃあ。……早くお仕事を探さないとっ」

「でも住み込みでじゃないとダメなんだろ? 野宿ってわけにもいかないだろうし」

「そうなんですにゃ。条件が厳しいですにゃ……うう、いつ見つかりますかにゃ」

「だったら俺が奴隷として雇ってもいいか?」


 俺は、前々から考えていたことを伝える。


 最初に一緒に探索に出かけた時から目をつけていた。


 なんて万能なんだ、ってな。


 こいつよりマルチに活躍できそうな獣人に、この先出会えるかどうかの保証はない。


「安心してくれ。一ヶ所に留まり続けることなんてないからさ。やることも毎回別物だ」

「本当ですかにゃ? 魅力的なお話ですにゃっ」

「まあでも、専属にはなっちまうけども」

「ふむむむ……だけど、いろんな場所に行けるのは凄く惹かれますにゃ」


 旅への誘い文句はネコスケの冒険心に火をつけたらしい。


 元々好奇心の強い性格だったんだろう。でなければひとつの職業を長く続けないなんていう生活スタイルはしてないだろうし。


「お受けしますにゃ! シュウトさんとなら飽きずにお仕事ができそうですにゃ!」


 ネコスケは胸に右手を当てて、演劇みたいにキザな礼をした。


「世話になった人らに挨拶しておきたかったら、今日明日のうちに頼むぞ。そろそろ俺たちは町を離れるつもりだからな」

「にゃっ。……あのですにゃ。それでしたら、ミャーに名前をつけてくれませんかにゃ?」


 猫耳をぴこんと動かしながら、おずおずと言い出すネコスケ。


「え? ネコスケじゃダメなのか?」

「正式にシュウトさんと契約するんですから、それ用のお名前が欲しいですにゃ」


 うーむ、困った。


 まあなんとなくでつけた仮名だしな。俺の思いつきをいつまで引っ張るのも悪いか。


 ここは主人らしく、ちゃんとした名前をつけるとしよう。


 ……。


 あれだな、せっかく学問の町なんだし、少しは頭を使って命名してやったほうがいいか。めっちゃワクワクした顔で見てきてるし。


「決めた。お前の名前はナツメだ。今日からそう呼ぼう」


 俺は精一杯の文学知識で、じっくりと練り上げて考えた名前をつけた。


「はいですにゃ、ご主人様!」


 ナツメは八重歯をのぞかせて忠誠を誓う笑みを見せた。

長くなりましたがウィクライフでの話は終了です。

次回から次の町に移ります。

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