俺、自問する
「ようこそギルドへ……って、うおっ!? ボロボロじゃないか!」
おっさんは俺の小汚い格好を見るなり素っ頓狂な声を上げた。
まあ、そのリアクションは正しい。今の俺は血まみれだし、土埃もかぶってるし、服はところどころ破けてるし、おまけに狼とたわむれていたから獣臭い。
「一回魔法屋に行け。そんでさっぱりしてこい」
どうやら汚れを落としてからにしろって話らしい。
おっさんの紹介を受けて訪れた魔法屋とかいう店には、眼鏡をかけたおっさんがいた。いい加減おっさん以外の人間とも会話したいんだが。
「いらっしゃい。おや、これまた一段とひどいお客さんだね」
「なんか綺麗にしてくれるって聞いたから来たけど、どうやってやるんだ? できるんなら早くやってくれ」
「任せなさい。フルコースで処置してあげるよ。ほれっ」
そう言っておっさんが杖を振ると、俺が負っていた傷はたちまち塞がった。衣服も完全に汚れが落ちているし、それどころかほつれた部分まで修繕されている。
あと、四日間風呂に入ってなかったのに湯上がりのような爽快感がある。
「これが魔法の力か。凄いな」
「だろう? ヒールで治療、リペアで補修。冒険者には欠かせない作業が一瞬でまかなえるからね。そしてリフレッシュがあれば洗い場いらずさ」
おお、便利じゃん。
「ヒールで300G、リペアで500Gね。初サービスだからリフレッシュはおまけしておいたよ」
だが意外と高めの料金設定だった。
すっきりした俺は斡旋所に戻る。
「おっさん、ちょっと話があるんだけど」
「どうした?」
「これ」
手に入れた素材、レッドウルフの毛皮を見せる。
「おや、これは……驚いた、ヤルベドロジスカ・リスキの皮じゃないか!」
わけの分からん正式名称だったので、俺の中では今後もレッドウルフと呼んでいくとしよう。
「かなり強かったから、ひょっとして珍しい魔物なんじゃないかって思ったんだけど」
「その通りだ。こいつは王都から要注意の御達しが出ている」
「やっぱりか。ってか、こんな奴がいるなら先に教えておいてくれよ。森は余裕って聞いてたから安心して探索してたのに、マジで死ぬかと思ったぞ」
「すまんすまん、たまに出るんだよ、たまに。通説だと普通の狼を狩り続けると怒って出てくるらしいが、それにしたって絶対じゃないからな」
ふむ。となると俺は運がよかったのか悪かったのか。
「だがにわかには信じられないな。こいつは森に生息する魔物の中では例外的な存在だぜ。しかも三匹もだなんて! 駆け出しのシュウトが一人で討伐できるとはとても……」
「まあ聞いてくれよ」
俺は剣を見せる。
「装備で腕を補えっておっさんに言われたから、かなりいいものを買ったんだ」
「お、これは……海洋鉱のカットラスじゃないか! 身の丈に合わない品持ってんなぁ……」
うるせぇ。それより気になるワードが出てきたな。
「海洋鉱ってのは海底に埋まっているレアメタルだ。海の中でも金属質を保てるくらいだから非常に錆びづらいし、水属性の魔力を宿している。含有量は合金全体の十パーセントくらいだろうが、まあ十分効果を発揮できるレベルだろう」
そういや、特殊な金属を使ってると武器屋の店主も言ってたな。
「詳しいな」
「何年この町のギルドを運営してると思ってるんだ。俺こそがこの町一番の情報通だぜ」
「どうでもいい。それより『水属性の魔力』ってなんだよ」
ただごとではなさそうだが。
「剣を使用していておかしな点はなかったか?」
「あった。刀身から水が湧き出てきたな」
「じゃあ、それだな。レアな素材には素材自体に魔力が宿っているんだよ。それらを用いて作られた装備品には、当然特別な性質が付いてくる、ってな具合だ」
追加効果ってことか。
つまり俺の持っているカットラスには、水の刃を生成する力が秘められているわけだな。
にしても、魔法を使えなくても魔法の真似事ができるとは。装備ってのは奥が深い。
「こんな良質な武器、どこで手に入れたんだ?」
「普通に武器屋で売ってたぞ」
「武器屋か……この町で作られたものとは思えないけどなぁ」
あ、そういえば交易船から仕入れたんだっけか。
そのことは黙っていよう。
「いくらした?」
「う……四万Gだよ」
ここで不自然に安い買値を言うと怪しすぎるので、正直に答える。
「四万? モノの割には随分と安価だな。まあお前でも支払えるくらいなんだから、そう高額じゃなかったのは間違いないけどさ」
もしかすると武器屋のおっさんは価値があまりよく分かってなかったのかも知れない。希少な金属の影響も「軽くて強い」程度のことしか語ってなかったし。
だが俺としてはありがたい話だ。本来もっとしたであろう武器を、希望小売価格以下で入手できたんだからな。
「それにしても、本当に見事な剣だ。お前もこのカットラスを振りかざしている間は、荒々しいヴァイキングの勇壮な姿が浮かんできたことだろう」
「生憎だが、俺はそういう抽象的な感性は持ってないんだよ」
そんなくだらないことより、ヤル……ヤル……レッドウルフに懸けられているという報酬だ。
「ああ、そうだったな。ヤルベドロジスカ・リスキ一匹の懸賞金は5000G。毛皮と引き換えだ。いい稼ぎになったな、シュウト」
えっ、やっす。
思わず口に出してしまいそうになった。
いや実際には決して低額ではないのだろうけど、今の俺からすればかなり物足りない。
おっさんいわく丈夫だという毛皮を素材に使って防具を作ったほうがマシなのでは、という思いも生まれるが、これを納品しないと俺の名声が上がらない。
ぐ、ぐぐぐ……。
転生初日に学んだ鉄則、富は名声に変えられないか……。
俺は泣く泣く三枚の毛皮を手渡す。
「よし、じゃあ三匹分で一万と5000Gだな。これで何かうまいもんでも食って、上等な装備を揃えて、明日からの冒険に向けて精をつけるといいぞ!」
十五枚の金貨を渡しながらおっさんは笑うが、正直そんなに嬉しさはなかった。
なにせ俺の布袋の中には、その十倍以上の金貨がひしめきあっているのだから。